第257話 明日の予定と送りエノキダケ
天使たちとの電話からどれくらい時が経っただろうか。
「桐島公平! あんた、どこまでジュース買いに行ってんのよ!?」
俺は先ほど、巡回して来た死神ライダーに捕縛されていた。
スマホを見てみると、部屋を出てから30分も経過していた。
俺にとっては一瞬の事だったので、どうやら天使は時空すらも歪める力を持っているらしかった。
「ホントにグズね! ……はあ、毬萌と冴木花梨の将来が気の毒だわ!」
「いや、ちょいと急な電話が入っちまって。面目ねぇ」
「そういう時は、まず先の用事を済ませてからでしょう! ったく、誰からよ?」
「えっ?」
「電話よ、電話! よっぽど大事な電話だったんでしょうね!? 言いなさいよ!」
「えっ!?」
い、言えない。
言えるわけがない。
「心菜ちゃんから電話もらってました、ふひひ」などと口に出したら最期。
俺は速やかに死神ライダーによって市中引き回しの末、実に丁寧な
鴨川は京都のデートスポットだと聞き及ぶ。
カップルたちの肝を冷やす手伝いとしては打ってつけかと思われた。
しかし、嘘をつくのは俺の信条に反する。
翻っては心菜ちゃんの親愛の情への反逆とも思われ、俺は考えた。
そして口を開く。
「あ、ああ、美空ちゃんが電話をくれてね。おう」
嘘ではない。
ただし、全てをつまびらかにしてもいない。
俺の信条と心菜ちゃんの親愛と鴨川のカップル、全てを守るべくねん出した折衷案であった。
「なんであんたに電話してくるのよ。美空ちゃんが」
ごもっともなご意見である。
「い、いやぁ、なんでだろうなぁ? ああ、氷野さんに繋がらなかったからじゃない?」
こちらの旗色はすこぶる悪い。
ブルスコファーである。
「……ああ。私、自分の部屋にスマホ置いてきてるんだったわ。しかも、充電が切れてて。それで、苦渋の決断に至った訳ね。なるほど」
なんか偶然が重なって納得してもらえた!!
「お、おう。明日の自由行動の時に行けば良いよって、色々と穴場の情報を教えてもらったんだよ。いやぁ、心菜ちゃんの親友だけあって、良い子だな!」
「……あんた、言っとくけど、美空ちゃんに手を出すんじゃないわよ?」
「そんな、人聞きの悪い。俺ぁ誰にも手を出した事なんかねぇよ」
「あー、はいはい。良いから、ジュース買いなさいよ! あんたの貧相な腕じゃ、5本も持てないでしょ? 2本だけ持ってあげるから」
どうにか危機を乗り切った俺は、全員分のジュースを購入。
高橋のレモネードだけなかったので、適当にキリンレモンを買っておいた。
「あーっ! コウちゃん、遅いよぉー!!」
「いやぁ、すまん、すまん。ちょいと手間取っちまった」
「そんなに遠いのか? 自販機コーナー。悪いことさせたな、桐島」
「ああ、いや、問題ねぇよ。ほい、三ツ矢サイダー」
茂木は俺に礼を言って、飲み物を受け取った。
「ヒュー! やっぱりレモネードは最高だぜぇー! ヒュー!!」
それ、キリンレモンだからな。
キリンレモンが最高なのは分かるけど、お前の舌はどうも最低みたいだな。
全員でドリンク片手に一息ついたのち、俺は議題を切り出すことにした。
「なあ、明日の自由行動だが。ちょいと計画を変えても良いか?」
「それは構わないが、突然だな。事情があるのか?」
「おう。さっきこの辺が地元の知り合いに、色々と聞いたんだよ。それを加味すると、回るコースや、場所の再考の余地がありそうでな」
俺は、美空ちゃんに聞いた情報を全員で共有。
「ジーザス! ペイチャンネルのボタン連打したら一瞬見られるって書き込んだヤツ、許せねぇ! ガッデム!!」
失敬。全員ではなかった。
高橋、
確かに、女子がいる部屋でペイチャンネル映そうとか、頭はかなりキテるな。
「へぇーっ! この甘味処、おいしそーっ!」
「だろう? こういうとこは、お前が好きそうだと思ったよ」
「にははーっ。バレてしまっていたかぁー。ねね、コウちゃん、ここ行きたいっ!」
「おう。行こうぜ。……ああ、すまん。勝手に二人で話進めちまって」
ついつい毬萌の好みを優先してしまった。
公平の名前が泣いている。
「いや、オレは全然構わないぞ。多分、氷野さんもだろう?」
「そうね。本当に美味しそうだし。毬萌の行きたいところに反論なんてないわ」
「わぁーい! ありがとー、二人ともっ!」
「なんか悪ぃな。無理を通しちまって」
毬萌の笑顔に一役買ってもらい、俺は改めて礼を言う。
「シット! オレの連打を舐めんじゃねぇぜぇー!! ヒュー!!!!!!!!!」
お前、ちょっとヤメろよ。
なにその
物語始まって以来初の感嘆符の量をそんなくだらない事で出すんじゃないよ。
本当のクライマックスの時、「あ、これペイチャンネルの時にやったな」って思われるでしょうが。
とりあえず、明日の予定の再調整もだいたい完了。
気付けばもう15分ほどで消灯時間である。
「じゃあ、わたしたちはお部屋に戻るねーっ!」
「おう。俺もちょいと出かけがてら、見送って行くわ」
「はあ? なんであんたまで来るのよ。言っとくけど、部屋には絶対入れないわよ?」
「入らないってば。トイレに行きてぇだけだよ」
「この部屋のヤツ使えば良いじゃない」
ジェントルマンと言えば多数の候補が挙がるものの、ジェントルエノキダケと言えば、それはもはや俺の事である。
俺は小声で氷野さんに告げる。
「いや、ほんの少し前に毬萌が使ったからさ。女子ってこういうの気にするもんだろ?」
「うゔぁあああぁ」
「ほえ? マルちゃんどしたのー?」
本当に、どうした、氷野さん。
黒くて触角のある嫌われ者の虫の大軍を見たような顔をして。
「あんた、なんて言うかね、デリカシーを身に付けるのは結構だけど、順序守りなさいよ。そういう、高等なところから手を付けるんじゃないわよ、気持ち悪い!」
ひでぇ言い草である。
「まあ、そんな訳で、せっかくだから部屋まで送るよ。他のお客だっているんだから、何かのトラブルに巻き込まれてもいけねぇし」
「おおーっ! コウちゃん、やさしーっ! 男の子って頼れるね、マルちゃん!」
「え、ええ、そうね」
最初に部屋を出た毬萌を確認して、氷野さんが呟く。
「トラブルに巻き込まれたら、あんた、絶対に足手まといになるでしょ」
こっちに関しては、なるほど、反論の余地はなさそうである。
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