第五部

第272話 天才とアホの子はスマホの保護シート一重

 衣替えをしたらば、いよいよ秋の足音が聞こえる。

 なに? 女子の露出が減って残念?

 ゴッド、ヘイ、ゴッド。京都で煩悩拾ってきたの?

 あと、心配しなくてもうちの制服、スカート丈が短いから平気だよ。

 なんでかって? ほぼ十割に近い憶測でものを言うけどね。



 学園長の趣味だと思う。



 憶測って言ったけれど、普通に考えたところ確信が生まれる。

 まあ私立の学校なんだから、偉いのは学園長であるのはもはや必然。

 そして、その短いスカート丈や、オシャレで割と勇名を馳せる花祭学園の制服。

 生徒の中には制服目当てで入学してくる者もいると言うのだから、あのちょび髭のおっさんのセンスも単純にはバカにできない。


 何はともあれ、今日も生徒会活動を頑張った。

 部活の陳情をしっかりとまとめたし、生徒会室の掃除もしたし、鬼瓦くんと一緒にソフトボール部のグラウンドを整地して回った。

 言うまでもないかと思うが、最後のヤツは俺が役に立っているはずもない。

 応援していたら鬼瓦くんが一人でローラー、よくコンダラとか呼ばれているあの重たいヤツを、片手で引きながらついでにソフト部の女子に差し入れまでしていた。

 鬼神がっちり。


 役に立ったか立っていないか、そこはもう置いておこう。

 そして俺は一度置いたものは二度と拾わない主義である。

 テーブルにはコーラと堅あげポテト。

 そうとも、これから俺はプライムビデオでエヴァンゲリオンの劇場版を見るのだ。

 新作もそのうち上映されると噂だし、その前に予習をしておきたい。

 ぶっちゃけ、『Q』は一度見ただけだから、完全に理解できていない。


 そんな俺のスマホが震えた。

 もう画面を見るまでもなかった。

 帰ってきた頃には、多分カヲル君死んでるな。

 さらばプライムビデオ。

 スマホをスワイプ。



「コウちゃーん! 助けてぇえぇぇぇーっ!!」


 パターン青、アホの子です。



「なんだ、どうした。加持さんのスイカ畑に除草剤でもぶちまけたか?」

「聞いてよぉー、コウちゃーん!」

「みんなでアルバム作ろって話になったじゃん!」

「だからね、わたしも思い出にひたろうと思ってさ!」

「小学校の頃の制服着てみたらさ!」

「脱げなくなったぁーっ!!」


「助けてぇー、コウちゃーん!!」



「……今から行く」



 自転車に跨って、風を切りながらペダルを漕ぐ俺。

 そう言えば、あいつリストバンド頭にはめて取れなくなった事もあったな。

 ちょっと原点回帰しつつあるのは、これもアルバム作りの一環だろうか。


 多分違う。



 神野家の呼び鈴をポチリ。

「あら、コウちゃん。いらっしゃい。お夕飯食べていく?」

「うっす。おばさん、ご馳走になります」

「今日はね、カツオのたたきよ! うちの人が自動カツオのたたき機を作ったの!」

「……ああ、そうでしたか」

 今日は火事にも気を付けないといけないのか。


「ちょいと毬萌のとこに行ってきます」

「さっきからあの子、部屋でバタバタ何してるのかしらね? ダイエットかしら」

「おじゃまします。ついでに注意しときます。任せて下さい」


 そしていつものように、毬萌の部屋へ。


「コウちゃーん!!」

「おう。涙でもよだれでも鼻水でも拭いてくれ。これ、もう襟元がダルダルになったロンTだから。着替えも持ってきた」

 毬萌の顔から出てくる汁にひとしきり濡らされた着古しのロンTは、天寿を全うしたようであった。



「しっかし、お前……。なんつー恰好しとるんだ」

 ピッチピチの上着。むちゃくちゃなミニスカート。

 もう目のやり場に困るから、いっそ目潰ししてほしい。

 誰か、ミカンの皮は持っていないかい?


「みゃーっ! コウちゃんのエッチっ!」

「お前が呼んだんだろうが! 誰がエッチじゃい!」

「だってぇー。わたしの計算だと、ちゃんと着れるはずだったんだよ? 小学校の制服って、成長期に合わせてあるから、伸縮性に優れてるんだもんっ!」

「お前、いつかもその伸縮性に賭けて、頭からリストバンド取れなくなったことあるよな?」


「コウちゃーん! 胸が苦しいーっ!」

「俺ぁ頭が痛ぇよ。なんでせめて中学の制服にしとかなかったんだ」

「中学校の制服はさっき着たもんっ! そしたら次は小学校じゃん!」

「なにその飽くなき探求心!? お前にゃブレーキ付いてないの!?」

 いかん。俺としたことが、これは詮無せんなきことを口にした。



 毬萌にブレーキは非搭載だって知っているもの。



「……こりゃあもう、俺じゃどうしようもねぇ。おばさん呼ぼう」

「みゃーっ! やだやだ! 恥ずかしいよぉー!!」

「俺だって恥ずかしいわ! 今だってもう、限界まで視線逸らしてんのに!!」

 どうも毬萌は、自分の醜態を晒す相手は親よりも俺の方が良いと判断したらしい。

 その判断基準については不明であるが、実に不名誉な事でもあった。


 信頼の裏返し?

 分かっとるわい、そんな事。言わせんな、ヘイ、ゴッド。


「……問題は、上着だな」

 俺たちの通っていた小学校の制服は、ポロシャツタイプ。

 ブラウスタイプならば楽だったものを。

 俺は顔も覚えていない当時の校長を少しばかり逆恨みした。


「ハサミで切るか!」

「みゃっ!? やだぁー! 思い出の制服なんだよっ!?」

 その思い出に頭突っ込んで抜け出せなくなったアホは誰だ。


「じゃあ、もう強引に引っこ抜くしかねぇな」

「や、優しくだよ!? 痛くしちゃヤダからねっ!?」

「誤解を招きそうなセリフを吐くな。行くぞ、おらぁぁぁぁあぁぁぁっ!!」

 俺の全力は実にちょうどいい塩梅あんばいだったらしく、少しずつ毬萌の頭がポロシャツに沈んでいく。

 なんてシュールな絵面。


「みゃーっ!! 待って、コウちゃんっ! 待って、待ってぇー!!」

「なんだよ!? あとちょっとで取れるだろうが!!」

「ぶ、ぶぶっ、ぶぶぶぶっ」

 フリーズする寸前のパソコンみたいな擬音を発する毬萌。



「ブラが一緒に外れちゃうからぁ! も、もう自分で脱げるよぉー!!」



 この日一番を記録した毬萌の絶叫は、ここから三軒向こうの青木さんの家まで届いたと言う。



「やあ、公平くん。僕はもう覚悟を決めているよ。孫の顔が楽しみだ」

「いや、おじさん。マジで、ホントに違うんで」

 神野家の食卓には、こんがり焼けたカツオが並ぶ。

 これもう焼き魚だよ。


「おばさんは、高校卒業までは待って欲しいわねー。ね、コウちゃん、頑張って!」

「おばさん、俺が我慢できてねぇみたいな言い方ヤメて下さい。心にキます」


「にへへっ、コウちゃん、ありがとーっ! 助かっちゃった!!」

「今回は俺が助かってねぇんだよ……」

 カツオは火が通り過ぎていたのか、大層苦かった。

 その苦みが、今しがたの苦い思い出を上書きしてくれることを切に願う。



 これは、アホの子が今日もスキを投げつけてくる、そんなイントロダクション。

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