第四部

第207話 天才とアホの子は職人の作った薄い和紙一重

 長いようで短い、それでいてやっぱり割と長かった夏休み。

 しかし振り返ってみると今度はあっと言う間に感じる夏休み。

 いい加減どっちなのかハッキリして欲しいが、一つ確実な事がある。



 今日で夏休みが終わる!



 学生にとって、こんなに悲しい日はない。

 社会人になってからの夏休みは、学生時代のものとはまるで意味が違うと聞き及ぶ。

 来年だって夏休みはある?

 確かにそうだ。

 しかし、来年の俺は受験生。

 未だ志望校すら決めていないので実感はないが、今年のように遊び散らかして過ごすと、人生単位で大きな過ちを犯しかねない。


 ああ、俺の大事な夏休み。

 果たしてちゃんと有意義に過ごせたのだろうか。

 思い返せば、楽しい思い出があちらこちらに広がっていく。

 しかし、何事も完璧と言うゴールはない。

 突き詰めていけば、完璧への道は無限に伸びていく。

 だが、夏休み最終日の今日。

 今日をいかに過ごすかによって、一度きりの高二の夏の評価が変わりやしませんか。


 よし、写経でもするか。

 そんな高尚な精神に到達した俺のスマホが震えた。

 もう、さすがに見飽きたシチュエーションである。

 絶対に近い確信を持って、大した用事じゃないだろう。

 ならば、電話を無視するのか。


 愚問であった。



「コウちゃーん! 助けてぇえぇぇぇっ!!」


 もはや、うんざりを通り越してどこかホッとする毬萌の叫び。

 何故か顔もニヤついてしまう。

 理由は分からない。多分、分からなくても構わないものと思われた。


「なんだ、どうした。ハンターハンターが連載再開されたか?」

「聞いてよぉー! コウちゃーん!!」

「せっかくコウちゃんのために料理してたらさっ!」

「天ぷら油が飛び散ってさっ!」

「足が燃えちゃったよぉー!」


「助けてぇー、コウちゃーん!!」



 おい、今回はマジで大変じゃねぇか。



「す、すぐ行く!!」

 俺はジャージを脱ぎ捨て、ジーパンを履きながら玄関を飛び出す。

 愛車に跨り全力でブースト。

 今回ばかりは暑いとか辛いとか言ってられない。

 風と一緒に俺は毬萌の家までワープした。



 毬萌の家の玄関を乱暴に開ける。

 呼び鈴なんぞ押していられるか。

 足が燃えてんだぞ! 一秒の遅れが命取りになる!!


「おい、毬萌! 毬萌!! 無事か!? あ、足、足のどこが燃えたんだ!?」

「みゃーっ! コウちゃーん!」

 俺は短パンの毬萌の足に食いつく。

 乙女の生足!? そんな場合じゃねぇだろう!

 むしろ、乙女の生足だからこそだよ!

 一生ものの傷でも残ったらどうする!?


「こ、コウちゃん……。ちょっと、困るよぉー。まだお昼だよぉ?」


 なーにを言っとるんだ、このアホの子は。


「どこが燃えたんだ!? こっちか? いや、こっちか!?」

 見たところ、健康的な太ももである。

 ならば、もっと足の先の方か。


「くすん。燃えちゃったの。リベラくんの足」

「はあ!? リベラ!? 誰だ、それ!?」

「この子だよぉー! わたしが作った鍋掴みくん!!」

 俺は、静かに毬萌の足から手を放す。

 そして、上がり切った血圧と脈拍を正常化させるために、数分の時間と、一杯の冷たい麦茶を要した。



「要するに、アレか? お前の手作り鍋掴みのリベラくんの足が燃えたと。毬萌の足はまったく何の問題もないと。そういうことか?」

「そうだよぉーっ! せっかく可愛く作ったのにぃー。みゃあっ!?」

 俺の手刀が毬萌の脳天を襲う。

 女子に手をあげるな?

 なるほど、立派な考えである。俺も同感。

 だけどね、今日は別。もう二発くらいチョップしちゃう。



「まぎらわしい事を言うんじゃねぇ!!」



「うぇぇーっ! コウちゃんが怒ったぁーっ!」

「怒るわい! お前、俺がどんだけ心配して駆けつけたと思ってんだ!?」

「だってぇー」

「お前の身に何かあった日にゃ、俺ぁショックで死ぬかもしれんのだぞ!!」

 そこでようやく、感情的になって色々と恥ずかしい事を宣っている自分に気付き、俺のトーンはがっつりダウン。

 よもや毬萌に悟られていまいなと心配しつつ、事情聴取をする。



「つまり、俺にアイスの天ぷら食わせようと思って、アイス油にぶち込んだところ、盛大にバチバチなって、毬萌の代わりに鍋掴みが犠牲になったと」

「……ごめんなさぁい」

 柴犬が目に見えてしょんぼりしている。

 ダメだ。これ以上叱れない。


「気持ちはすげぇ嬉しいが、いきなりそんな高度な技術に挑戦すんな」

「だってさっ! テレビでやってて、美味しそうだったんだもん……」

「……ったく。まだアイス、あるか? あと、卵と牛乳も」

 俺と言う男もつくづく甘い。

 アイスといい勝負である。



「あーむっ! んんーっ! おいしーっ! コウちゃん、すごいっ!」

 アイスの天ぷらの作り方は知らんが、即席で作ったクレープ生地にアイスを包んで揚げてみたところ、思いのほか上手くいった。

 これぞ日頃から飯を作り慣れている経験から導き出される答え。


「やれやれ。良いか? 今度から、何か作りたけりゃ、俺を呼べ」

「でもさっ! コウちゃん、ビックリさせたいじゃん!」

「俺ぁお前と一緒に料理できる方が何倍も嬉しいわ」

 この辺りで、毬萌のヤツがにんまり笑顔になっている事に気付く。


「コウちゃん、そう言えば、わたしのために血相変えて来てくれたねっ!」

「ゔぁあぁっ」

「それに、すっごく心配してくれたし!」

「ゔぇあぁっ」

「怒られたけど、アイスの天ぷらも作ってくれたーっ!」

「ゔぉおぅっ」



「コウちゃん、わたしのこと、大好きなんだねっ!」



 敢えて否定をしないのは、反論すると天才の毬萌に言いくるめられるからであって、別に無言の肯定をしている訳ではない。

 ヤメろ、こっち見んな、ヘイ、ゴッド!!



 これは、アホの子が今日も元気に可愛いという名の、イントロダクション。

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