第189話 燃える勅使河原さん

「氷野さんには、材料の運搬を頼みたいんだけど」



 今回のミッシュんは、少数精鋭で挑むしかない。

 いつもは頼りになる天才幼馴染の毬萌と秀才後輩娘の花梨だが、こと料理とあっては、あのパルプンテっ子たちを召喚する訳にはいかない。

 とてつもなく恐ろしい者がとてつもなく恐ろしい物を作る。

 つかまり立ち覚えた赤子でも雰囲気で察する。悪夢である。


「分かったわ! 私は、材料を運べばいいのね!!」

「うん。それでね、その後は」

「ふふんっ、水臭いわよ、桐島公平! あんたの趣味の人助け、たまには手伝わせなさいよ!」



 帰ってくれって言い辛い!!



 なにこの氷野さんらしからぬ、キラキラした瞳!

 何があったの!?

 目ん玉に目薬と間違えて水銀でもぶち込んだのかな?

 ダメだ。言えない。



 「邪魔だから、帰ってくれる?」だなんて!!



 そんな酷な事、言えるはずないじゃないか!!

 神は乗り越えられる試練しか与えないんじゃなかったのか!?

 おい、てめぇ、クレーム付けてんだぞ、ヘイ、ゴッド!!


「こうなったら、氷野さんは俺が何とか抑えるから、勅使河原さんは料理の方に集中してくれ」

「は、はい! 頑張り、ます!!」

 彼女の燃える闘志だけが救いのともしびである。

 そして死神ライダーバイク便が出動したのち、俺たちは鬼瓦くんから受け取っていたお金でタクシーを呼び、会場へ。



 公民館の中には、既に20人ほどの子供たちが待っていた。

 年のころは、下は小学校中学年。上は中学三年生くらいか。

 お菓子作りというテーマなので、女子が多い。


「はわわー。公平兄さまですー!」

 これは、精神が摩耗してきた俺にだけ見える幻覚か。

「あ、こ、心菜、ちゃん! 来てたんだ、ね!」

「真奈姉さまもいるですー!」


 どうやら、心菜ちゃん、教室の参加者だった模様。

 この料理に対する直向ひたむきな姿勢。なにゆえ姉に伝播しないのか。


「ちょっと! あんた、せめて外に迎えに来なさいよ! 結構重いのよ!」

 あ、料理の冒涜者だ。


「姉さまー! お疲れ様なのです」

「あら、心菜! 今日行くって言ってたの、ここだったのね」

「はいです! でも、姉さまには内緒だったのです……」

「えっ」

 崩れ落ちる氷野さん。


「だって、姉さまには、心菜の美味しいお菓子でビックリして欲しかったのです!」

「ゔぁあぁっ! 心菜、あなたって子は!」

 心菜ちゃんは今日も可愛い。


「せ、先輩! じゅ、準備、でき、ました!」

「そっか! おっしゃ、頑張ろうぜ!」

「は、はいぃ!」

「力を合わせましょうね!!」


 こうして料理教室がスタート。

 三本の矢の一本に爆竹入りのヤツが入った状況で。



「ゆっくり、だまに、ならない、ようにね!」

「うん! 分かった! ありがとお姉さん」

 勅使河原さん、やはり教え方が丁寧。

 普段から鬼瓦家で仕込まれているだけのことはある。


「そんじゃ、生地をこねたら、30分くらい寝かせます。その間に、プリンを作っていこう。全員、材料は行き渡っているかな?」

「はーい!」「おい、それ僕のだぞ!」「あーん、卵落としたぁー」

 子供が相手だと、進行が滞る場面が予想以上に多い。


「はい、ケンカしないの! そっちのあなた、新しい卵よ!」

 スタート直前にトラブルバスター役を氷野さんに頼んで大正解だった。

 組の若い衆こどもたちをまとめるのもラジオ体操でお手の物。

 本当に、追い払わなくて良かったよ。

 俺は心の中で申し訳なかったと、彼女に念仏を唱える。


 プリンのレシピも子供向けのもので、フライパンで作れるようになっている。

 俺が前の台で説明しながら、勅使河原さんが机間巡視きかんじゅんし


「お姉さん! これでいーい?」

「う、うん! とっても上手、だよ! 次は、ゆっくりと、ホイルで蓋、してね」

「お姉ちゃん! お湯ってこのくらい?」

「あ、はいぃ! そう、だね! 丁度いい、よ! 火傷に気を付けて、ね!!」

 いつもおしとやかな彼女が獅子奮迅ししふんじんの活躍である。

 20人の生徒をほぼ完璧にカバーしている。


「兄さまー。そろそろ、クッキーの生地、出してもいいです?」

「おっと、いけねぇ! 心菜ちゃん、ナイスアシスト!」

「むふー! 心菜、お料理の勉強しているのです!」

 うん。可愛い。


 型抜きで好みの形を作った生地を、オーブンと言う名の灼熱地獄に放り込む。

 恨みはないが、子供のためだ。

 精々せいぜい美味しく焼けてくれ。



「はい! そんじゃ、プリンも蒸しあがったし、ちょうどクッキーも焼けたな! 熱いから、取り出すのはお姉さんか俺に任せてくれな!」

 まさか、クッキーとプリンが同時に出来上がるようにレシピを構築していたとは。

 鬼神バッチリ。


 そして、配膳が終わり、実食タイム。

「うわー。美味しい!」

「僕のも美味しいよ! 交換しよ!」

「プリン、出来立てってこんな味なんだ! すごーい!!」

 ひとしきり子供たちを見てきた勅使河原さんが戻ってくる。


「えと、どうにか、無事に、済みました、ね! 先輩の、おかげ、です!」

 おっと、勅使河原さん、そいつは少し勘違いをしているな。

 お客さんのようだ。


「お姉さん! 親切に教えてくれてありがとう! はい、これ!」

「あたしからもあげるね!」

「僕のも!」「ズルいぞ、俺のだって食べて、お姉さん!」

 子供に群がられる勅使河原さん。


「わっ、ひゃっ、えっ、くれる、の? 私に? えと、どうして、かな?」

「そりゃあ、勅使河原さんの教え方が良かったって言う証明だよ。良いから、貰っときなって。謝意を無下にする事はないよ」


「は、はい!」

 その時の彼女の表情はとても朗らかで、達成感に満ちているように見えた。



「兄さまー! 心菜のクッキー、食べてほしいのですー!」

「ああああっ! 料理って素晴らしいなぁ!!」

 俺の報酬は、もうこれで充分だよ。嬉しくてトリプルアクセルしそう。

 むしろ、貰い過ぎなくらいだ。ああ、天使。



 こうして鬼瓦家のピンチヒッターを見事に果たした俺たち。

 幸いなことに、パパ瓦さん、ママ瓦さん、ともに軽傷との事。

 こちらも一安心。



 ああ、氷野さん?

 心菜ちゃんのプリン食べさせてもらって、あっちで感激のイナバウアーしてる。

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