第254話 露天風呂と愚かな男たち

 学園長の言った通り、旅館の露天風呂は格別だった。

 色づき始めた紅葉が実にみやびである。

 そばを流れる川のせせらぎが実に風情を感じさせる。

 風光明媚ふうこうめいびとはかくあるべしか。


「……桐島くん。入り口で立たれると邪魔なんだがねぇ」

「あ、こいつぁすみません。ちょいと景色に見とれてまして」

 教頭の言い方トゲがあるのはいつもの事。

 今回は進路妨害していた俺に非がある。


「ほう。君にも分かるかね? もう十日もすれば、紅葉が見事なんだよ。僕は、この景色が見たくて毎年京都の引率を引き受けている」

「いやぁ、分かります。少し染まっただけでこの雰囲気。紅葉が舞い散る季節など格別でしょうね」

「……君も少しは見る目があるじゃないか。さあ、体を洗おう」

「うっす。お供します」

 言葉を失うほどの絶景は、嫌いな相手との溝も埋めるらしかった。



 教頭の隣で頭を洗っていると、何やらキャイキャイと声が響いて来た。

「神野さん、肌がプニプニだねー! もっと触らせてよー!」

「みゃっ、くすぐったいよぉー! にははっ、やめてってばぁー」

「こら、毬萌が困っているじゃない! その辺にしときなさい!」

「そういう氷野さんだって、スタイル良いよねー! 大人っぽいし、色っぽい!」

「えっ、ちょっ、あなたたち、触らないでってば!」



 すっげぇ女湯の声が聞こえてくるんだけど。



 教頭が露骨に顔をしかめる。

「……これだけが欠点なんだよ。ここの旅館は作りが古いから、男湯と女湯が仕切り一枚で区切ってあるだけで、繋がっているんだ」


「ああ。そうなんですか。はへぇ」

「毎年、覗きをしようとするバカが出てねぇ。……君は大丈夫だね?」

「うっす。天地神明ゴッドとその他に誓ってしないっす」

「結構。僕はあっちの打たせ湯に行くから、しっかりと監視しておいてね」

 

 何故か風呂場の監視役を仰せつかってしまった。

 とは言え、高校生にもなって、覗きなんぞをするヤツはいないだろう。

 あんなもん、漫画の中の話だ。

 だって、普通に捕まるからね? 犯罪行為だよ?


「うひょー! この竹の壁の向こうに女湯が!」

「たまりませんなぁ、森福隊員!」

「ぐひひ。その竹、ちょっと指突っ込んだら隙間が出来そうじゃね?」



 酒井くん。森福くん。もしかして君たちは噂のバカなのかな?

 繰り返すけど、それ、犯罪だからね? 捕まるよ? マジで。



「みゃ、みゃーっ! 誰か胸触ったぁー!」

「へへっ、あたしでした! 神野さん、実は結構おっぱい大きいね!」

「あぅ……。は、恥ずかしいよぉー」

「氷野さんは胸がない代わりに太ももとかスベスベー!」

「あんた、なにディスってんのよ! ちょっと、触んないでってば!」


 ……まあ、聞こえてくる女子たちの声が刺激的な事は認めよう。

 そして誰だか知らんが、氷野さん相手によくぞそこまで攻めた事が出来るなぁ。

 女子のコミュニティに入ると、氷野さんのパワーも随分とダウンするらしい。


 さて、目下の課題は、眼前でモサモサとうごめいているバカ二人。

 この俺の前で、あろうことか毬萌の入っている風呂場を覗こうとは、実に良い度胸である。

 覚悟はできているな?

 不死鳥フェニックスパンチが飛び出すぞ。


「あー! ダメダメ、君たち、何やってんのー!」

「げっ! あ、違うんです!」

「そうそう、オレら何もしてないです!」

 △ボタンを長押ししてパワーを溜めていると、学園長がやって来た。

 さすがは学園を統べる男。不正行為は見逃さない。


「そんなやり方じゃ、せっかく隙間ができても向こうが見えないでしょう! こういう時は、こう! 角度をつけて隙間を作るんだよ!」



 ……学園長?



「それでね、こうやって下から覗き込むんだよ。まったく、君たちは甘い!」

「うっひょー! 学園長、話せるぅ!」

「オレ、一番最初、良いっすか!?」



 誰かー。教頭先生ー。

 俺じゃ手に負えませんー。早く来て下さーい。



 俺は駆け足で打たせ湯まで急行。

 股間の紳士が揺れる事もいとわない。

 教頭は一人で修行ごっこをしており、たいそう気まずい空気が流れた。

 が、しかし、気まずくなっている場合ではないと、事情を説明。



「良いかい? 次は僕だからね? 早く変わってくれるかい? ん? なんだい、ちょっと待ちたまえよ、すぐに順番を譲るから」

 学園長、それ、詰みです。

 あと、罪です。


「ほう、何を譲るのか、ご説明頂けますかな?」

「きょ、教頭先生!? 違うんですよ、これは! 彼らが覗きをしようとしていたから、僕は止めたんですよ! こら、ダメだぞー! なんちゃって! てへぺろ!」

「……言いたい事は終わりましたか?」

「……何と言うか、出来心で」

「それ、去年も同じことを仰っていましたね?」



 学園長の株価が、再びストップ安に振り切った。

 ダメだ、あのおっさん。



 俺は正座して教頭に絞られる三人を湯に浸かって眺めたのち、風光明媚に別れを告げて脱衣所へ。

 今日の教頭も、誰かを絞らせたら一級品であった。



「あら、桐島公平。早いわね。ああ、あんた、長湯すると茹だるんだったっけ」

「氷野さん、それ合宿の時の話かな? あの時はたまたま」

「ついこの前、冴木花梨の家でも茹だってなかったかしら?」

「……うん。そうだね。キノコは熱に弱いんだよ。氷野さん、浴衣似合うね」

 とりあえず氷野さんの湯上り姿を褒めてみる。


「どこ見てるのよ!? いやらしい!!」

「そうくると思ったよ。毬萌は?」

「……なんか、狼狽えないあんたも腹立つわね。……あそこよ」

 老舗の旅館には場違いな、最新式のマッサージチェアにて、アホの子発見。


「みゃあぁぁぁぁああぁぁっ! コウちゃんっ! 気持ち良いよー」

「よしよし。良かったな。ただ、浴衣はちゃんと着ような?」

 俺は、スキだらけな毬萌をすかさず修正する。

 こんな姿を衆目に晒してたまるか。

 特に脚と胸元! ちょいと目を離すとすぐこれだ!!



 その後、むちゃくちゃ豪華な食事にありつく俺たちであったが、学園長と酒井くんと森福くんは宴席えんせきの隅でやっぱり正座させられていた。

 人として越えちゃいけないラインって大事だなぁと思いながら、大根おろしたっぷりの天ぷらを満喫して、お口の中が宝石箱になった俺である。

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