第258話 ゴリさんと叶わぬ恋

 これは、毬萌と氷野さんをお部屋に送り届ける簡単なお仕事。

 それにせっかくの老舗旅館である。

 ずっと部屋に引きこもって、高橋みたくペイチャンネルと格闘していても得るものはたかが知れている。

 ならばおもむきを楽しむが吉かと思われた。



「コウちゃん、見てっ! あそこ、ししおどしがあるよー!!」

「おう、ホントだな。ちょいと聴いてくか」

「まったく、桐島公平。あんたはまた、すぐそうやって脇道にそれる」

「マルちゃんも一緒に聴こーっ?」

「聴きましょう!!」

 俺たちは、日本庭園のししおどしに注目。いやさ、静聴。


「…………。鳴らねぇな」

「だねーっ」

「じれったいわね。ちょっと私、水入れてくるわ」

「いや、氷野さん! ヤメて! もう少しだけ待とう! なっ!?」

 ひとまず氷野さんの切れやすい堪忍袋の補修工事に着手。


「そう言えば、ししおどしってどのくらい効果があんのかね?」

 ふと思う。

 鹿威ししおどしと書くくらいだから、鹿はあの音が嫌いなのだろうか。


「んっふふー。コウちゃん、甘い、甘いぞなーっ!」

「なんだよ、気色悪い笑い方をしおってからに」

「もうっ! 失礼だよ、プリチーな幼馴染に向かってぇ!!」

「おーおー。悪かったよ。で、何がどうしたって?」

 「蛇口どこかしら」とか風情をぶち壊すセリフを吐く氷野さんの浴衣の裾を引っ張りながら、俺は毬萌の言葉を促す。


「ししおどしってね、実際にはほとんど効果がないらしいよーっ」

「えっ? マジで?」

「うんっ! 動物、例えば鹿さんとかは、学習能力があるからねー。最初の何回かは驚くかもだけど、すぐに慣れちゃうんだってさ!」

「知らんかった。と言うか、てっきり鹿をビビらせるためのものかと思ってた」

「由来は間違いないと思うけど、今は風流な音を楽しむために設置されてるんだよっ。あの音、実は人間にとって気持ちいい音程なんだよー」

 毬萌の天才スイッチがいつの間にか入っている。

 俺は、ためになる知識を習得することに成功。


 時を同じくして、ついに、ししおどし様が発動。

 景気のいい音を響かせた。



 カコーン。



 その音と同時に、浴衣姿の男がすっ飛んできた。

 どこぞの鉄砲玉か。

 俺は毬萌をかばうように防御態勢を取る。



「しゃっけぇ」



 今のは、どこぞの男を氷野さんが普通に蹴った末に出た断末魔だんまつまである。

 おにぎりの具みたいな断末魔である。

 そして、せっかく聴こえた風流なししおどしの音が上書き保存される。


「氷野さん、何も蹴らんでも」

「蹴らなかったら私、この狼藉者ろうぜきものに抱きつかれてたわよ!!」

 ああ、それじゃあもう、仕方ないね。


「……おう。よく見たら、君、酒井くんじゃないか」

 お忘れだろう。

 先ほど露天風呂で覗きを敢行しようとした不届き者コンビの片割れである。

 教頭にみっちり絞られていたが、まだ天罰は足りていなかったか。


「あれ? 神野さんと氷野さん! 二人もお庭見に来てたの?」

「おう。俺もいるぞ、ゴリさん」



「ああ?」



 ひ、ひぃやぁぁあぁぁぁぁぁっ!!


