第251話 学園長とゴリさん

 京都駅の近未来感あふれる光景ってステキ。

 少年の心をこちょこちょとくすぐってくるのだから。

 ステキを通り越して、いっそセクシーだね。


「桐島くん。点呼だよ。まったく、言われんと動けないのかね?」

 教頭先生はセクシーじゃないな。

 いつの間にか、俺がグループリーダーみたいな扱いになっている。

 それだったら、生徒会長の毬萌にやらせたら良いじゃないですか。


「教頭先生っ! パイの実たべますかっ?」

 おま、おまぁぁぁっ!!

 ヤメろよ、マジで! 到着早々、教頭の説教とか最悪じゃねぇか!

 それなら、どこぞの高名なお坊さんのソロライブが聴きたいよ!

 ああ、失敬。念仏ね、念仏。


「神野くん、お菓子の類は駅で食べちゃいけないねぇ。……でも、せっかくだから、貰っておこうかねぇ」

 そうだった、忘れていた。



 教頭も毬萌のこと、大好きでしたね!!



「にへへっ、美味しいですかっ?」

「そうだねぇ。まあ、味は及第点と言うところだけども、神野くんに免じて百点をあげようかねぇ。特別だからねぇ?」


 教頭! パイの実に謝れ!

 ロッテとパイの実と、あと毎年パイの実の工場見学するマリーンズの新人たちにも謝れ!!

 何が及第点だよ、悪玉コレステロールの権化みたいな腹しやがって!!


 なんだよ、ちくしょう。

 俺には面倒な仕事あてがっといて、自分はデレデレしてからに!

 毬萌を穢れた目で見るんじゃないよ!

 俺の不死鳥フェニックス連撃ストライクが飛び出しますよ?

 言っときますけど、パンチと手刀の連打ですから。

 卵の殻はもはやないものと思って頂きたい。


「とりあえず、全員いるよなー? 体調悪い人いるかー?」

 俺の呼びかけに、控えめに手を挙げる女子。

 彼女はクラスメイト。名前は、ほりさん。


「桐島くん、氷野さんが今にも倒れそうなんだけど!」



 ああ、そうだった!

 氷野さん結局新幹線で酔ったんだった!!

 でもね、マーライオンにならなかったのはすごいと思う。

 頑張ったね、氷野さん。



「堀さんは確か、保健委員をしていたよね?」

 すかさず現れる学園長。


「え? あ、はい! そうです、けど」

 堀さんが戸惑うのも無理からぬことである。

 まさか、学園長が委員長ならともかく、末端、一役員の名前を把握しているとは、俺だって今まさに驚いている。


「おやおや、これは僕が生徒の事を知っているのが不思議と言うリアクションだね? ふふふ、桐島くん、顔に出ているよ?」

「ああ、こいつぁ失礼しました」

 学園長は、ちょび髭を撫でながら語る。


「僕の仕事は、学園の生徒たちを見守ることだからねー。全ての生徒の顔と名前に、特記事項くらいは全て把握しているのさ」

「が、学園長……。ご立派っす!」

 心の底から出た言葉であった。


 学園長と言えば、日頃から学園長室に引きこもって、推しのアイドル動画みたり、趣味のゴルフスイングの練習をしているものとばかり思っていた。

 なんて偏見だ。

 俺はなんと底の浅い人間だったのだろう。

 勝手なイメージで人を判断して。

 それは俺が最も忌み嫌う行動の一つではなかったか。


「ふふふ。例えば、そっちの君は羽生はにゅうさん。君は荻野おぎのさんだね」

 すごい、すごいぞ学園長!

 本当に学園内の生徒、全員分の顔と名前を暗記しているのか!


「あの、すみません。私、羽生はぶです」

「あー、あたしも荻野じゃなくて、萩尾はぎおなんすけどー」



 学園長?



「……うむ! 氷野さんの具合が悪いんだったね! では、堀さん、氷野さんを楽な姿勢にしてあげて! 堀さん! それで桐島くん、このお金でシャキッとする飲み物買ってきて!」

「あ、了解っす!」

 そうだ、ちょいとしたケアレスミスくらい誰だってするさ。

 今だって、こうしてポケットマネーで生徒に飲み物を提供してくれている。


 俺は、自販機でコーラを購入。

 てめぇが好きな飲み物買うなって?

 違うわい! 今ググったら、炭酸とカフェインが効くって書いてあったんだよ!

 失敬だな、ヘイ、ゴッド。

 あとお前、京都にも普通に居るのね。管轄とかないの?


「ああ、桐島くん! 早く、早く! よし、堀さん! 氷野さんを起こして! 堀さん! ゆっくりだよ、堀さん!!」

 しかし、堀さんは氷野さんを抱き起す前に、学園長に物申した。

 その姿はたいそう立腹した様子で、周囲の俺たちは固唾を飲んだ。


「あの、学園長! さっきから、私の苗字のイントネーションが違うんです! 先生の言い方だと、って聞こえるので、やめてもらえます!?」



 あ、それは俺も思ってた。

 ずーっと堀さんじゃなくて、って聞こえてた。



「えー。ははは、ごめんね、ちょっとおじさん、お花を摘んで来ようかなぁ」

 学園長が逃げ出した。


「なにを言ってるんですか、学園長。もう、バスが待ってるんですよねぇ」

 しかし、教頭に回り込まれた。


「き、きり、桐島うゔぉへい。こ、コーラ、ちょうだい」

「おう! こいつぁ俺としたことが! ささ、氷野さん、背中を支えよう」

「あ、あんたにまた借りが出来た、わね。あ、ああ、コーラ、美味しい」

「桐島くん、さすが手馴れてるね!」

「おう。いやいや、このくらい何でもねぇよ。堀さん」

 ゴリ……堀さんも、言いたいことを言えて溜飲が下がったのか、スッキリした顔をしている。


 そして5分後。

「……ふう。もう平気よ。みんな、ごめんなさい、私のためにお待たせして」

 頭を下げる氷野さんに、全員が「いいよ、いいよ」と首を振る。

 なんてステキな集団だろう。



「いやー! 氷野さん、元気になって良かった! 僕のコーラ作戦が見事にはまったみたいだねぇ! おじさん嬉しいよ!」

 どんどんメッキが剥がれていく学園長。

 幸福な王子だろうか。


「うっす。お見事な采配でした」

 そんなおじさんを冷たく見放したりはできない。

 だって、この人基本的に善人なのだから。

 ちょっと高田純次と同じ属性を持っている、ただそれだけさ。


「よーし、それじゃあ、バスに乗り込もう! 大丈夫、ほんの10分くらいで着くらしいから! さあ、みんな、ついておいでよ!!」

 学園長が先頭に立ち、仲間になりたそうにこちらを見ている。



 仲間にしてあげますか?

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