第196話 花梨と見送り

 毬萌と別れてから30分ほど経っただろうか。

 俺は再びショッピングセンターをウロウロしていた。

 浴衣買うのに大騒ぎした結果、買い忘れがあるのだからやってられない。



 浴衣を着るのに、俺は下駄や草履の類を持っていなかった。

 そして、多分毬萌も持っていないだろう。

 わざわざ揃いの浴衣を買ったのに、足元がスニーカーでは締まらない。

 ここまでおぜん立てしているのだから、身なりは完璧にしておきたい。

 せっかくの晴れの日である。

 ちょいと出費が増えるだけ。

 細かいところでケチって画竜点睛がりょうてんせいを欠くのはご免だ。


「すみません。浴衣に合わせた履物が欲しいんですけども」

 俺は、ショッピングセンターの入り口付近にある靴屋を覗く。

 もちろん、先ほどの浴衣コーナーの方が、品揃えは豊富だろう。

 では、そちらに行け?



 行くもんか! またあの空気の中買い物しろとか、拷問かよ!!

 下手したら今度は胴上げされるぞ!?

 チーフと田沢さんと山城さんがスクランブル発進してくる様が目に浮かぶ。



「下駄に草履、雪駄とございますが。どれにいたしましょう?」

 そんなに種類があるのですか。

 不勉強を晒すのは恥ずかしいが、知ったかぶりするよりはマシである。

「すみません。違いがサッパリ分からんのですが……」

 俺は素直に店員さんに教えを乞うた。


「そうですね。主に材質の違いでしょうか。下駄は木で作られていまして、草履や雪駄は、お手頃なものですとビーニルや布で作られています」

「ははあ。なるほど。ちなみに、普段から全然履きなれていないんですが、おススメってありますか?」

「それでしたら、草履の方が個人的な意見ですけども、良いかと思いますよ。下駄は少し高くなっているので、慣れていないと足が痛くなる事があります」

 やはり、買い物で困ったときは、店員さんに聞くに限る。


 こうして俺は、草履と雪駄を購入した。

 なんでも、男性は下駄、女性は少し高めの草履が正装らしいのだが、まあ重視すべきは履きやすさだろう。

 俺は歩きやすくて安価だった雪駄を。

 毬萌用には、店員さんが勧めてくれた草履を買った。

 サイズ? そんなもん、知ってるに決まってんだろ。

 何年幼馴染やってると思ってんだよ、ヘイ、ゴッド。


「せんぱーい! 公平せんぱーい!!」

「おう?」

 買い物袋抱えて出口へ向かっていると、聞きなれた声が俺を呼ぶ。


「えへへ。奇遇ですね! 先輩もお買い物ですか?」

「おう。花梨。うん、まあな」

 花梨はチラリと俺の袋を見ると、「ふむふむ」と探偵のように頷いた。


「さては先輩、花火大会ですねー?」

 何という洞察力。

 これが学年主席の実力か。


 何と答えたものかと逡巡しゅんじゅんしていると、花梨が吹き出す。

「ぷっ! あはは! 先輩、別にあたしに気を遣わなくても良いですよー。……毬萌先輩と行くんでしょう?」

「お、おう。実はそうなんだ」

「ホントはあたしも先輩と花火見たかったですけど、明日からハワイなんですよ!」

「そっか」

 口ごもる俺を見透かすように、花梨は続ける。


「平気ですよ、せーんぱい?」

「おう?」

「あたしは、海水浴で先輩とすっごくステキな思い出作っちゃいましたから! だから、毬萌先輩とも夏の思い出を作って下さい!」

「こんなこと言うのは、なんかアレだけど。気を悪くしないのか?」

 俺は、言わば花梨に内緒で毬萌と出かけようとしていたのに。


「あはは! しませんよー。だって、あたしは一生忘れられない夏休みになったのに、毬萌先輩だけ何もなしじゃ、ズルしてるみたいじゃないですかー」

「……いや、花梨は凄いな。俺がその立場だったら、同じこと言えるかな」

 否。

 多分、恐らく、ほぼ確実に、言えない。


「あたしの大切な初恋は、フェアプレーでって決めているので! 全力の毬萌先輩と勝負しないと、この恋は実らないのです!」

 胸を張る花梨が、とても愛おしく思えてしまう。



 ああ、しっかりと迷っているなぁ。俺。



「花梨は買い物終わったのか?」

「へ? あ、はい、終わりましたよ! タオルと下着買いました! ……見ます?」

「見ねぇよ!! ヤメろよ、まったく。困った後輩だ」

「えへへ、すみません! ところで、何のお話でしょうか?」

「いや、買い物終わってんなら、アイスでもごちそうしようかと思ったんだが……。先輩をからかう悪い後輩には必要ねぇかな?」

「えー!? 食べます、食べます! 先輩、イジワルしないで下さいよー」

 本気で慌てる花梨もまた、たいそう可愛らしかった。


「公平先輩って、いつもバニラ味ですよね」

 サーティーワンのアイスを並んで食べながら、花梨が首をかしげる。

「そうだなー。いや、どうしても、なんつーか、安定感に負けちまうんだよ」

「あたしは色んな種類を食べたくなります!」

「でもよ、冒険して不味かったら嫌じゃねぇか」

「あはは! こういうところは真逆ですね、あたしたち!」

「確かにな。価値観の違いってヤツだな」

「あたし、旦那様には違う価値観を持っていて欲しいので、良かったです!!」


 この子はまた、幼さゆえにスキを見せてきてからに。


「そうやって先輩をからかうヤツは、こうだ!」

 俺は、花梨の持っているアイスをひとすくい。

「ああー! 先輩、ひどーい!!」

 かっさらったキャラメルリボンとやらを、パクリ。

「おっ。美味いな、これ」


「でしょう!? ほら、価値観が違う方が、人生楽しめるんですよー? えいっ!」

 そして俺のバニラが花梨によってかじられた。

 「でも、安定のお味もやっぱり美味しいですね!」と彼女がはにかむ。



「そんじゃ、花梨。またな。気を付けて帰れよ」

 俺たちは、東側のエントランスで別れる。

「はい! 先輩、花火大会、楽しんできてくださいね!」

「おう」



「来年は譲りませんからねー! 覚悟しておいてくださいよ、せーんぱい!!」



 花梨に見送られながら、俺は今度こそ家に帰る。

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