第203話 毬萌と屋台スイーツ

「毬萌ちゃあん、こいつをお食べよぉう! サービスだぁよぅ!」

「うおっ! すげぇ! これ、鬼瓦さんが作ったんですか!?」

 それは飴細工であった。

 カモメだろうか。躍動感溢れるフォルムは、今にも飛び立ちそうである。


「うふふ、桐島くん、ステキな反応をありがとう。洋菓子屋だって、飴細工の一つくらい作れますとも。ほら、武三、桐島くんにお出しして」

「ゔぁい! 先輩、お目汚しですが、こちらを」

「……おいおいおい! もしかして、これ、不死鳥か!?」

 それは火の鳥!

 知る人ぞ知る、俺の代名詞ではないか!!


「あ、あの、わた、私も、一応、作りまし、たので!」

「……Oh」

 勅使河原さんが渡してくれた飴細工は、精巧な彼岸花である。

 下手をすると、三人の中で最もハイクオリティ。

 もちろん、製作時間に違いはあるだろうが、これもう実質嫁いでるよね?


「おい! すげぇなぁ、まり」

「あむっ! ふぇ? どうひたの、コウひゃん?」

 お前、この美しいものをよくもまあ躊躇ちゅうちょなく口に入れられるな。

 まずは目で楽しめよ!


「まあまあ、桐島先輩もどうぞ、お召し上がりを。味にもこだわっております」

「お、おう。まあ、鬼瓦くんが言うなら。……うまっ!」

 なめらかな飴の舌触りと、コリコリとした食感の融合!

 この感じ、覚えがあるぞ!


「ははあ、さては鬼瓦くん、得意の砕いたアーモンドが入ってんな!?」

「んまぁぁぁべらぁぁす!! 桐島くぅん、君も将来うちで働くかぁい?」

 パパ瓦さんのファンファーレで飴が喉に詰まりそうになったのは内緒。


「いやぁ、マジで美味かったです。さて、毬萌、何が食いたい?」

「むーっ。迷っちゃうよねぇー。とりあえず、わたがしとこのお煎餅クレープって言うの下さいっ!!」

「お前、迷うって割には即断したな。さてはもう目を付けてやがったか」

「にひひっ、バレちゃったかーっ! えーと、お財布はー」

「あー。いいよ。俺が出す」

「ええーっ? 浴衣も買ってもらったのに、悪いよぉーっ!」

 毬萌が巾着袋をごそごそやっている隙に、俺はお会計を済ませる。

 ふっ。スキだらけなんだよ、幼馴染よ。


「こういう場では、男に気持ちよく奢らせてくれるのもいい女の条件だぜ?」

「そうなのーっ? ……分かった! じゃあ、奢られてあげるのだっ!」

「さすがです、先輩方。このやり取り、僕らもマネしないとね、真奈さん」

「え、あ、あぅぅ。……先輩、わたがし、どうぞ、です!」

 鬼瓦くんの女殺し。略して鬼殺し。鬼神必殺。


「じゃあ、コウちゃん、半分ずつ食べよーっ!」

「おう。そうすっか。……うっま! なにこの濃厚な味!?」

 そりゃ鬼瓦家の商品だから、ただの砂糖の塊が出てくるとは思っていないが。

 よく見ればこのわたがし、ふんわりイエロー。

 孫悟空の乗る筋斗雲のようである。


「桐島くぅぅん、どうだぁい? 今度の隠し味は、難しいだろぉう?」

「いやー。降参っす。なんでこんな濃厚な味になってるんですか?」

「あ、あの、このわたがしは、固めた、カスタードクリームから、作っている、ので! 洋風のお味、が、楽しめるように、なって、おります!」

「ほへぇー。すごい発想だなぁ」

 すると、三人の鬼が同時に頷く。


「これ、発案者は真奈さんなんですよ! すごいですよね!!」

「本当だぁよぅ! これで僕ぁ、いつ隠居しても大丈夫だぁねぇい!」

「ええ、真奈さんは素晴らしい子ね! お赤飯食べましょう!!」

 洋菓子界の鬼神三人にべた褒めの勅使河原さん。

 そうか、君はついに企画立案までこなすようになってしまったか。

 鬼瓦くんと仲良くなりたいって生徒会室に来たのは遠い昔の事のようだね。


「こっちのクレープもおいしーっ! パリパリだよーっ!」

「そちらは、クレープ生地の代わりに、極薄で焼いた煎餅を器に使ってみました。中には各種クリームとイチゴにバナナ。いかがですか?」

「おう! 美味い! 煎餅の塩気が絶妙で、こりゃあ止まらねぇよ!」

 さっきから料理漫画の審査員みたいなリアクションを取ってばかりいたものだから、気付けば周囲に結構な見物客の輪ができていた。


「ねえ、お兄さん。そのわたがし、そんなに美味しいんですか?」

「ウチはクレープが気になるんやけど!」

 ここは俺も鬼瓦家の売り上げに微力ながら貢献する所存。


「むっちゃくちゃ美味いっすよ! この屋台、有名な洋菓子屋さんが今日だけの限定で出店してまして! つまり、今しか食べられない魅惑のスイーツっす!」

 「美味い」「期間限定」「洋菓子屋の出店」とキーワードが並び立って、花火が始まるまでの時間を持て余している見物客の胃袋を掴んだ。


「こっちにもわたがし下さい!」

「私は二つ!」

「クレープ、二つお願いします!」

 火のついた主に女性客の熱量は、なかなかに燃え盛り、怒涛の如し。


「くぅぅー、こいつは嬉しい援護射撃だぁねぇい! 桐島くぅん、君ぃ、うちで広報の仕事をやってみたりしないかぁい? いつでも歓迎だぁよぅ!」

「父さん、先輩の勧誘は後にして下さい! 忙しくなってきました!」

「おお、さすがに俺らは邪魔だな。そろそろ行くとするか」


 反射するべき返事がない。


 振り返ると、そこには毬萌の姿もなかった。

 出張リトルラビットに押し寄せる人混みに飲まれたか!?

 そう思い、辺りを見渡すも、毬萌の姿は見つからず。


 よく探せ?

 バカ言うな、毬萌だぞ? 千人の行列の中でだって見つけられるわい。

 相手を見てものを言えよ、ヘイ、ゴッド。


 ならばどこ行った?

 キョロキョロする俺に、勅使河原さんが教えてくれる。


「あ、あの、毬萌先輩、さっき、泣いてる子を連れて、あっちに、行かれるのを、見まし、たよ!」

「マジか。そうか、俺が宣伝してる時とタイミングが被ったか」

 俺は勅使河原さんにお礼を言って、少し待つことにする。

 迷子センターに行ったなら、そのうち帰ってくるだろう。



 しかし毬萌は帰ってこなかった。

 電話をしようにも、あいつのスマホは故障中。

 花火が上がるまで、あと5分。



 やれやれ。本当に世話の焼ける幼馴染である。

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