第208話 花梨と始業式

「公平せんぱーい! おはようございまーす!!」

 さて、本日から二学期が始まる。

 つまりは、慣れ親しんだ学園パートへの帰還。

 手始めに、可愛い後輩の元気な挨拶。

 こいつはなかなか縁起の良いスタートである。



「おう。おはよう、花梨」

「えへへ。なんだか久しぶりですね!」

「そうか? 一週間くらいしか経ってねぇけど?」

「もぉー! 先輩! 好きな人と一週間会えないなんて、それはもう事件ですよ!!」

 相変わらず、ダイレクトな好意にたじろぐばかりな俺であり、それでも避けようとしなくなっただけ成長したのではないかと思わないでもない。


「コウちゃーん! 花梨ちゃーん! お待たせーっ!」

 生徒指導の浅村先生のところへ行っていた毬萌が戻って来た。

 今日は始業式。

 生徒会にとって、二学期の初仕事。

 これは失敗できない。

 さらに、失敗できない理由があるのだが、聞く?


「ゔぁあぁあっ!! 桐島先輩、講壇の位置はこれで良いでしょうか?」

「おう。マイクが届いてりゃ問題ねぇぞ」

 そして、数十キロはある講壇を気合一つで運ぶ鬼瓦くん。

 その姿を見て「ああ、日常だぁ」と感じる辺り、もはや俺の感覚も常人から逸脱してしまったのねと、ちょいとしんみり。


 今日の始業式は、一年生コンビ主導で行われる。

 これも花祭学園の慣例によるもので、二学期に入ると生徒会の仕事の一部を一年生が受け持つのが習いなのだ。

 かつて言ったかもしれんが、花祭学園の生徒会長は、前任の一年生が信任投票でそのまま繰り上がるパターンが非常に多い。

 そのため、選挙の行われる三学期に備えて、二学期は慣らし運転。

 次期会長の有力候補に、仕事を覚えさせるのだ。


「うぅー。さすがにちょっぴり緊張します」

 次期生徒会長の最有力候補はもちろん花梨。

 そして、俺たち二年生は、そんな彼女をバックアップする。

 まあ、一年生主導で行う行事は、朝礼だったり、定例会議だったりと、比較的簡単なものだけなので、花梨と鬼瓦くんならば問題もなかろう。


「花梨なら絶対大丈夫だって。何か俺に手伝えることがあれば良いが」

 はい。今日の口はわざわいの元ポイントはここである。

 黙っていれば良いものを、ついつい可愛い後輩の世話を焼いてしまった。


「それじゃあ、先輩、お願いがあるんですけど、いいですか?」

「おう。なんでも言ってみたまえ」

 先輩ぶって余裕のある男を演出した俺をタイムマシンに乗ってぶん殴りに行きたい。



「はいっ! それでは、続きましてーっ! 書記の冴木花梨さんによるスピーチですっ! 彼女の初めてのお話なので、みんなよーく聞いて下さいねーっ!」

 毬萌のほんわか司会進行で、体育館の空気はバツグン。

 ただ一か所を除いて、であるが。


「えと、皆さん、おはようございます! 夏休み、楽しまれましたか? あたしはたくさん思い出を作ることができました! この勢いのまま、二学期に入って、諸先輩方とも多くの思い出を作りたいと考えています!」


 堂々とした、良いスピーチである。

 毬萌のように場の空気を一気にかっさらうようなテクニックはなくとも、正統派で地に足のついた花梨の論調は安定感がある。

 聞いているうちに、どこか安心感を覚える。


 あと、くそ暑い。


「せんぱーい! あたし、ちゃんと出来てますかー?」

「おう。バッチリだ。完璧。素晴らしい。最高」

「えへへ。先輩が付いていてくれているおかげですよー」

 そうとも、俺は彼女の一番近くでその一挙手一投足を見守っている。

 どこにいるかって?



 講壇の中だよ!!



 今日は毬萌がスピーチしないからと思って、何の準備もしてなかったから、既に全身が痛いよ!

 水分もろくに取っていなかったから、油断すると意識が遠のきそうだよ!!


 そもそも、俺が講壇に隠れているのは、毬萌がアホの子を晒さないためであり、ならば今、俺はなにゆえ講壇に潜んでいるのか。

 眼前には花梨の太もも。

 相手が毬萌だったら、失言する前にペシンとやるのだが、花梨は失言しないので、ただひたすら太ももを眺めているだけである。



 変態か。



 「こちらスネーク。これより太ももを監視する」ってね。

 バカ野郎、スネークだってこんなミッション断るわ。

 最悪撃たれるぞ。


「それでは、学園長のお話です! 学園長、日焼けをしておられて、とってもダンディですね! でも、お話の方は日に焼けないくらいの短さでお願いします!」

 花梨のウィットに富んだジョークで会場からは笑いがこぼれる。


「いやはや、これは参ったな。こんなに可愛らしい書記さんに言われてしまっては仕方がない。今日のところは僕が控えるとしよう」

 学園長もノリノリで波に乗り、会場が沸く。


「じゃあ、先輩! あたし行きますねー! ありがとうございます! やっぱり、好きな人に見てもらえると、勇気が湧いてきますね! えへへ」

「おう。うん」

 可愛い後輩から、この上ないセリフをたまわっても、俺の心は浮かばない。


「やあ。君も苦労が絶えんね、桐島くん」

 四月の頃は俺の姿に気付く旅に戦慄していた学園長も、俺の存在にすっかり慣れてしまったようであり、これは喜ぶべきなのか。

 ……絶対に喜ぶべきじゃないと思うんだ、俺ぁ。



 そして始業式の全工程が終了し、生徒会と風紀委員で会場の撤収作業。

 俺はどうなったかって?



「き、桐島せんばぁぁぁい!! ゔぁあぁぁっ! しっかりじでぐだざい!!」

 鬼瓦くんの頼もしい胸板に抱かれて、ポカリスエット飲んでるけど。



 いつの間にか、いつの頃からか、俺の前でスキだらけになる女子が増えている。

 まあ、俺の身一つで話が片付くなら、それはそれで良いのだが。


 あ、ポカリスエットのおかわり貰える?

 あと、そこのエアサロンパス取ってくれるかな。

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