第252話 八つ橋、生で食べるか? 焼いて食べるか?

 バスに揺られて十数分。

 俺たちは、初日の目的地である、某企業の八つ橋工場へ到着した。

 何を隠そう、俺は八つ橋大好物。

 これはもう、テンションが上がってしまうのも致し方ない。


「コウちゃん、コウちゃん! 八つ橋食べられるかなぁー?」

「おう! 食えるといいなぁ! そういやぁ、クセのある食い物ダメな毬萌も、八つ橋は喜んで食うよな。なんで?」

「もうっ! コウちゃん、忘れたのーっ?」

 毬萌の頬っぺたが膨らんだ。

 俺、何か忘れたかしら。


「ああ、もしかしてハンカチか? 平気、平気、俺ぁウェットティッシュ持って来てっから! 心配しねぇでも、毬萌の分もあるぞ!」

「ちーがーうーっ! コウちゃんのせいで八つ橋が好きになったんだよ、わたし!!」

 えっ? そんなエピソードあった?

 いや、ないね! 少なくとも、生徒会に入ってからはない!

 ねぇ、ゴッド? あ、やっぱりそうだよね。ないよね。うん。



「おう。と言うと?」

 ならば事情を聴いてみましょうと言うのが捜査の基本。

「むーっ。コウちゃんが小っちゃい頃に、これすっげぇ美味いから一緒に食おうぜって、すごく勧めてくるから、わたし頑張って食べてたんだよ!?」

「……そんな事あったっけか? あれ? そんじゃ、毬萌、元は苦手だったんじゃねぇか。なんでまた、それを好きになったんだ?」

 毬萌の膨らんだ頬っぺた風船が勢いよく破裂した。



「コウちゃんと一緒に食べたかったからに決まってるでしょーっ!!」

「……Oh」



「あんたたち、仲が良いのは結構だけど、今から八つ橋食べるんだから、その甘い空気はしまってくれるかしら?」

 氷野さんがそう言うと、その場の全員が頷いた。

 これは俺としたことが。

 なんとお恥ずかしい。


 ちなみに、氷野さんはバスでも酔い始めたので、俺が隣に座って、コーラとフリスクを供給し続けた。

 努力が実り、どうにか氷野さん、今際いまわきわで踏みとどまる。

 死神ライダーの喉に誰が死神の鎌を当てるのかは分からない。

 護廷十三隊の隊長格かな?

 まあ何にしても、無事に食欲も戻ったようで、何より、何より。


「神野さんって、桐島くんと、やっぱりアレなの!?」

「だよね、今のやり取りはもう夫婦って感じだわ」

「神野さん、今日の夜、恋バナ聞かせてもらうからね!」

 普段は交流のない女子たちが、大挙して毬萌に押し寄せる。


「に、にははーっ。コウちゃん、困っちゃったね?」

 や・め・ろ!

 そんな上目遣いで照れながらこっちを見るな!

 より一層の誤解が生まれるだろうが!!


 そののち、教頭に「桐島くんは私語が多いねぇ。その調子で点呼を頼むよ」と嫌味がトッピングされた指示を拝受。

 速やかに何度目か分からない点呼の末、いざ八つ橋工場へ。



「……と言う訳で、皆さんが八つ橋と言うと三角の形のものを想像されるかもしれませんが、そもそもは焼いたアーチ状の形が本流なのです」

 工場の案内をしてくれるおじさんがためになる話を聞かせてくれる。

 ちなみに、お馴染みのよく知られた三角のヤツは『おたべ』とか『あんなま』と呼ばれているらしい。

 実に勉強になる。


「ヒュー! 見ろよ、あそこ! おたふくみたいなおばちゃんが八つ橋作ってるぜー! ヒュー! こいつはご利益がありそうだぜー!!」

 誰かー。このバカを今すぐ黙らせてー。

 誰かー。早くー。


「任せろ、桐島。高橋、生八つ橋で餡を包んだら、それはもう実質お前の好きなハンバーガーと一緒だと思わないか?」

「ヒュー! 茂木ちゃん、クールだぜー! 和風ハンバーガーだな!」

 何がどうなって和風ハンバーガーなのか知らんが、そしてそんな要素も一切感じられんが、バカが静かになって何より。

 茂木の高橋を黙らせる手腕は稀有レアスキルである。


「それでは、みなさんにも八つ橋の手作り体験を……。と言いたかったのですが、すみません。他の団体さんとかぶってしまいまして」

 俺たちは「えー」と非難めいた声を上げる。

 それが最適の合いの手であり、マナーであると思われたからである。


「その代わりと言ってはなんですが、焼いた八つ橋と生八つ橋の食べ比べをして頂ければと思いまして、ご用意してあります」

「やったね! コウちゃん、食べられるよーっ!」

「おまっ! ヤメろ、恥ずかしいだろうが!!」

「ははは、結構ですよ。食べ放題ですので、心ゆくまでお召し上がり下さい」

 そう言った案内のおじさんに連れられて、俺たちは別室へ。


 道中、「桐島くん、はしたないじゃないかね」と教頭に嫌味を言われる。

 毬萌が声を出したのに。

 横暴だ。


 そして、「あっはっは! 桐島くん、怒られたー」と笑っていた学園長も、教頭に「そもそも団体客とバッティングさせたのは誰ですかね?」と嫌味を言われた。

 やぶへびの見本市があれば、ぜひとも展示したいシーンだった。



「おう! うめぇな、やっぱり! 毬萌、食ってるか!?」

「うんっ! 焼いたヤツ、初めて食べたけど、おいしーねっ!」

「なっ! でも、生八つ橋も安定の美味さだぞ。こいつぁ、甲乙つけがたいな。ああ、粉がこぼれてんぞ。ほれ、ハンカチ」

「にははっ、ありがと! コウちゃん!」

 魅惑の八つ橋に心奪われていると、氷野さんに肩をつつかれる。


「桐島公平……。あんたにとっては普段通りでしょうけど、周りの目にも少しは気を遣いなさいよ。ていうか、気付け! この生暖かい視線に!」

 言われてみれば、俺と毬萌を取り囲むような陣形で、主に女子たちが八つ橋をオカズにこちらを見ていた。


「ヒュー! 公平ちゃん、初っ端から飛ばし過ぎだぜー! F1レーサーかよ! ヒュー!」

「まあ、良いじゃないか。みんなも、そう睨まないでやってくれよ」

 茂木が仲裁に入って初めて察知、八つ橋をオカズに爪を噛む男子たち。

 やめなよ、皆。八つ橋はいっぱいあるけど、爪がなくなっちゃう。



「ヒュー! オレたちは焼いた八つ橋食ってたつもりなのに、気付いたらヤキモチ焼いてたぜー! ヒュー! 公平ちゃんは魔法使いかい? ヒュー!」

 高橋になんか上手い事まとめられて、八つ橋工場見学は終わった。


 茂木がとりなしてくれたおかげで、会話もしたことのない同級生からヘイトを買うことはどうにか避けられた。

 その代わりに、「旅館で恋バナ聞かせてよ」と笑顔で親指を立てられる。



 ははは。すっげぇ嫌だ。

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