第188話 リトルラビットとピンチ

「ゔぁあぁぁあぁあぁぁっ! せんばぁぁぁぁい!! だずげでぐだざい!!」



 それは、海水浴から帰って来て3日が過ぎた昼下がりだった。

 もはや、夏休みに入ってのイベントは電話から始まることが圧倒的多数であり、鬼瓦くんの着信を見た瞬間、「あ、今日は彼の日か」と思ったのも事実。

 しかし、いきなり電話口で咆哮ほうこうされると、息が止まるかと思う。

 出会った頃の彼はよく咆えていたが、最近は頻度が減っているのでこちらとしても油断しており、心臓に大変よろしくない。


「どうした? ゴキブリでも出たか?」

 害虫駆除なら任せておきたまえ。

 足がいっぱいあるアイツ以外なら全然平気。

 最近はライトセーバーで剣さばきも鍛えているから、新聞紙ブレードに持ち替えたらば準備も万端。


「た、大変なことになってしまいました! ゔぁあぁぁあぁっ!!」

 鬼瓦くんの大変なことを聞き出すまでに、数分を要した。

 理論派の彼がここまで取り乱すとは、なんぞ大事か、天変地異の前触れか。

 彼との通話内容を全て開示すると、結構な頻度で咆哮が混じるので、テンポもよくないし、なにより俺のハートが震える。

 そのため、要約した。つまりは、こうである。


 本日、リトルラビットは公民館で行われる子供向けのお菓子教室を主催する予定だった。

 しかし、鬼神面フェイスオブオーガのパパ瓦さんと鬼瓦くん。

 子供に泣かれては困ると、マスクを被ることにした。

 ……この時点でツッコミ所があるのは承知で、続ける。


 用意したのは恵比寿と大黒天のマスク。

 どこでそんなおめでたいグッズを扱っているのかは知らんが、とりあえず付けてみたらしい。

 そして、サイズが合わずに取れなくなったとのこと。

 ……まだ、ツッコミ所ではないのだ。悲しいけれども。


 そこで、パパ瓦さんは強攻策に打って出た。

 無理やりマスクを引っ張った。

「ぶるぅうあぁぁああぁぁあぁっ!!」

 悲痛に満ちた叫びとともに、崩れ落ちるパパ瓦さん。

 そうとも、五十肩を再発させてしまったのだ。


 戦力外になったパパ瓦さんを見て、慌てた鬼瓦くん。

 二匹目の鬼になっては敵わんと、マスクを取ろうとしたらしい。

「ゔああぁあぁあぁあぁあぁあっ!!」

 気合の咆哮とともに、裂けるマスク。

 そして、勢い余って拳がママ瓦さんにヒット。

 倒れるママ瓦さん。

 ここで鬼瓦くん、取り乱して俺に緊急事態を知らせる電話をかける。



 大惨事である。



 まず俺は、救急車が必要か否かを尋ねた。

 しかし、パパ瓦さんもママ瓦さんも意識はしっかりしており、騒ぎにしたくないらしい。

「じゃあ、鬼瓦くんは病院に行く準備を! 保険証とか、用意しといて!」

 そして自転車走らせた俺が、リトルラビットの前に到着したのが今。


 事態はここから、リアルタイムで進行していく。



「ぶるぅああぁ! すまないねぇい、桐島くぅぅん」

 入口に横たわる、恵比寿のマスクのパパ瓦さん。

 体はスティーヴン・セガール。頭は恵比寿様。



 正直、めちゃくちゃ怖い。



 そして柱にもたれ掛かっているママ瓦さん。

「ご、ご無事ですか? 本当に救急車呼ばなくても!?」

 ママ瓦さんは答える。

「ええ、大丈夫です。これでも若い頃は、主人の天空破岩拳てんくうはがんけんの修練に付き合っていましたので、息子の一撃程度では命にはかかわりません」



 尺度がおかしいですね。

 なんで基準が命にかかわるか否かなんですか。



「とにかく、鬼瓦くんは二人を病院に連れてってくれ」

「で、ですが、お菓子教室で待っている子供たちが!」

「おう。大丈夫。そこは上手くやるから。つーか、このお父さん連れてったら、子供失神するよ」

 最悪、トラウマになってお菓子が嫌いになるかもしれない。


「おっ。着いたみたいだな」

「ゔぁっ? どなたがですか?」

「鬼瓦くんともあろう者がどうした。俺なんかより、頼れる人がいるだろ?」


「た、武三、さん! 先輩から、事情、聞いて来た、よ!」


「真奈さん! そうか、真奈さんなら!」

「おう。簡単な菓子くらいなら作れるし、今回の教室は体験学習式なんだろ? だったら、俺も協力すりゃあ何とかなると思ってな」


「ゔぁあぁぁあぁっ! 真奈さん! 僕は、僕はぁぁぁぁっ!!」

「きゃあっ、た、たた、武三、さん! みんなが、み、見てる、よぉ!」

 熱く彼女を抱きしめる鬼瓦くん。


「ぶぅるぅああぁ。うちの将来はぁ、明るいぃねぇい。母さぁん?」

「ええ、本当に。引っ込み思案なあの子が! とりあえずお赤飯炊きましょう!」

 二人はとっとと病院行ってください。


「鬼瓦くんにゃ、海水浴の時、情けねぇ話に付き合ってもらった恩があるしな」

「きりじばぜんばい! ありがどうございばず!!」

 そして鬼瓦くんから情報を引き継ぎ。

 材料の場所と、教室進行の流れ、注意点などをメモする。

 司会進行なら本職だから、どうにかなるはずだ。


「勅使河原さん、どう? クッキーとプリン。子供に教えられそう?」

「やれるか、じゃ、ない、です! やる、しか、ないです!!」

 おお、勅使河原さんが燃えている。

 これは頼りになりそうだ。


 鬼瓦くんたちの乗ったタクシーを見送って、俺は準備に移る。

 とは言え、不安要素はほぼ無いに等しい。。

 いつもとんでもないトラブルに巻き込まれている身からすると、気が楽でさえある。



「話は聞かせてもらったわ! この私も協力してあげようじゃない!!」



 誰かー。不安要素が出てきたからー。

 丁重にお帰り願ってー。


「……おう。どうして氷野さんがここに?」

「勅使河原真奈に頼まれたのよ。バイクで送ってほしいって」

 ああ、それは致し方ない。


「す、すみま、せん。気が動転、して、しまって」

「ああ、いや。俺も状況が分かんなかったもんだから。慌てさせてごめんね」

 勅使河原さんも、自分が死神ライダーを連れてきた自覚があるらしい。

 だが、彼女には教室に集中してもらわなくてはならぬ。


「さあ! 何を作るのかしら? 忙しくなってきたわね!!」



 マジで、誰か氷野さん連れて帰ってくれないかなぁ。

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