第198話 毬萌と着付け

 毬萌の家へ向かう俺。

 約束の時間までにはまだ早いが、今日は徒歩ゆえ、時間にゆとりを。

 さすがに浴衣着て自転車漕ぐような無粋なマネはできまいて。

 瞬く間に浴衣がはだけて、誰に向けているのか分からないサービスシーンをお届けすることになってしまう。



 とは言え、暑い。

 お空に向かて「晴れろよゴルァ」と恫喝どうかつしておいた手前、こんな事を言うのは少しばかり申し訳ないが、でも言っちゃう。


 もう少し涼しい気温設定はできなかったのか?


 確かに、俺は気温については言及しなかったが、そこはもう、過ごしやすくていい塩梅に調整してくれるものじゃないのか。

 とにかく暑い。

 ちょいと胸元をはだけさせて、セクシーな色男になってしまうが、致し方ない。

 ひとまず、毬萌の家が見えてきた。

 前述のとおり、時間的余裕はあるので、涼しい室内で休憩させてもらおう。



 呼び鈴をプッシュ。

 ……おかしいな、応答がない。

 いつもなら、数秒でおばさんが出てきてくれるのに。

 モニターに映っている浴衣の男前が誰だか分からずに困惑しているのだろうか。


「こんにちはー」


 インターホンに向かってご挨拶。

 この男前は俺ですよ。桐島公平です。

 安心してください、噛みつきません。ちょいと流し目で誘惑する程度です。


「みゃっ!? こ、コウちゃん! ちょ、ちょっと待っててーっ!!」

 おばさんの声がするものと思っていたら、毬萌の声が返ってきた。

 なにやら慌てた様子である。

 はて? 何事かしら? と思っていると、玄関のドアが開いた。


「コウちゃーんっ! 助けてぇーっ!!」

「おう。どうした毬萌ぁあぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!」


 俺の胸元の比じゃないくらいに浴衣をはだけさせたアホの子がそこには居た。

 なんて格好で出てくるのだ。

 俺は、とりあえずこのスキだらけの幼馴染の痴態がご近所へ伝播でんぱしないように、速やかに毬萌を家の中に押し込んで、俺も中に入る。

 そのスピードは、ターゲットを補足した万引きGメンをも凌駕したという。


「うぇーん! コウちゃん、浴衣が着られないーっ!!」

「ばっ! おまっ! とりあえず、前を閉めろ! ばっ! ばっ!!」

「平気だよぉー! ちゃんとキャミ着てるもーんっ!」

「百歩譲って上は大丈夫にしても、今にも下まで御開帳しそうなんだよ!!」

「みゃっ!? コウちゃんのエッチ!!」

「お前がな!?」


 あと、キャミソールってアレだからね。

 一般的男子高校生にとっては、大丈夫のラインを越えてるから。

 そこのところをしっかりと理解してもらいたい。


「おばさんはどうしたんだよ」

 浴衣をとりあえず体に巻き付けた毬萌に尋ねる。

「なんか、回覧板持って行ってから戻ってこないの……」

 ああ、おばさん、話好きだからな。


「んで、一人で着付けしようとして、失敗したと?」

「失敗じゃないもんっ! 間違えた方法を一つ試しただけだもんっ!」

「エジソンっぽい言い訳だな」

 天才同士、どこか通じるところがあるのだろうか。

 と言うか、エジソンは浴衣を一人で着られるだろうか。


「コウちゃんはどうやって着たのぉ?」

「いや、普通にスマホで着付けの仕方調べて、動画見ながらやったらできた」

「ふ、ふーん? すぐにネットに頼るのは、情報化社会の弊害だよねー?」

「おい、こら。こっち見ろ。その手があったかって顔してんじゃねぇか」

 のっけからスキだらけである。

 果たして俺は今宵、無事に帰って来られるのか。


「ほれ。動画があった。これ見ながら、やってみろよ」

「はぁーい。コウちゃん、わたし着替えるから、テレビでも見てて! こっち向いたら怒るからねっ!」

「言われんでも見ねぇよ」

 おっ、なんでも鑑定団の再放送やってる。

 この番組、どこから見ても楽しいのがすごいよな。


 それから5分。

 金持ちのおじさんが50万で買った壺が3千円で、会場のお客と一緒になって笑っていると、毬萌の声がした。

「コウちゃーん! ちょっと見てぇー」

「なんだよ、思ったよりも早かったぁあぁぁぁぁあぁん!!」

 先ほどよりも露出は減ったが、太ももと胸元がはだけまくった毬萌がそこには居た。

 バカ、お前、花魁おいらんかよ!


「どうしてそうなった!?」

「だってぇー。動画の方法が合理的じゃなかったからぁ……」

 なんでこの子、料理と言い、勝手にアレンジを加えるん?


「ああ、もう! 俺がやる!」

「え、ええーっ!? いくらコウちゃんでも、裸を見せるのは恥ずかしい……」

「このステップ4までは自力でやれ! あと、なんで下着脱ぐ前提になってんだ! 着ろ! いいか、絶対に脱ぐなよ!?」

「わ、分かったよぉー。怒んないでよ、コウちゃーん」

 ここで怒っとかないと、お前外に出てもやらかすだろうが。



 そして、下前を巻く寸前のところまで進んだところで、俺の出番。

「コウちゃん……。キャミ着てるけど、やっぱり恥ずかしいよぉ……」

「俺だって恥ずかしいわい! 黙ってろ! なるべく見ねぇようにすっから!!」

 そして、視線を逸らしながらも毬萌の着付けに成功。

 自分の器用さにうっとり。いっそセクシーだね。


「ほら。これで良いだろ」

 伊達締めを結んで、浴衣の毬萌、完成である。

「わぁーっ! コウちゃん、ありがとーっ!」

「ったく、来年は自分で着られるようになってろよ!」

「にへへっ。うんっ! あれ? ねね、来年も一緒に行ってくれるの!?」


「ゔぁあぁっ」

 失言であった。


「とにかく、ぼちぼち出るぞ。予定の時間は過ぎてんだ」

「うんっ! あーっ! これ、コウちゃんが買ってくれた草履? 可愛いっ!」

 到着した時に置いておいた、ピンクの鼻緒がアクセントの草履を履いて、浴衣の毬萌、完全体である。



「にははっ! 今日のわたし、全身コウちゃんのものだねーっ!」

「言い方! お前、それ絶対外で言うなよ!?」



 入れ違いでおばさんが帰って来て、挨拶をしてから俺たちは出発。

 会場の海浜公園まで、歩いて30分の散歩道である。

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