第187話 海とサヨナラ 毬萌と帰り道

「さて、そろそろ帰る頃合いね! みんな、写真撮りましょうよ!」

 日が傾き始める前に、俺たちは帰り支度を整える。

 レンタルしていた道具を海の家へ手分けして配送。

 俺が死にそうになりながら運んだビーチパラソルは、鬼瓦くんが三つ全て肩に担いで持って行ってしまった。

 鬼神ランボー。


「お兄ちゃんたち! シャッター、オレが押してやんよ!」

 海の家のお兄さんは、アフターサービスまでバッチリ。

 それだけに、さほど賑わっていなかった海の家の今後が心配である。


「撮るよー! はい、バター! もう一枚! はい、マーガリン!!」

 そしてスマホを受け取ったら、みんなで出来栄えの確認。


「はわわー、姉さまと一緒なのですー」

「そうね! ぜひこの写真、引き伸ばして飾りましょう!!」

「あー! 公平先輩が珍しく変な顔じゃないですよ!」

「ホントだーっ! どしたの、コウちゃん!? 具合悪いの!?」

「お前ら……。たまにゃあ俺だってまともな顔で写ったって良いだろ」

「ま、また、思い出ができた、ね! 武三、さん!」

「そうだね、真奈さん。とっても奇麗だよ」


 なに? 変顔で写るのがお前の存在意義だろうって?

 うれいも晴れりゃ、たまには良い顔くらいするわい。

 黙ってろよ、ヘイ、ゴッド。


 それから俺たちはシャワーで汗と海水を洗い流す。

 更衣室で着替えたらば、俺と鬼瓦くんと海の家のお兄さんとでしばし談笑。

 女子は色々とあるんだと。

 スキンケアとか、色々と。

 今日学習したことをさかしげに利いた風な口をきく男、それは俺。


 20分少々で、まず毬萌と心菜ちゃんが出てきた。

「お待たせーっ! コウちゃん、武三くんっ!」

「お待たせしましたのです! 兄さまー!」

 トテトテと駆け寄る心菜ちゃん。

 こんがり天使、実に可愛い。


「そういやぁ、毬萌も結構焼けたな」

「にひひっ、ギャルをイメージしてみたのだっ!」

「ギャルには見えんなぁ。健康的な日焼けだもん」

「そっかー。でも、夏っぽくて良いよねっ!」

「そうだな。それもまた思い出だ」


「それにしても、何のケアもしてないのに、どうしてあんたは真っ白なワケ?」

 続いて、氷野さんと勅使河原さんが現れる。


「そう言えば、桐島先輩はまったく日に焼けていませんね」

「そ、そうだ、ね! 先輩、何か秘訣、とか、あるんです、か?」

「コウちゃんはねーっ! 昔から、どーゆう訳か全然黒くならないんだよっ!」

「そうなんだよなぁ。俺も、色黒でちょい悪でも気取ってみてぇんだが」

 力こぶを作る仕草をしてみせると、全員が吹き出した。


「ふふっ、バカね、あんた! 桐島公平がちょい悪なら、世の中極悪人だらけよ」

「兄さまは悪くないのですー! 良い人なのです!」

「にははっ! コウちゃん、恥ずかしーっ!」

「桐島先輩は僕にとっての仏様です」

「わ、私も、桐島、先輩は、良い人だと、思い、ます!」

 俺のちょい悪計画、実行に移すまでもなくとん挫。

 これは誇って良いことなのか。


「すみませーん! お待たせしてしまいましたー!」

 花梨が最後にやって来て、全員集合。


「何か問題でもあったか?」

「あ、いえいえー。浮き輪の空気を抜くのに手間取っちゃいましてー」

「おう、そうか。言ってくれりゃ、俺がやってやったのに」


「桐島公平がやったら、余計に時間かかるでしょ」

 氷野さん、辛辣である。

「お姉ちゃん、今度は浮き輪の膨らまし口に爪楊枝つまようじ刺してみ? マジで、引くくらいのスピードで空気が抜けっから!」

 最後に海の家のお兄さんの役に立つ豆知識が披露された。


「お世話になりました! マジで、色々とサービスして貰っちまって」

 俺は、過剰なサービスに対して、お兄さんに代表でお礼を述べる。

「いやいや、良いって! お礼なら、来年もまた来てよ!」

「はい。また、よろしくお願いします」

「あーい。またのお越しを待ってるよーん」

 そして、海の家とお別れ。

 お兄さんにも手を振って、俺たちは鮫ヶ浦さめがうら駅へ。


 軽く電車に揺られると、程なくして宇凪うなぎ駅に到着。

 この距離感は本当にありがたい。居眠りする時間もなかった。


「じゃあ、みんな! 気ぃ付けてな! また遊びに行こうぜ!」

 駅から南に向かう氷野さんと心菜ちゃん。

 反対へ向かうのが、鬼瓦くんと勅使河原さんに花梨。


 全員を見送ったのち、俺は毬萌に言う。

「そんじゃ、俺らも帰るか」

「うんっ!」



「みんなで海、楽しかったねーっ!」

「そうだなぁ。また行きたいもんだな」

「うんっ! 来年も行こーっ!」

「つっても、来年は俺ら受験生だぞ? 余裕あるかな?」

「コウちゃん! 受験生になって慌てて勉強してるようじゃダメだよっ!」

「……おう。なんつーか、お前に言われると釈然としないが、確かに」


 そして毬萌の家に到着。

「コウちゃん! 今日も送ってくれてありがとーっ!」

「おう」


「ああ、そうだ。毬萌」

 玄関へ向かう毬萌を、俺は呼び止めた。


「んー? なぁにー?」

「いや、8月の最後の週に、花火大会あるだろ」

「うんっ。そだねーっ」

「あー。お前が良けりゃ、だけどよ。一緒に、行かねぇか?」


 毬萌の目が輝いて、柴犬が尻尾を振り乱す幻影が見えた。

「い、行く、行くーっ! 絶対行くよーっ!!」

「おう、そうか。分かった」

「にひひっ、楽しみーっ! でも、珍しいね、コウちゃんから誘ってくれるなんて!」

「まあ、たまには、な。気まぐれだよ」

「そっかぁー。でも、嬉しいっ! カレンダーに花丸付けとくねっ!」

「おう。おばさんに怒られない程度にしとけよ」


「そんじゃ、帰るわ。またな」

「うんっ! バイバイ、コウちゃん!!」



 俺は、夕日が沈む方角へ。

 色々と迷うために、そのための第一歩を踏み出す。

 茜色の空が、「精々頑張れ」と応援してくれているような気がした。

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