第215話 女子中学生と公平緊急出動

 違うんだ。

 違わないけど、違うんだ。

 そうなんだ、誤解なんだ。

 誤解じゃないけど誤解なんだ。



 今回に限り、俺は『心菜ちゃんのリトルラビットバージョンを拝みたい』と言う、大変不埒ふらちな理由でここを訪れていた。

 しかし、待ってほしい。

 天使をあがたてまつるのは、いけないことなのでしょうか。

 むしろ、ただでさえ神々しい天使心菜ちゃんが、天の羽衣カワイイ制服を身に纏うとあっては、それを見に行かない事の方が神に対する冒涜なのではないか。


 そうだ、そうに違いない。

 何を憚る必要がある。

 堂々としていれば良いのだ。


「辞世の句は決まったかしら? あんたセンスは良いから、さぞかしステキな仕上がりでしょうね。安心して、後世にしっかりと残してあげる」

「……すみませんでした」



 俺の数ある必殺技の中でも汎用性の高い、不死鳥フェニックス土下座炸裂である。

 ポイントは、膝頭、手のひら、額の三点を完璧に地べたにつける点。

 そこを意識すると、美しい土下座になる。

 謝りたいけどインパクトが欲しいと言う人には打ってつけ!

 レッツ・トライ!!


「姉さまー。公平兄さま、美空ちゃんを助けてくれたのですー」

「あら、そうなの? でも、今日の兄さまからはゲスの匂いがするのよ」

「ああ、氷野さんは美空ちゃんと顔見知りなのか」

「そりゃそうよ。よく家に遊びに来てくれるもの。……まさか、その妹の親友に手を出すだなんて、あんた節操なさすぎるんじゃないの?」

 「俺ぁ心菜ちゃん一筋だよ!!」と叫びたいのを我慢した。

 ゴッドはそんな俺を褒めてくれても良いと思う。


「マル姉さん、ほんまなんです! お兄さん、ウチの事を介抱してくれはったんですよ! むっちゃ助かりました!」

「おお、ありがとう、ええと、美空ちゃん?」

「あ、ごめんなさい、自己紹介してへんかって! ウチ、藤原ふじわら美空みそら言います! よろしくお願いします、公平兄さん!」

「おう。よろしくね。俺の名前を知っててくれるたぁ、嬉しいなぁ」

「そら、もう! 心菜ちゃんがよく話してくれてますから!」

 殺気を感じて振り返ると、氷野さんが笑顔でこちらを見ていた。



 とりあえず、土下座をおかわりしておこう。



「ふぁーっ! やっぱりお店の中は涼しいねーっ!」

「ですねー! 今日は特に蒸し暑いので、汗でベタベタですー」



 土下座してたら毬萌と花梨が店に来たんだけど!?

 なにこれ、俺が呼び寄せたの!?

 不死鳥土下座、もしかして口寄せの術的な効果があるのかな!?



「あれーっ? コウちゃん、なんでいるのーっ?」

「先輩、今日は大急ぎで帰られたじゃないですかー」

 事態が悪化。繰り返す、事態が更に悪い方へ転がり始めた模様。


「お、おう。奇遇だなぁ、おい! あー、二人はどうしてここに?」

「心菜ちゃんが職場体験してるって聞いてさーっ! 見に来たのっ!」

「せっかくだから、みんなでお茶しようって事になったんですよー」



 ぬかったぁぁぁぁっ!

 そういう話の流れなら、俺、先走らなくても良かったじゃん!

 黙って女子について行けば、心菜ちゃんの制服姿を自然に拝めたじゃん!!

 俺のおたんこエッグプラント!!



「桐島くぅん! 藤原さんの具合は、どうだぁい? おじさん気にぃなっちゃってぇ、仕事が手にぃつかないよぉう!」

「あ、すみませんでした! ウチならもう平気ですー!」

「おじさんこそ、ごめんねぇい? もう奥義は使わないからねぇい」

「仕事に戻りますー! 行こかー、心菜ちゃん!」

「はいですー!」

 いやはや、美空ちゃんが大事に至らなくて何よりであった。


「それで、コウちゃんはなんでここにいるのーっ?」

「そうですよー。教えてくださいー」

 俺は大事に至っているけどね。

 もはや蟻地獄にはまった間抜けなアリだよ。

 もがけどもがけど砂の中。

 もう地上には二度と手が届かない。


「桐島公平なら、たまたま通りかかったらしいわよ。そしたら、心菜の友達の悲鳴が聞こえて、助けに入ったんですって」

 ひ、氷野さん!?


「なんだぁー、そうだったんだーっ!」

「やっぱり公平先輩は誰が困っていても助けちゃうんですねー!」

 俺、蟻地獄の巣から、生還せしめることに成功。


「ひ、氷野さん、なんで助けてくれるんだい?」

 俺は極めて小声で彼女に聞いてみる。

「……別に? ただ、心菜の親友を助けてくれたのは本当みたいだったし? まあ、心菜を愛でたい気持ちは分からないでもないから。ふん、気まぐれよ」

 ひ、氷野さん!!


「ただし、あんた暇そうだから、心菜たちのサポートしてあげなさいよ。得意でしょ、そういうの。あと、耳に良き吹きかけないで。キモいから」

「おう、任せてくれ! ……ちょっと小声で囁いただけだよ?」

 俺は、パパ瓦さんを捕まえて、職場体験の補助を申し出る。


「そいつは助かるけどもぉぅ、良いのかいぃ、桐島くぅん? 今日に限って、せがれの帰りが遅いもんだからぁ、人手が欲しいのは本音だけどねぇい」

 ああ、ちなみに鬼瓦くんは今日、勅使河原さんとデートです。

 一緒に植物園に行くって言ってました。


「お任せください。元気に働く彼女たちを見てたら、俺も働きたくなったんです」

「まあ、桐島くん! 勤労学生の鏡ね! お赤飯炊きましょう!!」

 ママ瓦さんに赤飯の申し出を丁重に断って、もはや着慣れた制服に袖を通す。

 乗り掛かった舟である。

 心菜ちゃんと美空ちゃんの補助は俺の宿命。


「はわー。兄さまも一緒に働くです?」

「おう。もし二人が良ければだけど」

「良いに決まってるやないですか! むっちゃ心強いです!」

「はわわー。心菜、公平兄さまと一緒が良いのですー!」

 うん。可愛い。

 そして天使。尊い。



 かくして俺の臨時バイトが始まった。

 ああ、一応確認しておくが、心菜ちゃんをチラ見しても構わんのだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る