第197話 天気予報と長電話

「あんた! 何勝手にチャンネル変えてんだい!」

「いや、今CMだったじゃねぇかよ!」

「母さん、佐藤健くんを見てたのが分かんないのかい!? あんたのヒヤシンスぶっこ抜いて、代わりに玉ねぎ乗っけてやろうかね!?」

「悪かったよ。戻すって」

「何してんだい! ポカリのCMになってんじゃないの! 母さんこれ嫌いなのよ! カメラがグルグル回ってて、見てたら酔いそうだろう!」



 知らねぇよ! そんな真剣にCM見てねぇもん、俺!!



 とりあえず、母さんからチャンネルの操作権をゲット。

 たかがテレビのリモコンポチるだけで、どれほどの労力を費やすのか。

 俺のお目当ては天気予報。

 午後10時前に放送する、地方局の詳しいヤツが見たかったのだ。


 そして、口角の吊り上がったお天気お姉さんが、明日の天気を語る。

 お姉さんがテニスして日焼けした話はとかはいいんだ。

 とっとと天気予報をしてくれ。

 数日前から予報がコロコロ変わっており、俺は少々不安になっていた。

 これは、お天気お姉さんの世間話コーナーに八つ当たりするのも致し方なしと思われ、今の俺にとって明日の天気がどれほど重要かの裏返しとも言えた。


 そして告げられる、降水確率。50パーセントである。

 明日の天気は曇り。ところにより雨が降るかもしれないと言う。


 当然のことながら、雨が降れば花火大会は中止になる。

 それはつまり、あれほど浴衣を胸に抱きしめて、ニコニコしていた毬萌の表情も曇らせることにほかならず、俺は上空の雨雲を睨んだ。



 とりあえず、さっさと今日は寝てしまおう。

 いかに俺が曇天どんてんうれいたところで、空の顔色が変わるわけでもなし。

 睡眠不足で明日を迎える方が、よほど愚かなことかと思われた。

 そうと決まれば、俺は布団に入って目を閉じる。


 眠れない。

 と言うか、色々考えていたら、むしろ目がさえてきた。

 考える案件はただ一つ。

 明日、俺は毬萌にいい思い出を作ってやれるだろうか。


 スマホに手を伸ばし、毬萌とのラインのやり取りを眺める。

 明日を楽しみにする内容のメッセージが延々と続いており、要所に柴犬が踊っていたり、はしゃいでいたりするスタンプが散見。

 あいつは今頃、しっかり眠れているのかね。



「あぁぁぁぁぁぁぁいっ!?」



 いきなりスマホが震えて、俺は文字通り飛び起きた。

 時刻は今日がお別れをして、明日が挨拶をする、午前0時。

 俺は、跳ね上がった脈拍と呼吸を落ち着けながら、電話に出た。



「おう。どうした」

「にははーっ。コウちゃん、寝てた?」

「おう。ぐっすり寝てた」

「みゃっ!? ご、ごめんねっ!?」

「嘘だよ。むしろ、眠れなくて話し相手が欲しかったところだ」

「もーっ! なんで嘘言うの!? コウちゃん、ひどいっ!」

 電話の向こうの毬萌は頬を膨らませているだろう。


「お前こそ。普段はもう寝てる時間だろ?」

「うんっ! でもね、今日はなかなか寝付けないのーっ」

「そいつぁ珍しい。明日は雨かもしれんな」

「や、やめてよーっ! わたし、さっきからずっとお空見てるんだよーっ?」

 なんだよ、毬萌。お前も天気の心配か。


「テルテル坊主でも作ったか?」

「作らないよっ!」

 意外なリアクションである。

 てっきり20体くらい製造済みかと思ったものを。


「なんでだ?」

「コウちゃん、テルテル坊主の由来知らないのっ? あれ、昔の僧侶が偉い人にお経で雨を止ませろーって言われて、最後は見せしめに吊るされたお話だよーっ」

「……お前、寝られねぇって言ってんのに、なんでそんな怖い話すんの?」

「あ、ちなみに、中国の娘さんが生贄になって雨を止ませて、その魂を弔うためにテルテル坊主が誕生したって言う説もあるよっ!」

「どっちも怖ぇじゃねぇか! いい加減にしろ!」

 気になって後日調べたところ、あくまでも諸説あるうちの一つとのこと。

 天才の豆知識コーナーであった。


「ねーねー、コウちゃんっ! 明日、晴れるかなぁー?」

「降水確率50パーセントだろ? 大丈夫に決まってる」

 と、俺は願っているのだが、それは内緒。


「そう言えば、二人でお出掛けするの、結構久しぶりだねっ!」

「あー。まあ、そうかもな」

「わたしたち、日頃の行いが良いから、神様が晴れにしてくれるよねっ?」

「俺ぁバッチリだが、毬萌は怪しいもんだな」

「むーっ! そんなことないもんっ! わたし、普段から良い子だもんっ!」

「お前、先週の晩飯に出たわさび漬け、残したろ?」

「みゃっ!? な、なんで知ってるの!?」

「昨日おばさんが来てな。そん時に話してた」

「だ、だってぇー! 辛いんだもんっ! あんなの、オカズじゃないもんっ!」


 わさび漬けの美味さが分からんとは、お子様め。

 こんな事言ってるけど、神としての判定はどうなの?

 これは良い子の範疇はんちゅうかい? ヘイ、ゴッド。


「そろそろ寝るぞ。いくら夕方集合でも、寝不足は大敵だ」

「はぁーい。分かったー」

「おう。そう言えば、さっきお前の草履買っといた。明日、出がけに渡すわ」

「えーっ、ホントに!? やたーっ! コウちゃん、優しいーっ!!」


 そら、聞いたか?

 完全に俺は良い子の枠内だろ?

 良いか? 明日、雨降らしてみろ。

 俺ぁ神仏だろうと容赦しねぇからな? ヘイ、ゴッド。


「そんじゃ、切るぞ」

「うんっ! コウちゃん、おやすみーっ」

「おう。おやすみ」

「…………」

「切れよ!!」

「えーっ! なんか自分から切るのヤなんだもんっ!」

 らちが明かないので、俺から電話を叩き切った。



 そして翌朝。

 朝方こそ今にも雨が降り出しそうだったものの、昼を過ぎれば雲が薄くなり、日が傾く頃にはついに薄日が差すまでに天気は回復した。

 どうやら、神仏を手にかけずとも済みそうである。



 いざ、夏休み最後のイベントへ。

 出陣である。

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