第262話 甘味処と輝く高橋

 俺たちは安井金比羅宮やすいこんぴらぐうへ行くのをキャンセル。

 毬萌が行きたがっていた甘味処へと舵を切ることにした。

 先ほど調べたところ、甘いもの以外に軽食もメニューにあるらしく、昼ご飯も済ませてしまおうと言う横着な根性なのである。

 しかし、合理的とも言える。



 少しばかり距離があったものの、無事に到着。

 徒歩で20分くらいかかっだろうか。

 なに? そろそろ体力が切れて一回死ぬ頃合いじゃないか?

 それがいつものパターンだから、一回死んどけ?

 お前なぁ、ゴッド、そういう事言うんじゃないよ。

 俺がどんだけこまめに水分と塩分を補給しているかを見てないの?

 10月の頭とは言え暑いんだから、さすがに事前に対策を取るわい。


 さて、甘味処である。

 和風のカフェと言った店構えで、京都らしく風情があった。

 昼時は過ぎているが、お客さんも多い。

 とは言え、満席で座れない程でもない。

 ちょうど良い塩梅あんばいと思われた。


「おう、中は涼しいな。やっぱり、結構歩いたから座れるだけでもありがてぇ」

「だねーっ! コウちゃん、疲れてない?」

「多少は疲労感もあるけど、まだ平気だぞ。昨日も早く寝たしな」

「おーっ! コウちゃん、えらいっ! お腹空いたねー」

 俺たちはメニューを広げて品定め。


「あら、和風パスタなんてものもあるのね」

「女子は好きだよな、パスタ。桐島はどうする? オレと高橋は軽くで良いからな。さっきたこ焼き食べたし」

「俺ぁ、そうだなぁ。おう、この京都漬物お試しセットってのにしよう!」

「うわぁ、なんか年寄りくさいわね。お似合いよ、桐島公平」

「みゃーっ……。コウちゃん、お漬物頼むの? つまみ食いできないじゃん!」


 なんで俺が好きな漬物食うだけで女子は非難の声を上げるのか。

 せっかく京都に来たんだから、それっぽいもの食べたいじゃないか。

「じゃあ、毬萌と氷野さんはパスタだな。で、茂木はカルメ焼き、と。高橋はどうする?」

「ヒュー! とびっきりのハンバーガーを頼むぜぇー! ヒュー!」

「おう。じゃあ、高橋もカルメ焼き、と」

 店員のお姉さんを呼んで、俺がまとめてオーダー。

 「すぐにお持ちいたします」とステキな笑顔を拝受。ありがたや。


「デザートのあんみつ、楽しみーっ! コウちゃん、ちょっと交換しよーっ!」

「良いけど、俺ぁくずきり頼んだぞ? ……こぼすなよ?」

「もうっ、平気だよーっ! 子供じゃないんだよっ」

 子供じゃないけど、お前はアホの子だからな。


「しまったわ。私としたことが、毬萌と同じものを頼んだばっかりに食べさせあいっこができないじゃない!!」

「ヒュー! なら、氷野っち、オレと交換するかい? ヒュー!」

「しないけど!? あんた、逆にどうして私が損しかないトレードに応じると思ったの!?」

「ヒュー! 手厳しいぜぇー、氷野っち! じゃあ、こいつを使えよ、ヒュー!」

 そして高橋が差し出したのは、絆創膏であった。


「おいおい、高橋。氷野さんの心はこれで正常だぞ? あと絆創膏では歪んだ心は治せない。……すみません、何でもないです」

 鋭い眼光を感じたらすかさず謝る。

 これを不死鳥フェニックス先謝罪ごめんファーストと言う。

 一度ひとたび繰り出されると、受けた相手はその情けない態度に振り上げた拳を渋々下ろす事で有名な、俺の必殺技である。


「ヒュー! 氷野っち、靴れしてんだろ? ガーゼもあるぜぇー?」



「えっ!? 氷野さん、マジで!?」

 そう言われてみれば、いつも先頭を歩く氷野さんが、この道中は最後尾だったと思い出す。



「……なんで分かったのよ?」

「ヒュー! レディーの魅力は脚にあるからよく見なさいってマイアミのグランマに教えてもらったのさ! ヒュー!!」

 大変な事が起きている。



 あの高橋が、レディーファーストを!

 しかも、適切な判断で的確な処置を!!



「なんだ、さっき桐島たちが楽しんでいた時に、それを買いに行ってたのか」

「わぁーっ! 高橋くん、やさしーっ!」

「茂木。さっきの話はもうヤメてくれる? 高橋の行動と対比すると、もう俺がどうしようもねぇ男に思えてくるから。お願い」

 氷野さんも、かなり嫌そうにではあるが、絆創膏とガーゼを受け取った。


 氷野さんは男が嫌いである。

 しかし、他者から向けられる善意を払いのけたりはしない。

 その相手が、男だったとしても、である。


「あんた、名前なんていうのよ」

「ヒュー! まさかまだ名前を覚えてもらってないとか、ちょっと傷つくぜぇー!!」

「高橋でしょ! 私が言ってるのは、フルネーム! 言いなさいよ!!」

 氷野さんは毬萌や美空ちゃんのような特例を除いて、相手をフルネームで呼ぶのが通例なのはもはや知っての通り。

 どうやら、高橋は彼女にとって「名前を呼ぶ価値のある人」に認められたらしい。


「ヒュー! 当ててみるかい? おっと、オレの早撃ちとどっちが正確か勝負だぜぇー! ヒュー!!」

「うざっ! 良いから言いなさいよ! って言うか、茂木賢悟けんご、あんたが教えて」

 サラッと流れそうなので俺が付言しておくべきだろう。

 茂木、登場してから半年経ってのフルネーム判明である。

 名前も割とイケメンっぽいのに腹が立つ。


「ああ、高橋の名前は、タカシだよ。高橋タカシ」



 えっ。高橋。お前そんなリズミカルな名前だったの!?



 そう言われてみると、俺も高橋の名前を知らなかった。

 何なら、バカが名前のような気がしていた。

 そんな、思わず口に出して呼びたくなるテンポの良い名前だったとは。


「……ふんっ。変な名前ね。……ま、一応、お礼は言っとくわ。助かったわよ、高橋タカシ」

「ヒュー! クールビューティーに名前を呼んでもらえるなんて、光栄たぜぇー! ちょっとママンに報告して来ても良いかい? ヒュー!」

「うっさいわね! 料理来たでしょ! 食べなさいよ!!」



 俺は漬物をポリポリやりながら、毬萌に耳打ちする。

「なあ、もしかして、氷野さん、高橋の事をよ」

 毬萌はパスタを口に含んだハムスタースタイルで返事。行儀が悪いぞ。

「それは絶対にないと思うなっ! マルちゃん、好きな相手の事は名前だけで呼ぶんだもんっ!」

「ああ、そうなのね」



 高橋にロマンスの気配が訪れたかと思ったものの、そんな事は全然なかった。



「ヒュー! このあんみつ、南米のお菓子みたいに甘いぜー! ヒュー!!」

「茂木。このバカの口塞いで。お店に迷惑だから」

「よしきた。任せろ」



 とは言え、バカが珍しく気を遣い、その心配りが功を奏したのも事実。

 まったく、旅行と言うのは人の知らざる一面をあばくものである。

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