第200話 毬萌とおしるこ

「見てーっ! コウちゃんっ! 浴衣の人だらけーっ!!」

「おう。そうだな」

「にへへーっ! やっぱり花火と言えば浴衣だよねーっ!」

「とりあえず、目に付く女の人の中では、毬萌が一番可愛いぞ」

「みゃっ!?」

「おうっ!?」



 俺の腹に鋭いタックルを決める毬萌。

 なにゆえ。



「……コウちゃん、なんでいきなりそーゆうこと言うのっ!?」

 俺の腹にしがみついたまま、毬萌が抗議の声を上げる。

「いや、俺ぁさっきの反省を踏まえてだな。とりあえず、毬萌と周りの女子を比較してみたところ、まあうちの子が一番だなと思った次第で。いて、いててっ」

 毬萌さん、何故か俺の胸をポカポカ殴る。

 しかも、結構強めで殴るものだから、俺は呼吸がままならない。

 このままでは心室細動を起こして、最悪息絶えるだろう。


 俺は、渾身の力で毬萌の両肩を掴み、引きはがす。

「お前が一番可愛いって言ってんのに、何が不服なんだ?」

 ぼふっと言う音とともに、柴犬の顔が朱に染まる。


「コウちゃんは空気が読めなさ過ぎだよぉ! ホントに、まったくっ! こっちの気も知らないでさっ! 改めて考えてみると、すっごく厄介な人だよぉ!!」

 浴衣を褒めていないと怒られたので、先んじて褒めてみたらやっぱり怒られる。

 なんだこの上級者問題は。

 調子に乗ってもじぴったんの上級ステージ選んだら手も足も出なかった時のあの感覚が俺を襲う。


「むむーっ。こんな気持ち、前なら平気だったのにさっ!」

 あ、これは答えが分かるぞと、名誉挽回に燃える俺。

「おう! 俺の事を好きって気付く前と後の話な! 痛い! ちょ、まっ、痛い!!」

「なんでそーゆう事を言うのかなっ!? コウちゃん、バカなんじゃないのっ!!」

「いや、よく分からんがすまんかった! だから、巾着きんちゃくで殴るのヤメて!!」

 その中、スマホ入ってるだろ!?

 めちゃくちゃ痛いんだけど!?


 そのあと、ひとしきりしばかれた俺である。



「こ、コウちゃん……。わたし、の、喉乾いたかもだよぉー」

「お、おう。奇遇だな。俺も、カラッカラで今にも倒れそう」

 やっとこさ意思疎通に成功した俺と毬萌は自動販売機の列に並ぶ。

 と言うか、自動販売機に行列ができるってどういうことだよ。

 花火大会ってそんなに人を惹きつけるものなの?


 なに? 来たことないのかって?

 小学生の頃、親連中と来て以来だから、実質初参戦だけど?

 飲み物の用意くらい常識? それ、もっと早く言ってよ、ヘイ、ゴッド。


「みゃっ……」

 やっと順番が来たと思ったら、毬萌の尻尾がしょんぼりする画が見えた。

「おーおー。こりゃ、見事に売り切れてんなぁ」

 自動販売機に残っていたのは、コーヒーとお茶。

 あとはホットのおしること、コーンポタージュのみ。


「どうする? 俺ぁ緑茶買うけど」

 毬萌は知っての通り、緑茶の系統があまり好きではない。

 そして分かりそうなことでもあるが、一応付言しておくと、コーヒーなんて飲めるはずもない。

 毬萌しょんぼり。


「あぅぅ……。てぇいっ!!」

「えっ!? お前、おしるこ飲むの!? このくそ暑い中で!?」

「い、良いのーっ! だって、お茶よりは美味しいもんっ! ほら、行こっ!」

 後ろの列に配慮してか、毬萌は俺を引っ張って開いているベンチへ向かう。


「ぷっはー。かぁー、生き返るわ!」

「……熱い」

「やれやれ、茶が残ってて助かったぜ。コーヒーは俺も飲めんからなぁー」

「……あつーい! コウちゃん、暑いし熱いーっ!!」

「おっ。ダブルミーニングかぁ。さすがだなぁ、毬萌」

「ぶーっ!! コウちゃん、イジワルしないでよぉー!!」

 確かに、少しイタズラが過ぎたか。

 でも、おしるこ買ったのは毬萌の判断だからな。


「じゃあ、俺の飲むか? 言っとくけど、濃いヤツだぞ。これしか残ってなかった」

「う、うぅぅっ! やっぱり、甘いのが良いっ! ……けど、熱いぃ」

 散歩に行こうとして玄関出たら雨降ってた時の柴犬かな?


 渋くて冷たいものを取るか。

 甘くて熱いものを取るか。

 天才によるアホな葛藤かっとうは数分ののち、ようやく決着がつく。


「コウちゃんのお茶、飲むーっ!! おしるこはコウちゃん飲んでっ!!」

「はあ!? なんで俺まで罰ゲームに巻き込まれるんだ!?」

「だって、間接キスになるじゃん……」

「ん? ああ、そうね。それで、飲み物をトレードする理由は?」


「お互いに間接キスしたら、そのエネルギーが反発しあって、ノーカウントになるのーっ!!」



「なにその理屈!? ちょっと意味が分かんねぇ!!」

 誰かー。解説できる人来てー。



 そしていつの間にか奪われる俺のお茶。

 さらに俺の手には、握った覚えのないおしるこの缶が。

 イリュージョンかな?

 あと、あっついなぁ、このおしるこ!

 自販機、温度設定おかしくなってんじゃないの!?


「んむんむっ! ぷはーっ! にははっ、お茶も案外おいしーねっ!」

「おう。そりゃあ良かった」

「……飲んでっ!」

「忘れていなかったか」


「いいから飲んでーっ! じゃないと、キスが成立しちゃうからぁーっ!!」

「えっ、どういう!? ばっ! おま、押し付けんな、おっま! あっつ!!」

 毬萌の腕力に勝てる体が欲しい。

 女子に手籠てごめにされながら、俺は静かに夜空に願った。

 そこに星はなかったので、そういうことなのだろう。

 願いは叶わない。



「あっま! おい、毬萌、ちょっと茶ぁくれよ」

「えっ? もう飲んじゃったよーっ?」

「なんで!? お前、普通少し俺に残すだろ!? つーか、そもそも俺のだろ!!」

「に、にへへー。女子のために体を張るコウちゃん、カッコ良かったよ?」

「全然嬉しくねぇ」

「じゃ、じゃあ、もっかいお茶買いに行こーっ!」

「自販機の前の行列が消えてるな。……つまり、そういうことだ」



「ご、ごめんね? コウちゃん」

「……もう良いよ。過ぎた事だ」



 ああ? 関節キスだぁ?

 そんなもん、どうでもいいよ!

 だってそれ、甘酸っぱいヤツなんでしょ?

 じゃあ俺のは違うね! ただただ甘いもの!

 口の中が砂糖と小豆の大行進だよ!!

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