第201話 はぐれ心菜ちゃん救出ミッション

 花火が始まるまで、まだ一時間半もある。

 少々家を早く出過ぎたかしらと思っていたところ、「そんなことはなかった!」と確信のできる出逢いが発生。

 まずは神と鬼と死神と仏と、その他諸々に感謝して、俺は手を挙げた。


「おーい! 心菜ちゃん! 俺だー!!」

「ふえ? あっ、ホントだーっ! 心菜ちゃーんっ!!」


 未だに口の中はクソ甘いが、それよりも甘い、砂糖菓子のような天使がご降臨あそばされるとあっては、いつまでも甘い甘い言ってられない。



「はわわー! 公平兄さまー! 毬萌姉さまー!!」

 トテトテと駆けてくる、心菜ちゃん。

 しかも、浴衣バージョン!

 こんがり焼けた小麦色の肌と、白い浴衣のコントラスト!

 これは大変良いものですよ!


「……コウちゃん? さっき、言ったよねっ? この辺の女子の中で、わたしが一番可愛いって? ……ねっ?」

「おう! 言った、言った! 心菜ちゃん! 浴衣可愛い! 金魚さんかー! いや、マジで浴衣可愛い! この世で一番可愛い! もう、ホント、ゆあぁぁああふあぁぁ」


 尻に激痛が走った。

 見ると、毬萌の指が、俺の尻をつねっていた。


「お前ぇ……。何すんだよ……。ちょっと涙出ちまったじゃねぇか」

「ふーんっ! 知らないもんっ! コウちゃんの浮気者ーっ!!」

「浮気っておい……。俺の本命は、毬萌だけだぜ? ああっいたたたたた!!」

「いくらわたしだって、そんな見え透いたお世辞じゃ喜ばないもんっ!」

「じゃあなんで嬉しそうなんだよ!? ちょ、マジで笑顔で尻つねるのヤメて!!」


「公平兄さまと毬萌姉さま! こんばんは、なのです!」

 うん。可愛い。

「おう、こんばんは。心菜ちゃん、お姉さんと来たのかな?」

 そうだったら面倒くさいなぁ。

 絶対毬萌と一緒に来てる事について説教されたあと、俺が失言して尻蹴られるじゃん。

 だいたいそのパターンじゃん。

 鈍い俺だって、さすがに王道的な展開くらいは覚えるよ。


「はわわー。実は、心菜困っているのです」

「うん。財布に七千円しかないけど、これで足りるかな?」

「どうしてコウちゃんは全財産をいきなり出してるのっ!?」

「やっぱり足りねぇか! よっし、いっちょATMまで行ってくる!!」

「むーっ! 落ち着きがないよ、コウちゃんっ! ちょっと座って!!」

「お、おう。ああ、心菜ちゃんも座ると良いよ。ほい、ハンカチ敷いて」


 当然、毬萌の尻の下にもハンカチ。

 何枚持ってきてんのかって? バカだなぁ、ヘイ、ゴッド。

 尻に敷く用と、スペア。そしてスペアがなくなった時のスペアだよ。

 慎重勇者を見て、俺も学んだのだ。

 今度円盤貸してあげるから、ゴッドも見なよ。


「兄さまと姉さまの事、なんて言うか、心菜知ってるです!」

「おう?」

「かかあ天下って言うのです! 社会の先生が言ってたのです!」

「や、やだなぁー、心菜ちゃんっ! わたしたち、まだ夫婦じゃないのにぃー! えっと、一万円で足りるかなっ?」

「お前もやっぱり有り金出してんじゃん! しかも俺より持ってる!!」

「みゃっ!? こ、これはわたしとしたことが! にははーっ」

 いいや、今のは本能による動きだ。


「心菜、お友達と来たのですー。でも、はぐれてしまったのです」

「ええーっ!? 大変だぁ! すぐに連絡してみないとだよっ!」

「はわわ、心菜、スマホを家に置いてきてしまったのです……」

「そうだったんだぁー。うん、でも任せて、わたしのスマホ貸したげるっ!」

 巾着袋をごそごそやる毬萌を俺は制止する。

 大事な確認が済んでいないからだ。


「心菜ちゃん、まさかとは思うけど、そのお友達、野郎じゃいたっい」

「コウちゃん、デリカシーなさすぎっ!」

「お、おう。毬萌も立派になったな。今のどつき、氷野さんかと思ったぜ」

 脇腹が痛い。


「あれ? あ、あれれっ? コウちゃん、スマホが動かないーっ!!」

 毬萌から職務放棄のスマホを受け取る。

 本当だ。どのボタンを押しても反応しない。

 そこで俺は、すぐに原因へとたどり着く。


「お前、さっき巾着で散々俺のことボコったもんだから。あの衝撃で、さては壊れたんじゃねぇのか?」

「みゃあっ!? そ、そんなぁー」

「まあ落ち込むな。帰ったら見てやるから」

「ホント!? コウちゃんは頼りになるねぇー!」

 良く回る手のひらだよ。


「心菜ちゃん、スマホは家の人が分かる所に置いてある?」

「テーブルに置いて来たですー!」

「おっし。そんなら、氷野さんに電話して、と」

 コール音の数が分からなくなるくらい待つと、繋がった。


「なによ、あんた、こんな時間に」

「ああ、氷野さん。えっとな、テーブルの上に心菜ちゃんのスマホがあると思うんだけどね、その中から、ああ、心菜ちゃん、お友達の名前は?」

「美空ちゃんですー」

「ほい、了解。美空ちゃんって子の番号を俺のスマホに送ってくれる?」



「あんた。心菜と一緒ね? しかも、友達の連絡先!? こ、この、鬼畜!!」

 想像力が豊かなのも考え物だと思う。



 その後、事情を話したのち、心菜ちゃんと電話を替わり、その旨が真実だとお墨付きを頂いた上で、要求は受諾された。

 そして送られてきた番号に、俺のスマホから電話。

 知らない番号だからどうかなと思ったが、さすが心菜ちゃんの友達だけあって、心が清らかであった。


 すんなり繋がったので、再び心菜ちゃんにスマホを手渡す。

「はわー。ごめんなさいなのです。うん、うん、分かったですー!」

 短い通話が終わる。

「お友達、何だって?」

「時計の下で待っててくれるみたいなのです!」

「そうか、じゃあ、気を付けて行くんだよ?」


「はいですー! 兄さま、ありがとうございました、なのです!」

 うん。可愛い。控えめに言って天使。


「てっきり心菜ちゃんたちと一緒に花火見るのかと思ったよー?」

「バカだなぁ。今日は毬萌と花火見に来たんだろ?」

「あうぅ。コウちゃんがなんだか今日は優しくて、調子狂っちゃうよぉー」



 そしていつの間にか、再び握られている手と手。

 まあ、はぐれる心配もなく、これはこれで良いか。

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