第234話 空腹と腹ペコ大走査線

 とりあえず、ずぶ濡れの俺と鬼瓦くんは着替えることにした。



「言っとくけど、覗くんじゃねぇぞ!?」



 生徒会室から、一時的に女子どもを追い出す。

 その際、強い口調で言い含めた。

 普通は逆じゃないかって? そうだな、俺もそう思う。


「やれやれ。パンツまで濡れちまったよ」

「僕もです。しかし、ジャージがあって助かりましたね」

「おう。ホントにな。濡れたままだと風邪ひいちまうよ」

「もう九月も半分以上過ぎましたからね。朝晩は涼しいですし」

「そうだなー。……ちょっと待ってな、鬼瓦くん」

 俺は、扉に向かって半裸で突進。


「みゃっ!? ち、違うよ!? わたし、覗いてなんかないよ!?」

「そ、そうです! あたしも別に、見てないですから!!」



 案の定。こいつら、普通に覗いてやんの。

 なんでこんな貧相な裸体を覗くの?

 と言うか、その行為からは何か生まれるの?

 君ら、天才と秀才なのに、なんで今はそんなにアホなの?



「せいっ! はあっ!」

「みゃあっ」

「ひゃあっ」

 俺の鉄拳制裁が炸裂。

 男女平等チョップである。

 覗きをする不埒な輩にかけるレディーファーストなど存在しないのだ。



「さてと、とりあえず着替えたわけだが、これからどうしたもんか」

「コウちゃんがぶったー! ひどーいっ!!」

「そうです、そうです! 公平先輩は紳士だって信じてたんですよ!」

 こいつらは、どの口が言うのか。


「あのな、俺のチョップなんか、痛くも痒くもねぇだろ?」

「うんっ! ぜーんぜん平気だったよっ!」

「えへへ。むしろ、スキンシップとしてアリかなって思っちゃいました!」

 反省をしない不届き者たちであるが、彼女たちの腹の虫が同時に鳴いた。


「ちなみに、今から食い物の調達に行こうと思ってたんだが、悪い事をしてごめんなさいできねぇヤツらに食わせる飯はねぇからな?」

「むーっ! 横暴だよーっ! ひどい、コウちゃんっ!」

「公平先輩、あたしお腹が空いてるんですよー?」

「俺ぁてめぇで食い物くらいどうにかできるし、鬼瓦くんはいわずもがな。……さて、お前らも自分でどうにかしてみるか?」


「……みゃーっ。ごめんなさーい」

「すみませんでした……」

 やれやれ。やっとあやまちを省みたか。

 こいつら、この異常事態にうわついてやがる。

 まあ、怯えられるよりはずっとマシだが、台風でテンションがおかしくなるとか、小学生かよ。



「桐島先輩。冷蔵庫には何も入っていません」

 家庭科室にて、鬼瓦くんが鬼のような残酷極まる真実を告げる。


「……死のう」

 「家庭科室に行けば何かあるだろ」とポジティブシンキングをダンシングさせていたところ、あったのは絶望であった。

 もうダメだ、おしまいだ。

 俺だって腹が減ってるのに、食い物がないなんてあんまりだ。


「コウちゃーん! お腹空いたよーっ」

「あたしもですー。あ、毬萌先輩、チロルチョコならありますよ?」

「ホントーっ? ありがとーっ! あーむっ」

「えへへ。こういう時に食べるチョコってすごく美味しいんですねー」

 お前ら、俺の分は?


「桐島先輩、ひとつ思い付いたのですが」

「ああ、俺もだよ。水で腹をいっぱいにするんだろう?」

「いえ、違います」

「えっ、違うの!?」


 そろそろボロが出始めた俺のサバイバルスキル。

 だって仕方ないじゃないか。

 生まれてこの方、サバイバルなんてしたことねぇんだもん。

 ここ、平和な国の日本だぞ?

 サバイバルなんて、GLAYの曲しか知らないよ。


「宿直室にならば、備蓄されている非常食があるかと思われます。以前、浅村先生がそのようなお話をされていました」

 鬼瓦くんの目の付け所に脱帽。

 鬼神ばっちり。


「おお! よし、宿直室な! 早速行ってみようぜ!」

「ええ。行きましょう」

「お前ら、足元気を付けろよ。明かりはついてるが、もう暗いからな」

「分かったーっ」

「先輩、やっといつもの紳士らしくなりましたね!」


 そして到着する宿直室。

 一階の端っこにあるその部屋を訪れたのは、初めての事であった。

 一年半も通っているのにである。

 まあ、普段から部屋だし、特段用がある場所でもないので、致し方ないと言える。



 ……あれ? 今、嫌なワードが視界の端をかすめたな。

 鍵がどうしたとか。



「あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁいっ!!」

 宿直室のドアは、ビクともしなかった。

 かつてその鉄壁の難攻不落ぶりを誇った小田原城がごとし。

 よくよく思い返してみれば、色々と貴重品の保管されている部屋である。

 生徒が悪さをしないように、施錠してあるのが筋と言うもの。


 ならば職員室に行って鍵を取ってくれば良い?

 バッカ、もうとっくに行ったよ!



 職員室にも鍵がかかってんだよ!!



 呆れてないで、菓子パンでいいから施してくれよ、ヘイ、ゴッド!!



「もうダメだ。みんな、水で腹を満たそう」

「ええーっ!? やだぁーっ! お腹空いたーっ!」

「毬萌……贅沢言うなよ。物理的に無理なもんはどうしようもねぇだろ」


「あの! あたし閃いちゃったんですけど、良いですか!?」

 花梨の言いたい事は分かる。

 ああ、生徒会室に戻れば、ミロがあるね。

 水に溶かせば少しは満たされるかしら。


「鬼瓦くんだったら、このドア、無理やり開けられちゃったりしませんか?」

 全然違った。

 俺の貧困な発想を恥じる前に、花梨の柔軟な発想を褒めるべきだろう。

 そうか、その手があったか。


「一応やってみますか? でも、学園の部屋を壊してしまうのは……」

「鬼瓦くん。今は緊急事態だ。そして、俺たちは腹ペコだ。つまり、学園長も分かってくれるさ! あのおっさん、結構話せる人だから!!」

 俺は鬼瓦くんをけしかける。


 心の優しい君の事だから、きっと心が痛むのだろう?

 それなら、その罪悪感は俺が引き受けよう。

 なぁに、この空腹とサヨナラできるなら、安いものさ。



「全責任は俺が持つ。鬼瓦くん、やってくれ!」

「ゔぁい!!」



 短く返事をしたのち、鬼神の腕が、宝物庫の入り口をがっちりと掴んだ。

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