 違うの、本当に、ごめん、聞いて、お願い。

 学園長が連呼するものだから、つい移ったんだよ。

 もう全部悪いのはあのおっさんだから、本当にごめんね、ゴリさん。


「いや、もう、すみませんでした」

 不死鳥フェニックス土下座ごめんなさいが炸裂した。


「もう、やめてよね。私だって女子なんだよ?」

「そうだーっ。コウちゃん、反省だよーっ!」

「うっかりするのはあんたの役目じゃないでしょ」

 失言をした俺。

 そんな愚物を優しく許してくれるゴリさん。


「えっ!? ちょっと、酒井くん!?」

 そしてゴリさん、ひしゃげた針金ハンガーみたいになった酒井くんを発見。

 すぐに抱き起してあげる優しさ。

 保健委員の血が騒いだのだろうか。


「う、あああ、ほ、堀さん」

「どうしちゃったの、酒井くん! しっかりして!」

 献身的なゴリさんに現代のナイチンゲールを見た。


「氷野さん、どうしたのかって話になってるけど?」

「し、知らないわよ。廊下を走って突っ込んでくるあっちが悪いんでしょ!」

「そりゃそうかもしれんが。しゃあねぇ、俺がひとつ話をつけるか」

 一歩だけ酒井くんとゴリさんに向かって踏み出した俺の耳に、二つの音が。



「ほ、堀さん! 好きだ!!」

 カコーン。



 何言ってんの、酒井くん?

 ししおどしのせいでアッパーになっちゃったのかな?

 それとも、アレかな。俺、大事なシーン飛ばしてる?


「あーあ。いるのよね、イベント事で気が大きくなって、こういう事する男」

 氷野さんの冷ややかな視線が酒井くんを襲う。


「こ、コウちゃん? あの、ね、その……」

「なんだよ。どうした?」

「わ、わたしは、嬉しかったよ? オリエンテーリングの時!」

 確かに。

 確かに俺もかつて、イベント事に乗じて恥ずかしい告白をした前科がある。



 それ今言わないとダメかな!?



 感じてたよ、氷野さんの視線が俺にも刺さっているなって!

 もう、今は酒井くんとゴリさんを見守ろうよ!

 そういう空気じゃん! 俺の事は忘れて、お願いだから!!


「酒井くん、あのね、私は……」

「お、オレは本気だよ! 堀さん!! 好きだ!!」


 いや、マジで、オリエンテーリングの時のアレ。

 俺、人のいない屋上でやって、本当に良かった。

 人の告白って、見ているとこんなにむず痒いものなのか。


 いやいや、彼の告白は本気だ。

 何故ならば、風呂場で覗きを決意した時と同じ顔をしている。

 あれは、何かを背負った男の目だよ。


「みゃーっ! コウちゃん、コウちゃん、どうなるかなっ!?」

「あ、お前もやっぱ、そーゆうとこ女子なんだな」

「だってぇー! やっぱり気になっちゃうんだもんっ!」

 言っとくけど、そいつ、お前の裸覗こうとしてたんだぞ?

 教頭がどうにかしなかったら、俺の不死鳥フェニックスパンチが飛び出してたからな?



「ほ、堀さん! 好きだぁぁぁっ!!」

 酒井くん、ちょっとうるせぇな。

 それはもう分かったから、静かに沙汰を待ちなさいよ。

 そんな、連打してパワー溜める昔のゲームじゃねぇんだから、何度も叫んだって結果は変わらないから。


「堀さん! 好きだあぁぁぁぁぁっ!!」

 聞けよ!!

 何度目になるのかもうどうでも良い酒井くんの絶叫。

 ついに応える、ゴリさん。



「いや、覗きする人はちょっと。生理的に無理なので。ごめんなさい」



 だよね。



 ゴリさんの洞察力は半端なものではなかった。

 しっかりと酒井くんの穢れた魂の本質を見抜いていた。



「んじゃ、俺ぁ部屋戻るわー」

「あ、待って、桐島くん!」

 ゴリさんに呼び止められるのは俺。

 おいおい、俺の両手はもう一杯だぜ?



「ねえ、さっきからずっと、私のこと失礼な呼び方してない? 心の中とかで」



 違うんだ、これは本当に違うんだ。

 気付いたらすげぇナチュラルにゴリさんって入力してて、直すのが面倒だったとか、そういうアレじゃなくて、本当になんて言うか、ねっ!



 すみませんでした。

 そしておやすみなさい。

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