第264話 アホの子と夕暮れの縁結び

 昼に縁切り神社へうっかり行くところだった俺である。

 よもや、毬萌が縁結びの神様を拝みたかったとは、つゆ知らず。

 謝罪の意味も込めて、俺は毬萌と地主神社じしゅじんじゃの参拝を決めた。


 列に並んで待っている時間を有効活用。

 もはや旅の必携サポーター、グーグル先生に聞いたところ、音羽おとわの滝で恋愛成就の水を飲んでから、こちらの地主神社を参拝するのが恋する乙女のマストとか。



 俺、延命長寿の水飲んじゃったけど、平気かな?



 大国主命様、「こいつノリ悪くない?」とか思って、俺を弾いたりしないかしら?

 えっ? 神様の懐は深くて広くて半端ないから大丈夫?

 マジで? 信じるよ? 絶対だな、ヘイ、ゴッド。


 とりあえずスマホを片手にそわそわしていると、気付けば列の先頭になっているではないか。

 つまり、参拝をせねばならぬ。

 二礼二拍手したのち、お賽銭の用意。

 五円玉で良いだろうか。


「おい、まり……っ!!」

 心臓が止まるかと思った。

 だって、毬萌が今手から離したものが凄まじいものだったから。

 賽銭である。しかし、彼女が投げたものはゆっくりと落下し、音も立てない。



 千円札である!



 そして真剣に、実に神妙な表情で、一生懸命になって神頼みをする毬萌。

 それに対して俺はどうか。


 財布を取り出して、五円玉には小銭入れにお帰り頂く。

 そして俺も札入れに手をかける。

 大事な幼馴染がこれほど懸命に願うのに、隣の俺が間抜け面で五円玉放り投げるなんて、台無しではないか。

 ここは、神に「うちの幼馴染をお願いします」とねんごろに頼む必要がある。

 そのためには、俺だって札を。


 ……これがあれば、大好きなビッグマックが3つも買える。

 雑念がここぞとばかりにこんにちは。

 チラリと毬萌をもう一度だけ見る。

 今、こいつの事をアホの子などと呼べるだろうか。

 必死とも言えるマジメな顔の幼馴染の横顔を見て、俺も腹を括った。

 こいつの願いが叶うならば、俺の財布の中身が貧相になろうと知った事か!


 千円札。下がっていろ、お前の出る幕ではなかった。



 ——飛べ、一万円札!!



 まさに清水の舞台から飛び降りる覚悟。

 そして手を離したのだから、もう戻れない。

 俺は祈る。



「毬萌のヤツがこの先、幸せになりますように」



 重ねて祈る。

 一万円もぶち込んだんだから、もう一つくらい良いだろう。



「毬萌の願い事が、叶いますように」



 全ての思考をシャットアウトし、それだけをただ祈った。




「コウちゃん、そろそろ行かないと後ろの人が待ってるよーっ」

「お、おう。そうだな。行こう」

 そして、俺は眩暈めまいを起こして道の端で座り込む。


「わわっ、コウちゃん、どうしたのっ? 具合悪くなっちゃったっ!?」

「ああ、いや、何でもねぇ。ちょいとクラっと来ただけだ」

 ここで明らかにしておきたいのは、一般家庭の高校生にとって一万円札がどれ程の価値があるのか、という事である。

 俺の場合、月の小遣いの二倍である。

 そりゃあ、眩暈のひとつも起こさなければ嘘である。

 ああ、土産代くらい残しておけば良かった。


「つーか、お前はあんなマジの顔で何を願ってたんだ? あー、こういうのって、言っちゃダメなんだっけか?」

「にははっ、平気だよ? きっと神様だって、そんな小さな事気にしないよー」

「おう。そうか」


 そして毬萌はニッコリ笑う。

 夕日を浴びて、辺りを朱に染めながら。



「コウちゃんが幸せになれますようにって! にははっ!」



 ……なんてこった。

 俺の願い事と重複してるじゃねぇか。

 だって、は、なんだから。

 まさか、隣に立って同じこと願ってたなんて、なんて間抜けな話だろう。

 俺も毬萌も、どうやらこの時ばかりはアホの子のようであった。



「おう。お守り買うのか?」

「うんっ! 恋愛成就のヤツ買うんだっ! にへへっ、ちょっと恥ずかしいっ!」

「そうか。……おいおい、二個も同じヤツ買うのか? 効果は倍にならんぞ?」

「違うよー! 一個は花梨ちゃんの分なのだっ!」

「……そっか。まあ、お前が良いなら、俺ぁ何も言わねぇよ」

「にひひっ、抜け駆けはなしだもんっ!」


 聞いたか、神様。

 毬萌のこの清らかな心から出た、透き通る言葉を。

 頼むから、こいつの事を幸せにしてやってくれよ。

 そのためなら、残った三千円、こいつもくれてやるから。



 そののち、俺たちはまるで見ていたようなタイミングで掛かってきた氷野さんからの電話に出て、「合流しましょう」と指示を受ける。

 「どこに集まろうか」と返すと、「石段下りて来なさいよ」と氷野さん。

 頭の上にはてなマークを出して石段を下りると、三人が居た。



 見てたんじゃねぇかよ!!



 趣味の悪さを糾弾しながら、俺たちはバス停へ。

 そして本日泊まるホテルに最も近い停留所で下車。

 5分と少し歩けば、これまた豪華なホテルが「おいでやす」とお出迎え。



「やあ、君たちの班が最後だったよ! お帰り、お帰り! 楽しめたかい?」

 新選組の羽織を着た学園長がフロントで待っていた。

 学園長も、随分とお楽しみだったようで、何よりです。


「すみません。お待たせしちまいまして」

「いやいや、なんの! まだ予定の時間まで15分もあるじゃない! 僕が学生の頃は時間なんて守らなかったから、おじさんビックリだよ!」

 新選組の羽織コンビの高橋と肩組んで自撮りながら、学園長は言う。


「……まあ、時間を守るのは結構な事だね。45分後に夕食だから、君たちも部屋に行って、荷物を置いてきなさい」

「教頭先生が怖いから、おじさんも部屋に行くよ! 恋バナは夜に取っておこうね! アデュー!!」

「学園長! 走らないで下さい! ……君たち、反面教師の意味は分かるね?」

 俺たちは、眠れる太った獅子を起こすこともないと、無言でうなずく。


 そして今宵も豪華なディナーが待っていた。

 和風フレンチとか言う、完璧に高校生には場違いな食事が振舞われて、連日連夜のお口の中がオーケストラ。

 そして、本日は大浴場ではなく、部屋についている風呂場を使えとのお達しが教頭から下る。

 絶対に酒井くんと森福くんと学園長のせいである。



 部屋の風呂と言っても、少なくとも俺の家のものよりもキレイでしかも広いと言う、圧倒的なまでの戦力差を見せ、俺の貧弱な体はひれ伏すばかり。

 浴衣に着替えると、人心地ひとごこち



 修学旅行、最後の夜が訪れた。

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