第253話 旅館とサプライズ

 本日泊まる旅館に到着した。

 到着したのは良いが、これはどうした事か。

 他、19名が全員同じ感情を抱いたらしく、みんな揃って口を開けてみた。


「桐島くん。悪いけど、点呼頼まれてくれるかい? なんか、この旅行ではそんな流れになっちゃって。申し訳ないなぁ」

「いや、はい。そりゃあ良いんですが、浅村先生。俺ら、ここに泊まるんですか?」

「ああ、驚くよね。毎年、京都組はここにお世話になっているんだよ」

「……修学旅行の積立金って確か3万でしたけど」


 眼前には、どこかの旅番組で見たような気がする、老舗旅館。

 歴史を感じさせる反面、まったく老朽化を感じさせないたたずまい。

 もはや、俺たち高校生ごときが泊まって良い場所ではないことは明らか。

 「もしかして、ドッキリじゃないのか」と疑念を抱きつつ、俺は点呼を済ます。

 ちゃんと全員いたので、仕掛け人は学園長か教頭だな。


「おこしやす。よう来てくれはりましたなぁ」

 豪華な庭園を横目に敷居をまたぐと、着物の女将がお出迎え。

 「そろそろ女将がドッキリ大成功ってプラカード抱えて踊りだすのかな?」と思っていると、教頭に「はやく上がりたまえ」と怒られる。



 えっ? これ、ガチのヤツですか?



 前述のとおり、俺は修学旅行の積立金を3万しか払っていない。

 新幹線の往復分を考えると、どこぞのあばら家みたいな民宿とか、最悪ラブホテルもあり得るなと思っていたのに。

 この極上の空間はなんぞ。


 もしかして、今この時が詐欺に遭っている瞬間なのではないか。

 まな板の上に載っているとも知らず、ピチピチダンスっちまってる鯉なのではないか。

 美人局つつもたせってヤツがあるけども、それの亜種なのではないか。

 その論法で行くと、学園長か教頭の虜になったことになりやしないか。

 そんな気色悪い話があるか。

 おや、論点はどこ行った? 何の話をしていたのかしら?


「さあ、みんな! 部屋に荷物を置いたら風呂に入ろう! ここの露天風呂は格別でねぇ!」

 氷野さんが、俺に向かって顎でサイン。

 なるほど。全員を代表して聞きなさいと。

 承った。


「学園長。あの、ここってどう見ても、めちゃくちゃ高いですよね?」

「そうかい? 川沿いだから、むしろ低いと思うけどなぁ」

 標高の話はしてねぇよ!!


「あの、お値段のお話です」

「ああ! そりゃあ安くはないよ! 京都でも指折りの旅館だからね!!」

「それ、3万で足ります?」

「あっはっは! そうか、みんなお金のことが気になっていたのかい! 大丈夫、修学旅行は日頃の頑張りに対するご褒美なのさ!」

「……と、申されますと?」

「君たちに出してもらうのは交通費のみ! 他は、全額を学園が負担するんだよ! なぁに、一生に一度の高校生活、たまには贅沢もしなくてはね!!」



 が、学園長!



 先ほどの京都駅、八つ橋工場においてストップ安を記録した学園長の株価が、俺たち全員の中で急騰し、取引停止まであと僅かまで迫る。

 そこでトドメの一言。


「ああ、下級生には内緒だよ? こういうのは、行ってみてからのサプライズがあるから楽しいんじゃないか! ねぇ!」



 が、学園長!!



 ストップ高。もはや誰も学園長株を売らないので、取引は成立しない。

 そうか、修学旅行の事が学園でほとんど話題に上がらないのは、こういう裏事情があったのか。


 それもそのはず。

 こんなに嬉しいサプライズを受けて、翌年の下級生たちの楽しみを奪うなんてとんでもない。

 かん口令を敷かずとも、自然と口は堅くなる。


「ヒュー! すげぇ広いぜぇー! マイアミにあるグランマの家を思い出すぜー!」

「高橋のおばあさん、確か岡山だったよな。桐島もはやく入れよ」

「お、おう。お前ら、順応力高すぎじゃねぇの?」

 俺たちが泊まる3人部屋の和室が、バドミントンできるくらい広いんだけど。


「ヒュー! 饅頭発見したぜぇー! ヒュー! 南米の黄色いお菓子より甘いぜー!」

「ちょうど3つあるな」

「なんか、すげぇプレッシャーを感じるな……」

 俺は速やかにスマホでグーグル先生に聞いてみた。


「おおおいっ! 高橋、一気に食うな! それ、宮内庁御用達のくっそ高いヤツ!!」

 やっぱり、俺の金持ちセンサーが反応すると思ったよ!

 普段から貧相なものばかり食っているせいか、高いものを見ると、高級品の発するオーラを感じ取ることができるのだ。

 そして、それを一口で食べるバカ。


「そう言われると、なんだか高級な味がするな。桐島、なんでリスみたいな食べ方してるんだ?」

「バッカ! このばっ! ばっ! こうやったら、少しずつしかなくならねぇだろ!?」

 まったく、こいつらの常識のなさときたら、呆れてものも言えない。

 アーモンドクラッシュポッキーだって俺はこうやって食うと言うのに。



 どっと疲れが押し寄せてきたので、風呂の支度を整えて部屋を出る。

 着替えた浴衣も、すでに高級感が俺を殺しに来ている。


「あーっ、コウちゃん! やほーっ!」

「あら、あんたも今からお風呂なのね」

 毬萌と氷野さんである。


「おう。風呂の時間は一時間だけど、早いとこ汗流したくてな」

「そっかぁー。わたしもだよーっ。って言うか、女子はみんなで入るんだっ!」

「ははあ、仲が良いな。結構なことだ」

「桐島公平。言っとくけど、覗くんじゃないわよ?」

 氷野さん、このキノコ界のジェントルダケと呼ばれる俺に、無粋な事を言う。


「俺が覗きなんて低俗なこと、すると思うかい?」

「まあ、そうね。あんたにはそんな度胸がないのは知ったわ」

 それは俺への信頼と受け取っていいのかい?

 それとも俺に度胸がないことへの信頼かい?


「じゃあねー、コウちゃん! あとでねーっ!」

「おう。長湯してのぼせるなよー」

 さて、俺も男湯の方に入るとしますか。



 脱衣所には男子が二人すでに服を脱いでいた。

 確か、名前は酒井くんと森福くん。

 軽く挨拶をして、俺も服を脱ぐ。


「おや、早いなぁ君たち! やっぱり一番風呂狙いかい!?」

 そこに学園長が登場。


「……いいかね。問題を起こすんじゃないよ?」

 さらに教頭まで登場。



 俺はこの時「しまった、タイミングが悪かったなぁ」と思った。

 その予感は、すぐに現実のものとなる。

 思えば、俺、風呂に関してろくな思い出がないんだけど。

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