第235話 暗殺拳と食料ゲット

 筋肉バキバキの鬼瓦くんが、出直室のドアノブを掴んだ。

「ゔぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁぁぁぁっ!!」


 鬼瓦くんの筋肉に呼応するかのように、扉がバキバキと音を立てる。

 そして、彼の鬼の力の真価が発揮された。


「桐島先輩。申し上げにくい事なのですが」

「……うん。俺も見てるから、申し上げなくても良いよ」



 ドアノブだけ奇麗に取れやがった!



 ふざけんなよ、出直室!

 扉の強度が高いのか、ドアノブが脆弱なのかは知らんが!

 これじゃあ中に入れないじゃないか!

 ああ、ちくしょう!

 ドアノブの穴から、向こうが見えていると言うのに!!


 人とは、窮地におちいると、時に悪魔的な発想をするものである。

 俺は、悪魔に魂を売ることにした。

 あとの事は、まあ、明日の俺がどうにかするだろう。

 今はとにかく食い物だ。腹が減って仕方がない。

 お腹と背中が貫通するわ。


「鬼瓦くん。扉、ぶっ壊しちまえ」

「えっ!? 良いのですか!?」

 ここで「できません」と言わない彼のたくましさ、ステキ。

 ステキを通り越して、いっそセクシーだね。


「構わん。緊急事態だ。……やっちまえ! 全責任は俺がとる!!」

「ゔぁ……ゔぁい! 分かりました!!」

 鬼瓦くんが大きく呼吸をして、神経を研ぎ澄ませ始めた。

 これは、あれが出るな。



 天空破岩拳てんくうはがんけん!!



「お前ら、危ねぇから下がってろ! もっと、ずっと後ろに!」

 そして俺も退避。もっと、ずっと後ろへ。


「……ゔぁあぁぁぁぁっ! ゔぁららららららららららららららららい!!」



 その様は衝撃的な光景であった。

 鬼瓦くんの高速でピストン運動する腕と、その威力をたっぷりと蓄えた拳が、まばたきをしていると見逃すほどのスピードで扉にぶつかる。

 結果、宿直室の扉は粉々に砕け散った。

 俺は思った。



 よく考えたら、普通に扉引っぺがす手もあったよね、と。



 粉々になった扉を見て、さらに思う。



 これ、なんて言って弁解したら良いのかしら。



「先輩! 備蓄されている非常食を発見しました!」

「おお、そうか! そんじゃ、家庭科室で食べようぜ!」

「やたーっ! ご飯だぁーっ!」

「お腹空きましたねー。鬼瓦くん、褒めてあげます!」


 起きてしまったことは、もう仕方がない。

 だって、時間を巻き戻す術はまだ人類がたどり着いていない最奥さいおうの知恵だもの。

 ならば、この事は一旦忘れよう。

 今は、空腹を満たすのだ。



「カップ麺が3つに、缶詰が6個 レトルトの飯が7つ! カロリーメイトとinゼリーまでありやがる! こりゃあ助かるな! 大量じゃねぇか!!」

「早速用意しましょう。僕は、缶詰を少々アレンジしてみます」

「そんじゃ、俺ぁ残りの缶詰を温めるわ」

 空腹の極みであるが、まだ知恵は出るようで、俺はメシマズコンビにも役割を与えることにする。

 だって、何かやらせてないと、絶対に何かやらかすのが目に見えるもの。


「毬萌は湯せんしてる飯の見張りな。タイマーで時間計ってくれ」

「分かったーっ!」

「花梨は食器並べてくれ。ついでに茶も淹れてくれると助かる」

「はい! 任せて下さい!」

 それにしても、本当にサバイバルの様相を呈してきたものだ。

 明日にはちゃんと帰れるんだろうか。


「先輩。サバ缶とご飯で、雑炊を作ってみました」

「うおっ、マジか! すげぇな、君ってヤツは! むちゃくちゃ美味そう!」

「いえ、僕は食材を混ぜただけですから」

 もし今度災害に見舞われたら、俺は鬼瓦家に避難しようと心に誓った。


「コウちゃん、ご飯温まったよっ!」

「おう。でかした、毬萌」

「お茶が入りましたー!」

「サンキュー、花梨」

 そして俺の担当していた缶詰たちも準備万端。


 時刻はもはや午後9時前。

 遅い晩御飯になったが、ようやく空腹とお別れができる。

 出来ればもう2度と現れてくれるな。


「こっちから、牛肉のしぐれ煮だろ。んで、焼き鳥と、サンマの蒲焼きな。おでんの缶詰なんて洒落たものもあったから、こいつも出してみたぞ」

「僕は先ほどのサバ缶の雑炊と、それに加えてひじきの缶詰を使った炊き込みご飯もどきを作ってみました。お口に合えば良いですが」

 4人で食べるにはいささか量が少ないが、贅沢は言えない状況である。

 明日になっても外に出られる保証がない以上、食料の消費するペースも考えねばならぬ。

 とは言え、こうやって、温かい飯にありつけるだけで神に感謝せねば。



 お前は呼んでないぞ、ヘイ、ゴッド。

 台風を消滅させたらまた来い。

 その時は胴上げでも投げキスでも何でもしてやる。



「あーむっ。んーっ、おいしーねっ!」

「あたし、缶詰って食べるの初めてですー! こんな味なんですね!」

「そうか、花梨は缶詰に縁がないかもなぁ。まあ、これも経験と思って、ひとつ楽しんでくれよ」

「はい! 想像していたよりずっと美味しくてびっくりです!!」

「そいつぁ良かった。あーあー、毬萌、こぼすんじゃねぇぞ? ほれ、ハンカチ」

「ありがとーっ! あーむっ。んーっ、おいしーっ!!」

 とりあえず、女子に腹いっぱい食わせておくべきとは、俺と鬼瓦くんの共通認識である。


 鬼瓦くんは「2日くらい絶食しても死にはしませんよ、ははは」と真顔で語っていたので、大丈夫だろう。

 俺だって、そこそこ腹が満たされたら翌朝までは耐えられる。

 知っているか? 菌類ってのは、案外しぶといんだぞ?


 鬼瓦くんの雑炊を食べて、女子が残した缶詰を拾う。

 そして俺たちの腹はある程度満たされた。

 ようやく人心地ひとごこちつくことができた。


 と思ったのも束の間。

 今回のトラブルは、かつてない勢いで攻めてくる。

 自然との勝負なので、人である俺たちにかなり分が悪い。


「ゔぁあぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 一瞬遅れて、鬼瓦くんの咆哮が響き渡る。

 辺りは完全なる闇と化していた。



 そうとも、台風の十八番おはこ。停電である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る