第190話 毬萌と説得

「やぁーだぁーっ! 絶対、ぜーったい、やぁーだぁーっ!!」


 さてと、困ったことになった。

 毬萌の部屋で、駄々をこねる毬萌を見て頭を抱える俺である。

 こうなった理由は一つしかないが、そしてできれば振り返りたくもないが、致し方ないので数時間前の出来事をプレイバック。



「はい、もしもし。こちら桐島」

 スマホを手に取ってすぐに後悔。

 知らない電話番号に警戒するべきだった。


「やあ! 桐島くん! 私だ! 天海だ! 暑いが勉学に励んでいるか? なはは!!」



 なんで俺の電話番号が天海先輩にバレた?



「は、はあ、ええ。なんつーか、はい。おかげさまで」

「そうか! 邪魔をして悪いな! 重要な案件があったものでな!」

「はい。なんでしょう?」

「なはは! 君も人が悪い! 私が楽しみにしている事と言えば、アレしかなかろう!」

「あ、あー。はい、はい、アレですね。はい」

 アレってなんだ。



「そうとも! 盆踊りだよ!!」

「あ、あー。——ああ」



 あぁあああぁあぁっ!! 忘れてたぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!



 アレかよ! いつぞや図書館で天海先輩に遭遇した時の、アレか!!

 海水浴が楽しくて、そして海水浴で色々と思うところあって、天海先輩に対する警戒レベルがめちゃくちゃ下がっていた。

 今の今まで忘れていた。


「私としても早く連絡したかったのだが、土井くんが何故か神野くんの連絡先を教えてくれなくてな! なはは、ヤキモチかな!!」

 土井先輩!

 そうか、あの方が毬萌への直通路線を塞いでくれていたのか。

 つまり……。


「なんでも、神野くんは日々の研鑽に集中するため、日頃の連絡は全て桐島くんを通すことになっているとか! いやはや、彼女の向上心には頭が下がる!!」

 そう言う事なんだな。

 土井先輩が暗躍してくれたおかげで、とりあえず毬萌に呪いの電話がかかるのを防いで、俺と言う緩衝材エアバックを用意した、と。

 事前に俺への連絡がなかったのは、それをすると色々と彼女に悟られるからだろう。


「は、はい。そうなんですよ。俺が毬萌のマネージャーみたいな感じで」

「うむ! やはり会長と副会長の関係はそうでなくてはな!!」

「は、はあ。そうっすね。は、ははは……」

「いかん、本題から逸れていた! 意外と聞き上手だな、君も!」

 俺で良ければ何時間でも聞きますので、そのまま本題から逸れ続けることは不可能でしょうか?


「盆踊りだが、明日だ! もちろん、大丈夫だろう?」



 急過ぎる!



 だが、俺は閃く。

 むしろ、急過ぎて助かった、と。


「い、いやー。明日はちょいと、毬萌のヤツに用事がありまして……」

 ナイスハンドリング! コーナーのギリギリを攻めるドリフト!

 相手に「急なお誘い」と言う引け目を生み出すことで、惨劇を回避するのだ。


「やはりそうか!」


 分かってもらえたのか!?


「うむ! 非礼を詫びるために、今から神野くんのお宅へ伺おう!!」


 どうあっても悪い方向へ転がる運命なのか。


 なにこの人のドライビング。

 もうコーナーがどうとかじゃなくて、デカいトラックに幅寄せされてる気分。

 どんだけドリフト決めたって、これじゃガードレール突き破って崖下だよ!!


 もはや取り得る策はひとつであった。

 毬萌の家の露見だけは避けねばならない。

「あー。そう言えば、用事はすぐ済むんでした! 盆踊りのお時間をお願いします!」


 急募。首を振る方向が決まっているあっち向いてほいで勝つ方法。

 俺には思い浮かばなかった。


 そして夕刻6時に、生図なまず公園にて集合という事実を告げると、天海先輩は揚々と電話を切った。

 俺はその足で毬萌の家へ。

 もはや、逃げ道がないのだ。



「なぁーんでぇー!? 天海先輩と盆踊りなんかしーなーいーっ!!」

 そして説得を始めて30分で、この様である。


「だからな、行きたくねぇのは分かるけど、行かねぇと、この家に天海先輩が来るんだよ! そいつだけは絶対に嫌だろう?」

「いやだぁーっ!! もう引っ越すぅー!! コウちゃんちに住むーっ!!」

 いや、お前。

 俺んちに住んだところで、あの先輩だぞ。

 普通に突き止めて訪ねて来るに決まってるじゃねぇか。

 戦場がここか、うちかの違いだけだよ。


 俺は、そもそもの原因は天海先輩の誘いに毬萌が乗ったことであると、丁寧に優しく説明した。理屈を通して、道理を通して。


「言ってないもんっ! そんなの言ってないもん、わたしぃぃぃっ!!」

 そうだろうね。

 極度のストレスに晒されると、自衛手段でアホの子になって、その時の記憶もほぼ抹消されるシステムだもんな、お前の頭。


 仕方がない。

 俺の虎の子の貯金を崩すか。

 色々と使って減りはしたが、鬼瓦くんの家で貰ったバイト代がある。

 貯金ってのは、いざって時のためのもの。

 そして、今こそその時。


「浴衣、買ってやる」

「……ふえぇ?」

「ああ、明日は別に私服で良いぞ」

「……どゆこと?」

「花火大会、一緒に行くだろ? そん時に着る、浴衣、俺が買ってやる」

「みゃっ!?」


 それ、頑張れ、俺! もう一押し!


「せっかくの思い出作りだろ? お前に似合う、とびきり良い浴衣、買ってやる!」

「……う、うぅぅうぅぅっ!!」

 洗脳されて暗黒騎士に落ちまいとする聖騎士を見ているようである。



「……可愛いの、買ってくれる?」

「おう! 俺ぁ嘘つかねぇのは知ってるだろ?」

「……花火大会、手、繋いでくれる?」

「お、おう! そのくらいなら!」


「……じゃあ、行く」


 こうして、毬萌の説得は完了した。

 しかし、本当の地獄はここからである。

 天海先輩と毬萌の板挟みに遭って、果たして俺が無事で済むのか。



 多分、済まないんでしょう?

 知ってるよ、ヘイ、ゴッド。

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