第205話 打ち上げ花火とキス

「……はあ、はあ、俺ぁ悪いがここで座るぞ。立ってられねぇ」

 花火を眺める立地としては、よろしくない。

 灯台の影が視界の端にせり出しているし、打ち上げ場所が近すぎるため、角度的にももっと美しく花火を堪能できる場所は山ほどあるかと思われた。



「にははーっ。ごめんね、コウちゃんっ」

「はあ、へえ、ああ? なに謝ってんだよ?」

「だって、コウちゃん、わたしを必死で探してくれたんでしょーっ?」

「……別に。必死になんてなってねぇし」

「にひひっ、探してくれてたのは否定しないんだねーっ!」

「今のは誘導尋問だ。人が疲れ切ってるってのに、この天才が」

 前述のとおり、ここは花火の打ち上げ場所にほど近い。

 つまり、会話をするのにも一苦労。

 ちくしょう、なんてこった。

 ドンッ、バンッと、轟音残して、青やら緑やらの光が上空で飛び散る。


「わたしも座っちゃおーっ! あ、そだ、コウちゃん、座っていーい?」

「なんで俺に許可求めんだよ?」

「だって、コウちゃんの買ってくれた浴衣が汚れちゃうかもだもんっ!」

 ああ、なるほど。

 まったく、普段は好き放題振舞っているって言うのに、こういう時だけ相手をしっかりおもんばかりやがる。


「好きにしろよ。ただし、座り方にゃ注意しろよ」

「えーっ? こんなに暗いから平気だよぉー」

「ダメだ。どこで誰が見てるか分からん。お前、普段からスカートなのに危なっかしいんだよ。今日は浴衣だぞ。着崩れたらパンチラどころじゃ済まん」

「コウちゃんのエッチー! いやらしいこと想像してるーっ!!」

「言ってろ。おっ、今の花火、デカかったなぁ」

「うんっ。ばぁーんってなって、奇麗だねぇーっ!」


 再三言うが、ここは角度が悪いため、人もまばらである。

 だが、首に無理させればこうして花火を堪能できる。

 むしろ、人気のないぶん居心地は悪くなく、意外と隠れスポットを見つけてしまったのかもしれない。


「お前なぁ、人助けも良いけど、一言俺に伝えてからにしろよ」

 散々走り回ったのだから、このくらいの文句は言う権利があると愚考する。

「だってぇ、目の前で小っちゃい子が泣いてたんだもんっ!」

「そのあともだよ。じいさん拾って、外国人捕まえて。俺がどんだけ探したと」

 俺のありがたいお小言を遮って、毬萌が言う。



「コウちゃんなら絶対に助けるだろうなって思ったのっ!」



 何と言う良い笑顔だろうか。

 とは言え、反論する余地はある。


「なにも、俺ならどうするとか考えなくても良いだろうよ」

「考えるよーっ! だって、好きな人だもんっ!」

「……おう」

「好きな人と同じ目線で世界を見たいって思うのは、ふつーの事だよっ!!」

「……そうかよ」


 俺が言葉少ななのは、毬萌の天才的な返しに舌を巻いたからである。

 決して、花火に照らされる毬萌の横顔に見とれていた訳ではない。

 そこのところ、勘違いしないでもらいたい。

 やけに静かなお前に言っている。ヘイ、ゴッド。


「ねーねー、コウちゃん、コウちゃんっ!」

「なんだよ。おー。連発だ。あれ、火ぃつける時、熱くねぇのかね」

「ちょっとぉー! ちゃんと聞いてよーっ!!」

「おう。聞いてるよ。なんだよ、どうせつまんねぇこと言うんだろ」



「えっとね、こういう時さっ! こ、恋人だったら、何、するのかなっ!?」



 こいつ、本当につまんねぇ事言いやがって。

 返事に困る発言するんじゃないよ。

 ついでに、自分で言って自分で照れて、挙句の果てに黙るのもヤメろよ。

 お前、それよくやるけど、やられた方は堪ったもんじゃねぇからな。



「……おい、毬萌。ちょっと、こっち向いてみ」

「えーっ? なぁーに?」

「もうちょい、こっち。デコになんか付いてるから、取ってやるよ」

「ホント!? みゃーっ、これはわたしとしたことが!」



 俺と毬萌の顔が近づいた瞬間、唇が、そっと触れた。



「みゃっ!? あ、あれ!? こ、コウちゃん、今、今のって!?」

 先に断っておくが、いきなり女子の唇を奪うような不埒ふらちやからと一緒にするな。

 俺は、常識と良識と、ついでにマナーも弁えた賢人である。


 ただし、女子のおでこくらいならば、いきなり奪うのもやぶさかではない。

 そんな気分の時だってあるのだ。

 一時の気の迷いと考えてもらって結構。

 正気でこんな事ができるか。



「……なんつーか。アレだ。お前、いつだったか言ってたろ?」

「へぁっ!? な、なにを!?」

「キスする時、効率の良い高さが何とか。それを思い出したからよ」

「う、うん」

「新しく、問題提起してやろうと思ってな。座った状態でデコに唇が触れる場合の、最適な角度を計算してみろって言う、俺の高度な挑戦だよ」


 こいつは何言ってんだって?

 奇遇だな、俺も同じこと思ってた。

 そりゃあもう、照れ隠しに決まってんだろ。

 言わせてくれるなよ、ヘイ、ゴッド。


「み、みゃーっ!!」

「おわっ!? おっま、ヤメろよ、痛ぇじゃねぇか」

 毬萌のヤツが、あぐらをかいていた俺の上に座って来やがった。

 いきなりだったものだから、俺は腰を痛めた。

 てめぇの重さを考えろ。あと俺の貧弱さも忘れるな。


「え、えっとね、コウちゃん。さっきの問題はまだ考え中だけどさっ! 一個だけ分かったことがあるのっ!」

 俺の体をすっかりリラックスチェア扱いしている毬萌が、こちらを見上げる。

「なんだよ?」

「んっとね、この場所で、花火を一番楽しめる姿勢と条件について!」


 それはまた、随分と難しくてニッチな研究結果を出してきたものである。


「……言ってみろよ」



「にひひっ! 大好きなコウちゃんと、くっついてお空を見上げること、だよっ!!」



 俺は何も答えない。

 毬萌も答え合わせを催促しない。

 花火の打ちあがる音だけが、俺たちを無視して遠慮なしに響き渡る。



 ああ、でも、気にしないでくれ。

 俺たちも、途中から花火に集中していなかったから。

 上空に打ちあがる花火の音を上の空で聞く。

 なかなかとんちが利いていて、これはこれで乙なものである。



 随分とやかましく、俺たちの夏は終わりを迎えた。

 多くの思い出と、少しばかりの前進をたずさえて、晩夏の花火は夜空で弾けて消えるのだった。




 ——第三部、完。

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