第204話 迷子と毬萌
「鬼瓦くん! もし毬萌が入れ違いで帰ってきたら、連絡頼めるか!?」
「ええ。もちろんです。お任せください」
「すまんな、そっちも忙しいのに!」
「いえ、お気になさらず! 桐島先輩、行って下さい!」
「恩に着る!」
俺は迷子センターへの道を駆けだした。
足元は履きなれない雪駄で、身に纏うのも着慣れない浴衣。
ただでさえ運動能力に難がある俺なのに、今日は
それでも俺は走らなければならない。
毬萌と一緒に花火を見ようって誘ったのは、俺だから。
この場において、これ以上の走る理由が存在するだろうか。
ゴッドに聞くまでもない愚問であった。
迷子センターは、花火大会会場において、出店のあるゾーンと対角線上にある。
どうして出店のエリアとくっ付いていないのだ。
迷子なんて、大概店を見て回っている時に発生する事案だろうに。
まあ実際のところ、立地的な条件や、放送設備などの関係があるのだろうけども、あいにくとそんなところにまで気を遣う余裕が俺にはない。
「す、すみませ、すみません!」
迷子センターのテントへ顔を出した俺は、死にそうな顔で死にかけたカエルみたいな声を出して、係の人に声をかけた。
「はーい。どうされましたか?」
俺の必死の形相を見て、係の人は「誰ぞ迷子を捜しに来たな」と思った様子。
確かに今、俺は大事な迷子を捜索中であるが、その迷子は迷子を連れてここに来たはずなのだ。
ああ、なんとややっこしい。
俺は、焦燥感を抑えて、とにかく冷静に、事の次第を係の人に伝えた。
「このくらいの背で、ひまわりの浴衣を着た娘が、迷子を連れて来やしなかったでしょうか?」
テントの中には活きの良い迷子がわんさかいた。
これだけの量の迷子がいると言う事は、それだけの量の迷子を保護した人間が存在するという事である。
ならば、その一人に過ぎない毬萌のことなど、この人は覚えていないかもしれん。
だが、そこはさすが毬萌。
うちの大事な幼馴染。オマケに天才。事情が違った。
「ああ、先ほどの! いらっしゃいましたよ! 的確に保護した子の状況と、お名前を聞き出されていたので、印象に残っています」
「あ、ああ、良かった! それで、そいつどこにいますか?」
きっと、寂しい思いをさせないように、迷子に付き添っているだろう。
うちの毬萌は優しい子だから。
「それがですね、ちょうど転んで膝を擦りむいたおじいさんがいまして。その方を、救護センターへ連れて行くと言って行かれました」
「マジか! あんにゃろう、次から次へと……」
「もしかして、恋人ですか? とても良い彼女さんですね!」
否定すべき内容と、肯定すべき内容を混ぜないで頂きたい。
しかし、答える回数が一度だけなら、誤解があろうと選ぶ返事は決まっている。
「ええ! ホントに、最高のヤツですよ、あいつぁ!!」
俺は迷子センターにお辞儀をして、救護センターへ走る。
非常に腹立たしい事に、救護センターは迷子センターの対角線上にある。
花火大会の運営、頭おかしいんじゃないの?
どうして重要な拠点を一か所に集中させないのか。
おかげで、サマルトリアのバカ王子を探し回るローレシアの王子が如き所業を強いられている。
「す、すみ、すみませ、ん……」
「はいはい。急病ですね?」
誰が病人じゃい!
と、抗議したいところではあるが、呼吸脈拍ともに乱れ切った俺の姿は、まさに具合の悪くなった人そのもの。
むしろ、正しい見立てであると賞賛すべき。
俺は、息も絶え絶え、毬萌の特徴を伝えた。
「小柄で、ひまわりの浴衣の、じいさん連れた女子高生、知りませんか?」
これだけ特殊な条件が揃っていれば、普通に記憶に残るものであり、救護センターのテントの中では「ああ、さっきの子ね!」とすぐに声が上がった。
「そ、それで、どこ、います? もう時間が……」
すると係の人が申し訳なさそうに頭をかく。
おいおい、嘘だろう?
「あの子なら、扱いに困っていた外国人の観光客の案内を買って出てねぇ」
「冗談きついぞ……」
「いやぁ、困っている人を見つけたら、笑顔で対応してくれて、助かったのよ」
「……そうですか」
「その子が言うんですよ。わたしの好きな人だったら、絶対に放っておかないと思うのでってね。あら、まあ、あなたの事かしら?」
俺は丁寧に挨拶をして、救護センターを飛び出した。
「俺ぁそんな聖人君子じゃありませんよ」と断りを告げるのを忘れずに。
さて、困った。
ここに来て、ノーヒントである。
一体どこに向かえばいいのか。
そこで俺は毬萌の事を考えた。
いつも一緒にいるのである。
思考のトレースくらいできないでどうする。
「こうなりゃ、賭けだな」
この海浜公園には、花火見物のために一般開放されている、灯台がある。
高いところから見る花火は、なるほど大層美しいだろう。
外国から花火を見に来たのならば、少しでも良いものをプレゼンしたい。
……うむ。毬萌の考えそうなことだ。
そして、最後の力を振り絞って走り出した俺。
灯台は、海浜公園の端っこにある。
どこもかしこも、とっ散らかった配置をしやがって。
将来俺が万が一金持ちになったら、融資して花火大会の運営権を買い取ろう。
探し人に優しい花火大会。
なんとステキな響きだろう。
そうして、俺は短い時間の全力疾走をやり遂げた。
ちょうど、ヒュルルルと最初の花火が打ちあがった瞬間であった。
「……探したぞ、毬萌」
目の前には、俺と同じように慌てた様子の幼馴染。
どうやら、一緒になって会場をあっちこっち走り回っていたらしい。
まったく、アホか。
「良かったぁーっ! コウちゃんに会えないかもって、焦ったよぉー!」
安心したように微笑む毬萌の横顔を、花火の光が照らす。
俺は、その破裂音に被さるように注意して、言った。
「……お前を見つけられねぇワケがねぇだろう」
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