第236話 花梨と停電

「ゔぁぁあぁぁぁあぁあぁあぁあぁぁぁっ!!」



 外では暴風が相変わらず不作法に窓を叩く。

 室内では、鬼が哭いていた。

 ここは地獄か。



「しまったな。停電の事を予想できなかったとは。いくら腹ぁ減ってたとは言え、ちょいと迂闊うかつだった」

「ゔぁあぁあぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁあぁっ!!」


「みゃーっ。コウちゃん、どこーっ?」

「あ、お前、うかつに動くなよ! 花梨もな! 危ねぇから!!」

「は、はい! 了解しました!」

「ゔぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁあっ!!」


 暴風雨の奏でるシンフォニーも相当に不吉であり、恐怖感すら覚えるが、それ以上にこっちの方が大惨事である。

 どうした鬼瓦くん。

 そんな、センサーが故障したアンパンマンのポップコーン工場みたいになっちまって。

 君ともあろう者が、停電ごときで狼狽うろたえるとは。


「なあ、鬼瓦くん? もしかして、暗いのダメなのか?」

「ゔぁい!! 僕は、僕はぁ!! 暗がりだけはどうしてもダメで!! 夜寝る時も電気点けておかないと安心できないんです!! ゔぁぁあぁぁぁぁっ!!」

 鬼の意外な弱点が判明。

 鬼神げっそり。

 そう言えば、君、合宿の時も月明かりを浴びて寝ていたなぁ。


「しゃあねぇな。ちょいと俺ぁ、宿直室から懐中電灯かなんか、とにかく照明の類を探して持って来るわ。待っててくれ」

「あっ、じゃあ、わたしも行くーっ!」

「それなら、あたしも行きます!!」


「ゔぁあぁあぁあぁぁあぁぁっ! 僕を一人にしないでぐだざいぃぃぃっ!!」

「お、おう。じゃあ、どっちかついてきてくれるか? んで、片方は鬼瓦くんの傍に居てやってくれ」

 先ほどまであんなに活躍していた功労者を放置プレイに処すのはあまりに忍びない。


「花梨ちゃんっ!」

「はい! 毬萌先輩!」

「ここは、じゃんけんだねっ!」

「そうですね! 望むところです!!」

 それにしても、君らはこの真っ暗闇の中、たくましいなぁ。

 あと、鬼瓦くんの介護を罰ゲームみたいにするんじゃない。


「……みゃーっ。裏の裏の裏をかかれたよぉー」

「えっへへー! やりました!」

 口頭による高度な情報戦が行われたのち、二人のじゃんけんは3分ほど続いた。

 5回勝負の末、花梨が僅差で勝利。

 本当にまあ、よくもこんな状況で真剣にじゃんけんできるな、お前ら。

 どうやって相手の拳を見分けているのか。


「そんじゃあ、行ってくる。すぐ戻るから、待っててくれ」

「はぁーい。武三くん、わたしがついてるから、頑張ろうねっ!」

「ゔぁ、ゔぁい!!」

 鬼神ぷるぷる。


 そして、俺と花梨は、宿直室への道を歩き出した訳のだが。

「あー。花梨。花梨さんや」

「はい。なんですか?」

「どうして俺の腕にくっ付いてるのかね。歩きづらいんだが」

「だって、暗くて危ないじゃないですか!」

「いや、それならついて来なければ良かったおふっ」

 なにゆえ脇腹を小突くのか。


「だって、こういう時には男女の仲が深まるらしいじゃないですか! 吊り橋効果って言うらしいですよ! 先輩、ご存じなかったですか?」

「いや、ご存じだけども。それにしても、こんなに密着せんでも」

「あれー? その割には、離れようともしませんよね? せーんぱい?」

「ばっ! おまっ! ばっ! これはアレだよ!!」

「アレってなんですかー?」



 アレって言ったら、アレだよ!!

 ちっくしょう、男ってヤツはなんて情けない生き物なんだ!!



「か、花梨が危ないって言ったんだろ!? だから、お前、ほら!」

「くっ付くだけで意識してもらえて、あたしはとっても満足です!」

 出たよ、花梨の幼さゆえのスキが。


 確かに、今、俺は花梨にくっ付かれてやたらと意識している。

 そして、彼女はそれをの効果だと思っている。

 違う、そうじゃない。

 花梨さん、君は無自覚にスキを見せるから、先輩は心配なんだよ。



 あのね、思春期の男子は、そのやたらと柔らかいくらいしか能のない女子の胸部を腕に押し付けられるだけで、そりゃあもう色々と思いが巡るものなのさ。

 それを君は分かってないんだよ。

 なんかそこはかとなく良い匂いもするし。

 相手が、産声を上げる前に理性をたずさえた俺だから良い様なものだけども。

 そりゃあもう相手が相手だったら、本当にマジでガチめにアレだからね?



「あっ。スマホの電池が切れちゃいました」

 真っ暗な廊下をスイスイ歩ける者はそういないと思われる。

 半端ない空間認識能力の持ち主ならば造作もない事かもしれんが、あいにくそんなオプションを神様は俺に付けてはくれなかった。

 頼りないスマホのライトを仕方なく頼りに進んでいる俺たち。

 少しでも明かりを長持ちさせるため、スマホのライトも一台ずつ。


「そんじゃ、今度は俺ので照らすか。おう、もうすぐそこだな」

「もぉー。もっと先輩と夜のお散歩したかったです!」

「鬼瓦くんが死にそうなんだから、早いとこ戻ってやろうぜ」

「まったく、ちょっと暗いくらいで情けないんですよ、あの人は!」

「そう言ってやるなよ。誰でも苦手なもんくらいあるって」

「えー? 先輩にもですかー? って、うひゃあっ!?」



 唐突なお知らせだが、俺は現在、花梨に対して絶賛壁ドン中である。

 急に肉食系のパリピにジョブチェンジした訳ではない。

 宿直室の周りには、先ほど鬼瓦くんが粉砕したドアの破片が転がっており、危うく花梨がそれを踏みそうになったため、緊急措置を講じた結果、こうなった。



「せ、先輩……」

「おう。すまん。いや、足元に木片がな。先に一言声かけるべきだったか」

「……もぉー。あたしも、怖いものがある事に気付きました」

「おう?」

「公平先輩です。いつもあたしをドキドキさせて……。時々、怖いくらいです」

「……おう。……なんか、ごめんな?」

 この場合の正しい対処は、とりあえず謝る、である。


「ホントですよ! こんなにドキドキしてます! ……触ってみます?」

「ばっ! おまっ! ばっ! ばっ!!」



 俺も怖いものがあるよ。

 乙女の先読みできない行動が怖い。

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