第214話 女子中学生を襲った暗殺拳

「こんにちはー。鬼瓦さん、桐島です! どうかされましたか?」

 俺は厨房の扉の前で、ご挨拶。

 お菓子を作る神聖な場所に何の菌が付着しているか分からない制服で突入するのは憚られる。

 しばらく待つと、パパ瓦さんがしょんぼりして顔を出した。

 大鬼神しょんぼり。


「あぉう、桐島くぅん! 僕ぁちょいと張り切り過ぎちゃったようなんだぁよぅ! と言うか、ちょっと手を貸してぇくれないかぁい?」

「ええ、そりゃあもちろん、俺に出来る事がありゃあ良いんですが」

「助かっちゃうよぅ! この娘さんを介抱してあげてぇおくれぃよぅ!」

 パパ瓦さんが言い終わると、ママ瓦さんがぐったりした少女を連れてきた。


「こりゃあ、また、なんとも……。いったい何があったんです?」

「それがね、今日から職場体験の中学生を受け持っているんだけど、少しアクシデントがあったのよ」

 ああ、なるほど。

 九月になったとは言え、まだまだ暑いですもんね。


「熱中症ですか?」

「いいえ。旦那の天空破岩拳てんくうはがんけんの拳圧をまともに受けてしまって……!」



 天空破岩拳の拳圧を!?

 そりゃあ一大事だ!!



 一般人には何を言っているのか分からないと思うし、俺も言動が安定しない中二病の患者みたい見えるかもしれない。

 だが、リトルラビットの職務経験者ならば、みんな知っている。


 パパ瓦さんの天空破岩拳は要注意。

 使用される場合は半径4メートル以内に入るとぶっ飛ばされる。

 うん? まだ何を言ってるのか分からない?

 奇遇だなぁ。俺も、「やっぱり何言ってんの俺……?」って思い始めてる。


「幸いなことに、桐島くんも知ってるわよね? 天空破岩拳の初撃はソフトタッチ。当てられたのが初撃で良かったわ」

 世の中でもかなり稀有な幸いなことなのは間違いない。


「そうですね。俺も何回か喰らいましたが、軽い眩暈めまいくらいで済みますから」

 俺はいつの間に天空破岩拳に詳しくなってしまったのだろう。

 脳内メモリの無駄遣いは控えなさいよ。来年受験生なのよ、俺。


「とにかく、こちらの不注意だったわ。まだ武三が帰っていないから困るところだったけど、桐島くんが居てくれて良かった! 今日はどうしたの?」



 心菜ちゃんの制服姿を見に来ました!

 ……とは言えない。



「ええ。アレですね。アレがナニして、少しアレだったので」

「そうなの。とにかく助かったわ。彼女の事をお願いできるかしら? 店のものは何でも使って構わないから」

「うっす。分かりました」

 イートインスペースの椅子を並べて、簡易ベッドを作成。

 ママ瓦さんが少女を担いできて、そこから俺が引き継ぐ。


「はわわー。美空みそらちゃん、大丈夫なのですー?」

「おう。少し横になれば平気だよ。別に怪我した訳じゃないからね」

 天空破岩拳は空気中に気流を起こす事を基礎とする拳法であるからして、その拳圧に当てられると軽い脳震盪のうしんとうの様な症状が起きる。

 俺はマジメに何を言っているのだろう。

 でも、そういう事なのだから仕方ないじゃないか。


「ん、んん。あ、あれ? ウチ、どうしたんやろ?」

「美空ちゃん、平気なのです? 心菜のこと、分かるです?」

「うん、分かるよ」

 美空ちゃんは起き上がろうとするので、それを俺は制す。

 いきなり上体を起こすのはよろしくない。

 俺は経験者である。


「もう少し横になっといた方が良い。大きく、ゆっくり呼吸をしよう」

「お兄さん、誰なん?」

 おっと、これは俺としたことが。

 レディを前にして自己紹介が遅れてしまった。


「この人は公平兄さまなのです! とっても優しくて頼りになるのですー!」

「ぽぉう! ……ああ、失礼。桐島公平と言います。よろしくね」

「あー! 花火大会の時に助けてくれた人や!」

「そうなのです!」

 そこで俺の記憶中枢が笛を吹く。

 それを合図に彼女の名前を思い出した。確かに聞き覚えのある名前だった。


「ああ、あの時心菜ちゃんと一緒に来ていた子か。電話越しに話をしたね」

「そうです! あの時はほんまお世話になりました!」

 美空ちゃんは、大阪の出身で、名門女子校に通うため、親戚の家に下宿をしていると心菜ちゃんが教えてくれた。

 なんと立派な志だろうか。


「そろそろ平気です! 立てます!」

「おっしゃ、俺が背中を支えよう。心菜ちゃん、そこの冷蔵庫からお茶取ってくれるかい? お金の話は済んでるからね」

「はいです!」

 トテトテと心菜ちゃんが持ってきてくれたお茶を、美空ちゃんに手渡す。


「ゆっくり飲もうな。慌ててむせたらいけねぇから」

「はい! ほんま、心菜ちゃんの言うてた通りの人やね、お兄さん」

「おう? と言うと?」

「めっちゃ優しくて頭も良くて、カッコいい知り合いのお兄さんがいる言うて、心菜ちゃん、いっつも自慢してるんですよー。実は疑っとったんですけど、ほんまやったんですね!」

 ああ、心菜ちゃん、俺の知らないところでそんな話を!?


「はわわー。美空ちゃん、言ったらダメなのです! 恥ずかしいのですー」



 今日まで生きてきて良かったぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 ちくしょう、なんて日だ!

 これだから人生はヤメられねぇ!!



 そんな浮かれ散らかる俺の幸せが唐突に終わりを迎える。

 その時がやってきた。


 店の外に、ドドドドドとどこかで聞いたエンジン音が響く。

 そして音が止むと、扉が開いた。


「心菜ー! 姉さまが様子を見に来たわよー! ちゃんと働いてるかしらー?」

 そして目が合う、俺と死神ライダー。

 違った。俺と氷野さん。


 美空ちゃんに寄り添う俺を見て、彼女は何を思ったのだろうか。

「あんた……。ついに心菜の友達にまで……。介錯かいしゃくは要らないわね?」

 腹を切れと申されるか。


「いや、違うんだ、氷野さん! 誤解だ!! 俺ぁちょっと寄っただけで!」

「へぇー? 何のために? あんたが一人で洋菓子屋に寄るのかしら?」

 今日の氷野さんは理詰めである。



 心菜ちゃんの制服姿を見に来たんだよ。

 いっけね、言い訳のしようがねぇや!!

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