第192話 天海先輩とよく訓練された地区の人

「どうだ、毬萌? ちったぁ落ち着いたか?」

「うんっ! ソフトクリームもたい焼きもタピオカミルクティーも美味しかったぁ」


 俺たちは毬萌の機嫌を上げてアホの子レベルを下げることに成功していた。

「これはこれは、何よりでございます」

「土井先輩。ここまで計算してたんですか……?」

 ソフトクリームで体を冷やし、たい焼きで逆に温めて、最後に甘い甘いミルクティーで締めさせる。

 完璧が過ぎる美しく構築された理論。


「少しばかり無い知恵を働かせたのです。新鮮なタピオカの入手に苦心してしまい、己の実力のなさに辟易へきえきしてしまいましたが」

「えっ!? 出店だけじゃなくて、仕入れも土井先輩がやったんですか!?」

「全てではございません。ほんの少し。手の届く範囲だけでございます」

 そしてウインク。



 うん。この人、全てに一枚噛んでるな。



 とんでもないスキルの無駄遣いである。

 この人の能力は、盆踊りではなく、さっさと国益のために使うべきではないか。

 超絶スキルを使って、何をしたかと言えば、毬萌の引き留めである。

 それでは何のために毬萌を引き留めているのかと言えば。


「おや。天海がこちらに来ますね。16秒後です。ご準備を」

 結局全ては無茶苦茶な恋人のためである。

 土井先輩と言う男、一見すると天海先輩と毬萌の両方を立てているように思えるが、天海先輩の「毬萌に会いたい」と言う根源の願いを拒否していない。

 彼の力をもってすれば、それも叶うだろうに。

 つまり、ほんの少しだけ自分の恋人寄りなのだ。


「やあ! すまないな、運営が手間取ってしまって! 露店、楽しめたかな!? 神野くんの好物を土井くんに揃えてもらったのだが!」

「もちろんでございますことよ。わたし、もうお腹がいっぱいで帰りたいですわ」

 毬萌ー。毬萌さーん。本音ー。本音が出てるから、しまってー。


「なはは! 相手ができなかったのは悪かった! だから機嫌を直してくれ!」

「滅相もございませんわ! 先輩には矢も盾もたまらず、限界ですことよ」

 難しい言葉使ってるけど、要は「うっせぇ、帰りたいのにしつけぇ」って事だな。


 そこで不意に流れるメロディ。

 なんだったっけ、この曲。ヒットしたよね、昔。

「これは、青山テルマでそばにいるよでございますね。天海の着メロです」

 ああ、そうだ! そばにいるよだ!!



 彼女のそばから一刻も早く離れたいのに。なんという皮肉。



「そうか! 分かった! 私もすぐにそちらへ向かうよ!」

 そして天海先輩は短い通話を終えた。

 続けて、地獄の最奥ヘルアンドヘルへ向かう特急券を取り出す。


「さあ、お待ちかね! 盆踊りの始まりだ! 神野くん、楽しみだな!! 私も年甲斐なく、ワクワクしているよ!」

 ああ、ついに始まってしまうのか。

 毬萌? ああ、さっきから俺の背中に張り付いているけど?

 違う違う。隠れてるんじゃないよ、ヘイ、ゴッド。

 いわゆる一つのおんぶ。俺におぶさっているの。

 うん。そう。正直後ろに倒れそうなのを、気合で踏みとどまってる。

 毬萌も頑張ってんだから、俺も頑張らねぇとな。おう。


「どうした、神野くん! 桐島くんにくっ付いて! 羨ましいじゃないか! さては桐島くん、今幸せだな!? 神野くんの胸で背中が幸せだな!? なはは!!」

 言い方!

 この人、本当に物事の本質しか射抜かないから、敵を増やすんだよ。

 しかも本質射抜いてるのが厄介で、大概の人は反論できないからね。

 あと俺は別にこれっぽっちも幸せじゃないよ?


「あら、わたしったら、何やら足を挫いてぐねってへし折ったようですわ!」

 こいつ、ついに無茶苦茶な嘘を言い出しやがった!

 しかし、これは案外と良い手かもしれない。

 天海先輩は、基本的に相手を疑わない。

 性善説をベースにした生き方をされるお方であるゆえ、どんなしょうもない嘘も、まずは正面からがっぷりよっつで受け止める。


「なんと! それはいけないな!!」

「ええ。そうなのですことよ! これではわたし、舞えませんの!!」

 天才モードとアホの子モードがせめぎ合った結果、絶妙な嘘が!

 すごいぞ、毬萌! これは逃げ切れるかもしれん!!


「ふむ! 見せてみたまえ! これでも、救護の心得は一通りたしなんでいる!」



 たしなまれてたー!

 どうする、毬萌!?



「……あ、今、突然治りましたの。あらやだですわ。本当に嫌ですわ」

 毬萌、無言で大地に立つ。

 諦めたか。



「ここで盆踊りを行う! 私は太鼓を叩かねばならんので、ずっと一緒にはいられないのだ! 神野くんにはせっかく来てもらってすまないと思うが、許してくれ!」

 立派なやぐらの周りを、地区の人たちが一糸乱れぬ動きで既に踊っている。

 その異様な光景は、天海先輩がずっと近くにいないと言う吉報をかき消す。


「あの、土井先輩。この惨状は……?」

「お察しの通りです。地区の自治会長様が、天海に盆踊りの指導を申し出まして。連日に渡る特訓の末、こうなりました」



 地区の人! もはや完全に調教済みなのかよ!!



「こ、この一糸乱れぬ動きも、天海先輩が?」

「ええ。天海は完璧主義ですので」

 俺、この光景をどこかで見たことあるよ。

 ああ、そうそう、さる北の国の要人の前で、笑顔を張り付けて踊る人たち。

 そうか、訓練されちゃったのか、この地区の人たちは。

 でも、みんな、どことなく楽しそうであり、意外とまんざらでもないのかも。



 そして響き始める祭囃子。

 響く死神の笛リッパーアンサンブル。轟く地獄の鼓動ヘルズビート

 そして、それに合わせて笑顔で踊る人々。


「桐島くん、こうなるともはや逃げ場はありません。踊ってください」

「えっ?」

 戸惑う俺の前方に居たおじさんに、吹き矢が飛んできて、普通に尻に刺さった。

 そして倒れるおじさん。


「踊りの作法は問いません。しかし、祭りの空気を乱していると判断された場合、睡眠性の薬液が塗られた吹き矢が飛んできます。ご注意を」



 それ、注意してどうにかなりますか!?



「ま、毬萌! とにかく踊ろう! なっ!!」

「分かりましたわ。もうマヂ無理ですのよ。やっさい、もっさい」


 なにゆえこんなに色気のない「シャルウィダンス」を言わねばならんのか。

 地獄の宴が始まった。

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