第261話 毬萌と縁切り神社

 八坂神社を堪能した俺たちは、屋台で腹を膨らませていた罰当たりどもと合流して、次の目的土地へと出発した。

 禅寺で有名な建仁寺けんにんじを軽く散策。

 本当ならば隅々までみて歩きたいところなのだが、以下省略。


 かの有名な風神雷神図屛風を目で楽しんだり、看板に書かれた禅の教えについてのご高説を熱心に眺めたりと、見どころ満載であった。

 「俺ぁ座禅体験してみたかったなぁ」と言うと「コウちゃんからこれ以上煩悩がなくなると困るよぉーっ!」と毬萌に泣きつかれた。

 煩悩がなくなると困るって、凄まじいセリフだぞ。


 正午を過ぎた辺りで、次の目的地へと向かいがてら、昼飯の話になる。

「みんなの腹具合はどうだ? オレはまだあんまりだけど」

「そりゃあお前と高橋はたこ焼き食ってたからな! せっかくの神社を無視しやがってからに!!」

「ははは、そう怒るなよ。悪かったって」

 爽やかに笑って誤魔化す茂木。

 お前みたいなえせイケメンが歯を見せたら女子は溜飲りゅういんを下げるだろうが、俺とゴッドの怒りは鎮まらないからな。

 ……あれ? ゴッド?


「次は安井金比羅宮やすいこんぴらぐうだったよな。今はちょうど飯時だから、その後くらいが空いてて良いんじゃねぇか?」

「そうだな。それは良いけど、神野さん。本当に安井金比羅宮に行ってもいいのか?」

「ほえ? 茂木くん、どーゆうこと?」

「いや、昨日桐島が教えてくれたんだが、安井金比羅宮は別名、縁切り神社って呼ばれてるらしくて。行ったカップルが別れることもあるとかで」


 瞬間、毬萌の目が光る。

 この旅行始まって、いやさ、ここ半年でもトップスリーに入賞確実な、凄まじいふくれっ面で、俺に強烈なタックルを見舞う。


「あひゅん」

「こ、コウちゃん! コウちゃんっ!! どーゆうことかな!? コウちゃんっ!!」

「いや、どういう事もなにも、ぐふっ。有名な縁切り縁結びを、げふっ、この目で見てぇなぁと、お、思っただけ、で……。ちょ、毬萌、お、重い……」

 まさか、京都に来てまで毬萌にマウントポジションを奪われるとは。

 あばらバラバラの再来である。

 しかも公衆の面前である。

 旅の恥はき捨てと言うが、これはちょっと捨て置けそうにないのだが。


 安井金比羅宮には『縁切り縁結び碑』と言う物が存在し、その見た目のインパクトはなかなかに衝撃的と聞く。

 美空ちゃんも「一度見てみるとおもろいと思います」と言っていた。

 しかし、こうも言っていたなと思い出す。

「でも、毬萌姉さんに怒られるんちゃうかなぁー。行くんやったら、ちゃんと話し合って下さいね」


 なるほど。話し合いを欠いたばかりにこの惨状。

 どうやら責任の所在は俺にあるようであった。


「コウちゃんは、わたしと縁を切りたいのっ!?」

 普段は大人しい柴犬なのに、牙が剥きだしになるとこんなに恐ろしいものなのか。

「い、いや、俺ぁ、そんなつもりじゃあ」

 とりあえず、俺の胸の上から降りてくれないか。

 ここ、歩道だぞ。


「コウちゃんの浮気者っ! なんでぇー!? わたしの何が気に入らないのぉー!?」

 さらに上下運動を始める毬萌。

 ダメだ、呼吸がままならない。

 俺は、肺に残された酸素で発せられるだけの短い言葉に全てを賭ける。



「俺とお前の縁は、何があっても、き、切れねぇ、よ」

「み、みゃっ!?」



 急に大人しくなった毬萌。

 そして、いつの間にか俺たちを囲んでいた観光客から、パチパチと拍手が起きる。

 生暖かい視線もトッピング。

 そのオプションも頼んでないし、何なら拍手もヤメて欲しいのだが、公道でとんちきな事をやっていたのは俺たちであるからして、このオーダーは通らない。



「そ、それなら、早く言って欲しかった、なっ。もうっ、コウちゃんってば!」

「なんか知らんが、納得したなら、お、降りてくれ。お前、相手が俺だから良いけど、よ。これ、なかなかに刺激的なアングル、だぞ?」

「みゃぁぁぁっ!! コウちゃんのエッチっ!!」



 俺は果たしてエッチなのでしょうか。

 されるがままにされたがゆえの結果なのですが。

 それでも俺がエッチだと言うのならば、もはや是非もありません。

 今すぐ来た道を戻って、建仁寺で座禅組んできます。



「あ、終わったのか? 桐島は修学旅行でも変わらないな!」

 少し離れた場所で茂木がガードレールにもたれ掛かっていた。

 メンズノンノの表紙か。


「お、お前、何を爽やかに……。つーか、見てねぇで助けてくれよ」

「いや、悪い! 動画撮るのに忙しくてな!」



 動画撮ってんじゃねぇよ!!



「お前には道徳心や慈悲ってもんはねぇのか!?」

「いや、記念になるかなって。神野さん、ムービー送ろうか?」

「みゃっ……。う、うん。送って欲しいかも、だよ」



 照れた顔は可愛いけども、あの惨状を思い出にカウントするなよ!!



「それで、どうする? 結局、行くのか? オレは桐島と神野さんの納得する方で一向に構わないぞ」

「あー。それな。……まあ、俺の配慮が足らんかったな。行くのはヤメとこう。……その、毬萌よ。なんつーか、悪かったよ。すまん」

 やはりデリカシーと言う物は一朝一夕で身に付くものではないらしい。

 毬萌の怒りは収まっただろうか。返事がないのだが。


「おい、まり」

「……にへへっ」



「早速さっきの動画見てんじゃねぇよ!! しかも嬉しそうな理由が分からん!!」



 本当にお前はアホだなぁ。

 ついて行く身にもなってくれよ。マジで。

 もう、お前の後ろ歩くだけでHPが減るんだよ。

 辺り一面が毒の沼かよ。

 俺が覚えるべきは、デリカシーの前にトラマナなのかもしれなかった。



「おう。そう言えば、氷野さんは?」

「ああ、彼女ならお手洗いに行くって言って、そこのコンビニに入って行ったよ」

「そうか」

 氷野さんが居てくれたらば、きっとストップを掛けてくれただろうに。

 常識人の不在が悔やまれる。

 あと、俺は今までお前の事は常識人枠だと思っていたのに。茂木よ。

 とんだ背信行為だよ。


「高橋くんもいないねっ? どしたのかなぁー?」

「あいつはどうせ、道歩いてる舞妓さんでも見つけて、ヒュー! ジャパニーズビューティフルだぜぇー! とか訳の分からん事言ってるんだろ」

 茂木に裏切られた今、高橋のバカだけがこの世の真理。

 すがるべき現実であるかと思われた。



 ところで、旅は人の裏の顔を映すと聞いたことがある。

 バカをひっくり返したってどうせバカだろうと思っていたのに。

 裏返してみると、まさかの展開が待っているのだから、旅ってヤツは侮れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る