第186話 鬼瓦くんと恋バナ
「桐島先輩。……なにかありましたか?」
「……やっぱり分かる?」
「ええ。先輩の表情に少しばかり緊張感が漂っていますので」
「そりゃあいけねぇな。せっかくの楽しい空気に水を差しちまう」
「いつもみんなのために尽力されている先輩ですので、誰もが心配こそすれ、文句など言わないと思いますが」
違うんだ、鬼瓦くん。
楽しんでいる連中に心配させたくないんだよ。
「差し出がましいようですが、僕で良ければお話を伺いますけど」
「……そうか。そうだな。助かるよ」
埋まり瓦くんは、その腹筋と口の堅さには定評のある鬼である。
嘘つきの舌を引っこ抜いて回る側とも言える彼にならば、自分で出せない答えの助力を乞うのも悪くないと思われた。
これほど地中に埋まっている事も「秘密をマントルまで持って行ってきます」と主張しているようにも感じられる。
鬼神ぴっちり。
「実はな、さっき花梨と一緒に防波堤のところまで泳いだんだが……」
俺は話した。
無論、他言無用と言い含めたが、鬼瓦くんに対してそんな要求は不要であろう。
起きた出来事と、今の俺の心境を包み隠さず話した。
こんな赤裸々な告白をできる後輩が持てた事を、幸せに思いながら。
「なんと、そんな事が。冴木さんは大胆な人ですからね」
鬼瓦くんは驚いた声を出したが、表情は変わらない。
「一時の気の迷い……夏の魔物の魔力……。そんな言葉じゃ片づけられねぇ事は分かってんだよ。いい加減、俺だって受ける好意の大きさくらいは自覚してる」
そうとも、彼女の行為には彼女自身も多大な勇気を支払ったはずである。
「失礼ですが、先輩は戸惑いと言うよりも、何か罪悪感のようなものを感じておられるのではありませんか?」
ギクリと心臓が鼓動する。
思い当たる節があったからである。
さらに鬼瓦くんは、核心を突く。
「毬萌先輩、の存在でしょうか?」
「……おう。いや、違う。……とは言い切れねぇ」
少しの沈黙が俺たちを包む。
太陽が雲間に隠れて、影が生まれる。
まるで、俺の心の写し鏡のようだと思うも、「何を分不相応なスケールで
仕方がないので、殻にこもっているヤドカリを見て、改めて自分の写し鏡のようだと思いなおす。
うむ。このくらいがちょうど良い。
「つまり、桐島先輩は、冴木さんの事を大切に思っていらっしゃる」
「おう。そいつに偽りはねぇよ」
これに関しては確信を持って言える。
花梨は大事な後輩で、同時に可愛い後輩でもあり、俺なんぞを好いてくれるには勿体ないほどの女子である。
「しかし、先輩の心中には、毬萌先輩もいらっしゃるのですね?」
「そう……だな。おう。……間違いねぇ」
一度認めてしまえばもはや手遅れ。
その現実と向き合わないのは、自分を含めた全ての事象への冒涜と思われた。
「そして、まだ結論は出せないのですね」
「そりゃあそうだろ!? だって、俺ぁついこの前まで、誰かに好かれた事なんてなかったんだから! ……だから」
その後の言葉が出てこない。
だから、何なのだ。
このくぐもった感情の
「すぐに答えを出す必要はないと思います」
「……おう?」
「冴木さんとの事は、一つの大切な思い出。そして、毬萌先輩とも思い出を作って差し上げたらどうでしょうか」
「しかし、そんなどっちつかずな状態では失礼じゃねぇか?」
鬼神はだまって首を振る。
「想い人が自分のために迷ってくれる事は、必ずしも悪ではありませんよ。あっちやこっちに右往左往するのもまた、真剣な証拠です」
雲間の切れ目から、再び陽光が差し込む。
俺の迷いが少しばかり晴れたタイミングと重なり、今度こそ俺は自然の躍動と自分の心模様を重ねる。
それくらい、良いだろう? ヘイ、ゴッド。
「真剣に右往左往する、か。……考えたこともなかったけども。……そうか。今の俺にとりあえず出来る事は、色々と迷ってみることか……」
「ええ。思春期なんて、迷うためにあるようなものですよ」
「ありがとう、鬼瓦くん。ちょいと気が楽になった」
「いえ。とんでもないです」
それにしても、この教会の
鬼瓦くんの年齢が急に不明瞭に思えてきた。
君はもしかして、人生二周目だったりするのかい?
とりあえず、やるべき事は定まった。
ウジウジ考えるなんて、元より俺には荷が重かったのだ。
精々鬼瓦くんの言うように、迷ってみようじゃないか。
「武三、さん! その、い、一緒に、写真、撮りません、か!?」
ちょうど話の途切れたタイミングで、勅使河原さんが駆けてきた。
そろそろ帰り支度をしなければならない時分。
彼女も想い人との思い出を作りたいのだろう。
「もちろん良いよ! 桐島先輩も一緒にどうですか?」
地面にヒビをいれて出土した鬼神は、勅使河原さんの勇気にもヒビをいれる。
鬼神大惨事。
「ゔぁあぁっ」
鬼瓦くんの代わりに俺がうめいた。
勅使河原さんの表情が一瞬ものすごく曇ったのを、俺は見逃さなかったのだ。
鬼瓦くん、あれだけ相談に乗ってもらっておいてアレなんだけど。
「そうだ! いっそ、みんなで記念写真を撮るのはどうかな」
「……う、うん。……そうだ、ね」
君、自分の事になると途端にダメ瓦くんになるな!!
勅使河原さんが目に見えてしょんぼりしているよ?
人生二周目の強くてニューゲームはどうした、鬼瓦くん!
「そうだ。ここは景色も奇麗だから、まずは風景を撮っておこうか」
「……そ、そうだ、ね。……はあ」
お、鬼瓦くぅぅぅぅん!!
その後、俺がカメラマンを引き受けて、鬼瓦くんと勅使河原さんのツーショット写真を合計6カットほど撮ることに成功。
勅使河原さんの闇落ちを未然に防ぐこともできた。
他人のことほどよく分かる。
これも思春期あるあるなのかもしれない。
さて、俺は俺で、精々迷ってみるとしますか。
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