第265話 加齢臭と共に京都の夜は更けて
「ヒュー! 公平ちゃん、恋バナしようぜぇー! ヒュー!!」
お前、そのくだり前日にやったじゃん。
どうしたの?
歩き疲れて脳内の記憶が初期化されたのかな?
まだ枕投げの方が建設的だと思う。
いや、枕投げでそこの棚にある高そうな花瓶とかが万が一割れたりした日には、もう最悪の空気になるのは間違いないので推奨はしないが。
なんで二日続けて野郎だけで恋バナせにゃあならんのだ。
「ちょっとオレは飲み物買って来るな。二人は何が良い?」
「なんだ、奢ってくれるのか?」
「まあな。昨日は桐島にごちそうしてもらったから、お返しだ」
こういうところはえせイケメンからえせを取ってやってもいいかなと思ってしまう、茂木の天然物の爽やかさである。
そうだ、茂木の恋バナを聴こう。
こいつなら、浮いた話の一つや二つあるだろう。
「ヒュー! オレっちはレモネード、蜂蜜多めで頼むぜぇー!!」
「分かった。キリンレモンな」
昨日に続き断っておくが、キリンレモンはレモネードではない。
「じゃあ俺はコーラにすっかな」
「はは、好きだな、桐島も。じゃあ、行ってくる」
そして、数分後。
茂木が帰ってきた。
「いやぁー! 悪いねぇ、おじさんもまぜてもらっちゃってぇー! あははは!」
学園長を連れて。
確かに俺はおつかいを頼んだが、茂木よ。
そのランプの魔人みたいなおっさん拾って来いとは言ってないよね!?
「実は女子の部屋に行こうとしたんだけど、教頭がねー! もう、僕の事を追いかけてくるの! 嫌になっちゃうよねー!!」
おい、この不良中年、ここに居座る気だぞ!?
その証拠に、500ミリ缶のストロングチューハイ持って来てやがる!!
何とかしてランプの魔人をランプごと捨てられないか考えていると、ドアがノックされる。
ナイスなタイミングである。
来客を理由に、俺のベッドで鮭とばとチーかま広げてるおっさんを追い出そう。
「コウちゃん、来たよーっ!」
おう。だいたい予想はついてたぞ。
よし、追い出そう。
「……まったく、女子が男子の部屋に行くなんて。ボクが随伴していなければ認められないからねぇ? 分かっているのかい? ええ、氷野くん」
「……はい。すみません」
「おい、毬萌よ」
「ほえ?」
完璧なアホの子フェイスであるからして、その先の言葉は飲み込んだ。
お前の後ろにいるヘルバトラーみてぇな腹したおっさんは何だよ!!
なんで教頭連れて来てんの!?
こっちは既に呪いの装備をひとつ抱えてんだぞ!?
「ひ、氷野さん!? こりゃあ一体!?」
「仕方なかったのよ……。毬萌が教頭に絡まれて、あとは流れで……」
そんな相撲の八百長みたいな理由で!
「……何をしているんですか、学園長。生徒の部屋で」
「げっ! 教頭先生!! いや、違うんですよ、これは! 桐島くんがどうしてもって!!」
「お、俺っすか!? 学園長、そういう冗談はマジでヤメて下さい!」
「やだぁー。桐島くん、こわぁーい」
おい、このおっさん、もうデキあがってるぞ!!
「……ふん。これは、ボクも帰る訳にはいかなくなったようだねぇ」
「にははっ! 修学旅行最後の夜は賑やかだねーっ!」
「百鬼夜行みてぇだよ……」
ところで茂木と高橋はなんで黙ってるの?
お前たちの友達である俺が今、非常にピンチなのよ?
「ヒュー。今日はもう眠いぜぇー。ヒュー、ヒュー」
お前! そのかつてないほどの優しいヒューは何だよ!!
なにアレンジして、寝息みたいな加工してんの!?
そして茂木からは「すまん、桐島。オレのデカビタC、使ってくれよ」とメッセージが届いていた。
お前ら、覚えてろよ!!
「まあ、教頭先生。ここはひとつ、恋バナで盛り上がりましょうよ」
「……まったく。少しだけですよ」
どうしてあなた方は俺のベッドに腰かけるのか。
「……毬萌。氷野さん。コーラとデカビタ、どっちがいい?」
「わたしコーラがいいっ!」
「……じゃあ、私と分けましょうね。……桐島公平、何とかして」
氷野さん、今回ばかりは無茶を言うなと返事をしても良いよね?
「そこでねぇ! 僕ぁ言えなかったんだよ!! マユミちゃんに好きって! 卒業式なのに! もう会えないのにさぁ! 意気地なしだったんだよ、僕ぁ!!」
学園長が高校の頃に好きだったマユミちゃんと良い雰囲気になったのに、最後の一歩を踏み出せなかった話が続いている。
ちなみに、マユミちゃんが学園長の親友と付き合っていたと言うオチ。
なんで知ってるかって?
バカだなぁ、ヘイ、ゴッド。
この話、3回目なんだよ!!
「ボクは思うんですけどねぇ。良かったと思いますよ、それで。だって、そんな尻の軽い女性と付き合ったって時間の浪費ですよ」
そして学園長に同調する教頭。
彼の手にはいつの間にかストロングチューハイ。
ランプの魔人が出した禁断の果実に手を染めたヘルバトラー。
「毬萌、なんか菓子持ってねぇの?」
「あるよーっ! パイの実と、イチゴのポッキー! 珍しいね、コウちゃんがお菓子食べたがるのって!」
「そりゃあ、お前。甘いものでも食わんと、やってられねぇよ」
「……あら、珍しく、私と同意見ね。……そろそろ帰ろうかしら?」
「氷野さん! 帰るんなら、どっちかをお持ち帰りしてくれねぇと、俺ぁ本気出すぜ? 具体的には、手足バタバタさせながら泣き叫ぶからな!!」
「わ、悪かったわよ……。あんたのベッド、なんか凄い事になってるわね」
知ってるよ。
おっさん二人がもう一時間は乗っかってるよ。
しかも、枕の方にね。
さぞかし今晩は良い夢が見られるだろうよ。
「ねね、コウちゃん! マルちゃん!」
「おう?」
「何かしら?」
「楽しかったね、修学旅行!」
毬萌の屈託のない笑顔には何度も救われて来たが、今宵はひとしお。
「そうだな。実に楽しかった。今度は、みんなで来てぇな!」
「良い事を言うじゃない、桐島公平! いつか、みんなで旅行したいわね!」
「にへへっ、それ、すっごく楽しそうだねぇーっ!」
俺たちは、窓から見える京都タワーを眺めて、最後の夜を噛み締める。
これ程の思い出である。
気の置けない仲間たちと共有したくなるのは、人情と言うもの。
それから数分後、巡回にやって来た浅村先生によって、酔っぱらったランプの魔人とヘルバトラーはしっかりと回収された。
気付けば結構な時間である。
明日もほとんど帰るだけとは言え、家に帰るまでが修学旅行。
ならば、備えは万全に。
おやすみなさい。
……枕がくっせぇんだけど。
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