第260話 毬萌と美肌

 八坂神社やさかじんじゃ

 京都に神社仏閣は数あれど、「似たようなもんだろ」などとけしからん事をのたまうやからを俺は容赦しない。

 当地も同様であり、オンリーワンである。


 元々は祇園神社と呼ばれていたものが、明治元年に現在のものへ改名。

 京都では今でも「祇園さま」と親しみを込めて呼ばれているとか。

 国の重要文化財に指定されており、桜の季節などは格別な風景が見られるとあって、観光客も多く訪れる京都の人気スポットである。

 その歴史は古く、元は656年に——。


 なに、ゴッド、まだほんの触りなのだけど。

 えっ? 歴史とかそういうのは興味があるヤツがググれば良い?



 それ神のお前が言うの?



「ちょっと! 何してんの、桐島公平!! 道のど真ん中に突っ立ってるんじゃない!」

「いや、氷野さん、しかし! ちゃんと正面から見たいじゃないか!」

「もう10分以上見てんでしょうが! 警備の人にマークされてるわよ!」

「あああああっ! あと、あと5分、いや3分!!」

 俺の訴えも虚しく、氷野さんに襟首掴まれて連行された。


「コウちゃん、やっと来たーっ!」

「おう。あれ? みんな待ってたの?」

「そだよーっ! 当たり前じゃん!」

「そんなら、皆も正面から一緒に眺めたら良かったのに。写真撮ったりとか」

「もうやったわよ! ちゃんと見たし、写真も撮ったの! ……うわっ、あんた、何枚同じアングルで写真撮ってんの!? ちょっと怖いんだけど」

「いや、だって、こっちは人が多いし、こっちは微妙に角度が」


「ちょっと毬萌。この男、どこかおかしいんじゃない?」

 何を失礼な。酷いじゃないか、氷野さん。

「んーん。普段のコウちゃんだよっ! 中学校の頃に社会見学で博物館に行った時なんか、一人でずっと日本刀眺めてたらバスに乗り遅れたんだぁー。にははっ」

「……やっぱりおかしいじゃないのよ」

 氷野さんが心底気の毒そうな目で俺を見る。

 なにゆえ俺は哀れまれているのか。


「でも、わたしの知らない事を教えてくれるコウちゃん、カッコいいよー?」

「……ああ! 私の毬萌が、腐海ふかいの毒に!!」

 ちょっと氷野さん、さっきから辛辣なんだけど。

 取れたかどを拾いなおして来たのかな?


「そういやぁ、茂木と高橋は?」

「あの二人なら、ちょっと離れたところにある屋台でたこ焼き食べてるわよ」

「かぁー! 八坂神社を堪能してないなんて! 身勝手なヤツらめ!」

「……あんたが言うな」


「ねーねー、コウちゃん! わたし行ってみたいとこがあるんだけどっ!」

「おっ、さすが毬萌は天才と呼ばれるだけあって、神社にも興味津々か!」

「にははっ。さっきね、案内図眺めてたら見つけたんだーっ!」

「そうか、そうか! でも、まずはお参りしてからな!」

「急に仕切りだしたわ、この男。羽目はめを外しまくってる……」


 それから、3人で参道を歩いて、本殿を参拝。

 時間さえ許してくれるならば隅から隅まで回りたいところだが、それをやると多分日が暮れるし、氷野さんも許してくれないだろう。

 茂木と高橋は置いて来た。

 昨夜、基礎知識を叩きこんだが、ハッキリ言ってこの参拝にはついていけない。


「おっし、毬萌! どこに行きたいんだ!?」

「え、えっとね、にははっ、ちょっと恥ずかしいなぁ……」

 俺はその様子を見てピンと来た。

 デリカシーを履修中の俺であるからして、基礎問題は既に会得済み。


「おう。トイレなら、そっちの角を曲があべしっ」

 氷野さんが普通にビンタしてくるものだから、俺もいつになくシンプルな悲鳴を出してしまった。

 これはお恥ずかしい。


「こんな男の許可なんか取らなくて良いから、行きましょ!」

「う、うんっ! じゃあ、コウちゃんはついて来てっ!」

「おう。なんか知らんが、よく分かった」

 無意味に抵抗をするのは時間の浪費であり、ひるがえっては俺の頬っぺたの残機が浪費される事に他ならないからである。



 毬萌と氷野さんのあとをドラクエスタイルで行儀よく追いかけると、境内の東にある社に到着した。

「ここだよっ! コウちゃん、知ってる?」

「いや、知らんかったなぁ。こいつぁ俺の不勉強だ」

「乙女心の分からないあんたはスルーするでしょうね」


 そこは美御前社うつくしごぜんしゃと看板に書かれていた。

 その名の通り、美容の神様として知られ、京都は元より全国の女性が立ち寄るとか。

 俺は美容の神様に謝罪したのち、その気持ちを形でしるすべく、お賽銭に百円玉を投入した。


「なるほど、美容ね。まあ、拝み倒したし、これで二人も……おう?」

 なんで女子すぐいなくなってしまうん?


「マルちゃん、これくらいかなぁ?」

「もっと掛けときましょう。せっかくだもの!」

「そっかぁ! じゃあ、脚にも塗ろーっと!」

「ああ、毬萌! そんなにスカート捲っちゃダメよ! ちょっと、桐島公平! 見てんじゃないわよ!!」

 今度ばかりは冤罪えんざいだ。

 だって俺は今、彼女たちがご執心の水、その効能についてスマホで調べていたんだもの。


 なんでも、社殿前にある御神水ごしんすいは別名『美容水』と呼ばれ、肌に付けて祈祷きとうすると、肌のみならず心まで清らかになるとか。

 道理でさっきから女の人が多いなぁと思っていたが、理由が判明した。


「なんだなんだ、毬萌、美容のために神頼みしたかったのか」

「むぅーっ! なんかコウちゃんがわたしの事、バカにしてる気がするっ!!」

「いや、んなこたぁねぇけど。別に、お前肌キレイじゃん。プニプニしてるし」

「みゃっ!? ……そ、そうかな? でも、これでもっとキレイになれるんだよっ!」

「それ以上キレイになっても変わらんと思うが。つーか、周りから更に視線を集めてくれるなよ。俺が困る」

「……えっ!? こ、ここ、コウちゃん、えと、それは、あぅー」


「桐島公平、あんた……。またそういう事を平然と……」

「おう? いや、だって毬萌に人が殺到したら、さばくのは俺の役目になるだろ? 仕事がこれ以上増えるのはちょいとなぁ」



「……コウちゃんのバカっ!」



 何故だかご立腹の毬萌さん。

「おいおい、これ飲み水じゃないんだから、口に入れるなよ?」

「ふーんっ! コウちゃんなんか知らないもんっ!」

 そして毬萌は美容水を腕やら脚やらにぬりぬり。



「……おう。ところで氷野さん」

「なによ」

「いや、なんで俺の顔に無言で美容水塗りつけてんのかなって」



「あんたのボケた思考回路がキレイにならないかしらと思って」



 ははは、俺の頭は雪解け水のように清らかだよな?

 あれ? ゴッド? ちょっとー。返事はー?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る