第183話 心菜ちゃんとスキンケア

「ふう。良い運動になったわね!」

「そだねーっ! マルちゃんやっぱり泳ぐの上手だよーっ!」

「何言ってるのよ、毬萌の方が速いじゃない」

「でもでも、マルちゃん手足が長いから、見た目が奇麗だもんっ!」



 水泳ガチ勢が戻ってきた。

 厳密には、先ほど氷野さんに断罪されたのだが。

 どうも、二人で海から上がるところからやり直す模様。



「桐島公平ぃぃっ! あんた、何してんのよ!? ぶっ殺すわよ!!」


 いくらなんでも理不尽が過ぎる。

 まだ殺したりないのですか、破壊の女神カーリー

 俺、心菜ちゃんと砂のお城をスマホで撮ってただけなのに。

 あ、もしかして、水着姿の心菜ちゃんを撮ったのがまずかったのか。


「悪かったよ、氷野さん。心菜ちゃんに撮ってくれってせがまれてさ」

「はあ!? 何消そうとしてんのよ! 私にも速やかに添付してメールしなさいよ!!」

「お、おう。そっか。了解」

 では、俺はなにゆえ怒られたのか。


「にははっ! 心菜ちゃん、日焼けしたねーっ!」

「はわわ、本当なのですー!」


「心菜が日焼けしてるじゃないの!!」

「うん。そうだね」

「ぶっ殺すわよ!? 人の血が通ってんの、あんた!? 見直したのに、所詮はホワイトアスパラガスね! がっかりだわ! あんたにはがっかり!!」


 久しぶりにホワイトアスパラガス呼ばわりされて、少し郷愁の念にかられる。

 そう言えば、昔はそんな風に呼ばれたこともあったかしら。


「心菜は色白なんだから、普通一緒にいたら、スキンケアに気を遣うでしょ!?」

「……あー。なるほどー」

「にひひっ、コウちゃん怒られたーっ!」

「毬萌、スキンケアとか何かしてんの?」

「んーん。あ、でも、着替えるときに真奈ちゃんがなんか塗ってくれたーっ!」


 まずい。まさか、毬萌までスキンケアをしていたとは。

 でも、それなら俺にだって言い分がある。


「氷野さんがちゃんと見てあげてりゃあ良かったんじゃ?」

「うっかりしてたのよ! あんた、人のうっかりをフォローするためにこの世に生を受けた男でしょう!? アイデンティティを果たしなさいよ!!」

 すげぇ理屈だが、反論したら蹴られそう。


「仕方ない。心菜ちゃん、ちょっとおいでー」

「はいですー。どうしたですか? 公平兄さま!」

「姉さまがうるさ……心菜ちゃんのお肌を心配してるみたいだからね」

「……はわー?」


「俺の持ってきた化粧水でも付けてみようか。ええと、あった、あった」

「はいなのですー」

「そんじゃ、付けるよー。適当に出してっと、ほらああっ! 痛い痛い痛い痛い」


「あんたぁ! 一体何を付けようとしてんのよ!?」

「いや、うちの母が持たせてくれた、化粧水を」


「それ、髭剃りの後につけるヤツでしょう!? 本当にぶっ殺すわよ!?」

「ははっ、そんな馬鹿な。……Oh」



 母さんばばあ、なんつーもん持たせてくれてんだよ。

 マジで髭剃り後の肌荒れに! とか書いてあるじゃん。



「でも、心菜ちゃん、奇麗に日焼けしてるよーっ! こんがり心菜ちゃんっ!」

「はわわー、こんがりなのです!」

 うん。可愛い。

 こんがり天使も良いものだね。リリンの生み出した進化の極みだよ。


「心菜、痛くない? 皮がむけたりしていないかしら!?」

「平気なのですー」

「つかぬ事を聞くけど、心菜ちゃんと海に来たことは?」

「はあ? ある訳ないじゃない! 可憐な少女二人で海なんて、危ないわ!」

 嘘だ。ジョーズの世界に行ったって、心菜ちゃんを守りながら割と余裕で生還するでしょ、氷野さんは。


「おーいっ! 海の家でローション貰ってきたよーっ!」

「おお! ナイス、毬萌!」

 天才スイッチ入ったか? 素晴らしい機転じゃないか。


「これ、日焼けした後でも効果があるんだってーっ!」

「そいつぁ良いもの手に入れたな! よし、じゃあ塗ってあげてくれ」

「ダメだよーっ」

「ん? なんでだよ」

「こーゆうのは、男の人が塗ってあげないと効果がないんだってーっ!」



 サングラスのお兄さん。ここに来ての裏切りは酷いじゃないか!!



「んなわけないだろ!」

「えーっ。でも、プロの人が言うんだよーっ?」

 全然天才じゃなかった! アホの子だ、この顔は!!


「ぐぅぅぅぅぅぬにぃぃぃぃぃ! それなら仕方がないわ!」


 何言ってんの、氷野さん。


「いや、氷野さん、花梨に日焼け止め塗ってもらってたじゃん!?」

「そのアフターローションって言うのは特別なんでしょ!? ほら、海の家の人もこっち見て手を振ってるじゃない!!」


 ああ、ちくしょう!

 あの顔は「オレのナイスアシスト、堪能しろよ!」って顔だよ!

 マジで余計なことをしてくれたな、お兄さん!!


「こ、心菜ちゃんは嫌だよな? 俺に妙な液体塗りつけられるの!」

 もういかがわしさが匂い立つセリフであるが、こうでも言わないと心菜ちゃんに危機感が伝わらないから仕様がない。


「心菜は、兄さまになら何されても平気なのですー!」



 ああああっ! 嬉しい!! 昇天しそう!!

 でも、逆にバッド! 今ここに至ってそれはバッド!!

 ちくしょう、世の中って難しいや!!



「ひゃあっ、あははは! くすぐったいのですー!!」

 無心、無心になるのだ、桐島公平。

 大丈夫、心をペッパーくんのように保つのだ。

 やたらと柔らかい手触りに、意識を持っていかれてはいけない。

 ペッパーくんはそんな不埒ふらちなことを考えない。

 ああ、柔らかい。違う、ペッパーくん、俺を助けて。



「これで、大丈夫だよ」

「ありがとうなのですー」

「こんがり心菜ちゃん、良かったねーっ!」

「ふんっ。お、お疲れ様と言わせてもらうわよ」



 もう、こうなると、お兄さんの嘘が露見しない事を祈るのみである。

 バレたら死ぬからね。俺が。


「コウちゃーん! 次、わたしーっ! 塗って、塗ってーっ!!」

「じゃあ、一応私も頼もうかしら。……不本意だけど」


 本当にお願いだから、この嘘がバレませんように。

 俺が老衰で死ぬまでバレませんように。

 ねえ、お願い、ヘイ、ゴッド。

 だって、俺、今回ばかりは何も悪いことしてないよ!?

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