第259話 毬萌とぶらり街歩き
明けて翌日。
素晴らしい快晴であった。
俺の日頃の行いの成果か。
老舗旅館の朝ご飯を堪能した俺たちは、荷物をまとめてバスへ移動。
バッグなどの大きな物はバスの中にステイ。
貴重品を身に付けたらば、いよいよ修学旅行も二日目。
楽しい自由行動のお時間である。
「それじゃあ、各班ごとに希望の場所で降ろしていくからねー! 遅くても午後6時までには今日泊まるホテルに着いててね! おじさんと約束だぞ!」
学園長がバスガイドさんからマイクを奪ってルール説明。
これより、バスは京都をぐるりと周回し、各班の自由行動スタート地点まで運んでくれると言う、親切なお話。
そして、良識の範囲内ではしゃぎ倒しなさいと言う、ステキなお話。
いっそセクシー。間違いない。
「ところで、おじさんと一緒に回りたい班があれば、遠慮しないで手を挙げてくれてもいいんだよー? ほらぁ、遠慮しないでー!!」
生まれてこの方、小学校を卒業したら、以降この擬音を口に出すことなんて死ぬまでない気がしていたのだが、そうか、こういう時に使うのか。
シーン。と言う静寂がバスを包んだ。
「……はい。教頭です。ボクと浅村先生と学園長は、それぞれ移動しながら不測の事態に備えるので、何かあれば携帯で連絡するように」
学園長からマイクを引っぺがした教頭が、説明を終える。
俺たちはお行儀よく、「はーい」とお返事。
幼稚園児でも出来るこの返事と言うヤツが、年を取ると案外できないものである。
分かったらば意思表示。
とても大事な事である。
「時に、ボクは京都に詳しくてねぇ。ま、まあ、君たちがどうしてもと言うのなら、随行して、色々とレクチャーしてあげてもいいんだよ?」
なにゆえ教頭ともあろう人が、人の振り見て我が振り直せぬのか。
バスに再び、シーンと言う静寂が訪れた。
シーンさんだって忙しいだろうに、そう何度もお呼び立てするものじゃない。
一生に一度の高校修学旅行。
なにが悲しくて教師同伴で行動せねばならぬのか。
「ははは。まあ、そういう訳だから、何か困ったことがあれば、すぐに連絡してくれるとこちらも助かるよ。しっかり楽しんでおいで」
最後を締めるのは浅村先生。
さすが生徒指導。死体置き場に送致された前の二人とはモノが違う。
「浅村センセー! ウチらと一緒に回りましょー!」
「私たちも、女子だけだと不安なのでー! お願いします!!」
世の中の不条理を垣間見てしまった。
ちょび髭のおっさんと太ったおっさんは求めたのに与えられなかった。
浅村先生は求めていないのに与えられる。
世の中ってヤツは、本当に、上手く歯車が噛み合わないように出来ている。
「こらこら、既婚者をからかうんじゃないよ! 学生は学生で楽しみなさい!」
そして浅村先生、大人の余裕を見せる返しである。
先生は結婚して3年。子供に恵まれないものの、夫婦仲はすこぶる良好と言う。
一方、女子高生を求めて与えられなかった、髭とデブ。
どちらも独身である。
世の中の不条理? バカだなぁ、ヘイ、ゴッド。
これは普通に道理じゃないか。
「ヒュー! 公平ちゃん、俺が降車ボタン押しても良いかい? ヒュー!」
「うるせぇな! そういうシステムじゃねぇんだよ!」
「はは、桐島も高橋も、よく寝てただけあって、朝から元気だな」
「ったく、騒がしい男どもね。毬萌、代表してお願いできるかしら?」
「まっかせてー! 先生、わたしたち2班、ここで降りまーすっ!!」
毬萌の一声でバスは停車。
そりゃあもう、毬萌くらいになれば、声を出すだけでバスくらい停まる。
うちの幼馴染を舐めないでもらいたい。
そして降り立った、京都の地。
こちら、祇園である。
本来のルートであれば、嵐山から回る予定だったのを急遽変更。
天使たちによる『美空通信』を考慮したところ、こちらの方が楽しめそうだと全会一致で決定した。
ここから冒険は始まるのだ。
「とりあえず、適当に歩いてみるか」
「うんっ! にははっ、美空ちゃんに感謝だねーっ!」
「そうだなぁ。さすが、心菜ちゃんの友達だよ」
「そうよ! そして心菜は私の妹! ふふん、私を崇めても良いのよ?」
俺と毬萌は、とりあえず氷野さんに手を合わせて、拝む。
なむなむ。
ちなみにフリスク食いまくったおかげで彼女は今回酔わなかった。
氷野さんはフリスクを拝むべきである。
なむなむ。
「なんでも、ここら辺は京の台所とか言われてるらしいぞ。まり」
なんで毬萌すぐいなくなってしまうん?
「お嬢ちゃん、うちのカマボコは美味しいやろ?」
「はいっ! すっごくおいしーっ! コウちゃん、こっちこっち!!」
なんでお前、俺の説明無視してぶらり街歩き勝手に始めてるんだよ。
一人で行くなっていっつも言ってるでしょうが。
「おや、恋人さんもいてるね。どうぞー、試食してってぇー」
「いや、恋人じゃないでうっま! これ、むちゃくちゃ弾力ありますね!」
「ねーっ! おいしーよね! あーむっ! あ、わたしたち、恋人ですっ!」
カマボコ食いながら虚言を吐くんじゃないよ。
細い商店街には、みっちりと店が立ち並ぶ。
そして、買いもしないのに試食をさせてくれる心の広さ。
「ちょっと! 毬萌に桐島公平! こっち来なさいよ! ただ事じゃないわよ!!」
「いやぁ、嬉しい事言うてくれるわ! 嬢ちゃんたちも食べてってー」
氷野さんはうなぎの蒲焼にご執心。
そしてちゃっかりとご相伴にあずかって、俺と毬萌も試食をパクリ。
美空ちゃんが「朝ごはんは少なめにしてはった方がええですよ!」と電話で言っていた理由がよく分かる。
こんな食べ歩きができる場所があるとは。
腹八分目で泣く泣く朝食を食べ終えた効果がバツグンに効いてくる。
そんな調子であっちにフラフラ、こっちにフラフラ。
いつの間にやら俺たちは、一見さんらしく、しっかりとキョロキョロしながら、商店街を満喫していた。
そんな楽しい時間もすぐに終わってしまう。
「いやー、色々食ったなぁ! ……高橋、なにその恰好」
「ヒュー! 買っちまったぜぇー! こいつは最高にクールだろぅ? ヒュー!!」
新選組の羽織を着て、木刀を持っている高橋。
お前、のっけからそんな買い物、普通する!?
よしんば土産にしたって、終盤で買うだろ?
今回ばかりはお前が観光に来たアメリカ人に見えない事もないよ。
良かったな、インチキアメリカ人キャラが初めて生きて。
そして、楽しい時間が終われば、新しく楽しい時間が生まれるのが修学旅行。
次の目的地は、
美空ちゃんのナビによると、すぐ近くらしい。
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