第182話 砂のお城と乙女たち
「ねえ、毬萌! あっちの端からちょっと本気で泳がない?」
「いいよーっ! マルちゃん、泳ぐの得意だもんねーっ!」
「あら、毬萌だって得意じゃない」
「にははっ。あーっ、だったらコウちゃんも得意だよっ!」
「あれはちょっとジャンルが違うわね。潜水艦エノキ号じゃない」
氷野さん、聞こえているよ?
と言うか、俺、目の前にいるよ?
「そういう訳だから、ちょっと行ってくるわね!」
「コウちゃん、あとでねーっ!」
「おう。気を付けてな」
水泳ガチ勢が行ってしまった。
俺も泳ごうかと思うものの、ちょいと飯を食い過ぎたせいで気分が乗らない。
またビーチパラソルの下で、荷物番でもしておくことにしよう。
「桐島先輩、お疲れですか?」
そこにやってきたのはロマンチックな鬼。
もう、彼と俺との間には埋めようのない戦力差がある。
鬼神うっとり。
「いや、みんなが楽しそうにしてるのを眺めてんのも、なかなか乙なもんだ」
「なるほど。桐島先輩らしいですね」
「鬼瓦くんこそ、勅使河原さんと一緒じゃなくて良いのか?」
「朝からずっと一緒にいますので。彼女も女子同士の時間が必要かと」
俺は、「ねえ、なんで君には恋愛感情が芽生えないの?」と口に出しそうになるのを堪えながら、砂浜で遊ぶうちの女子たちを眺める。
「公平せんぱーい! 先輩も、一緒にお城を作りましょうよ!」
花梨がやって来た。
「おう。さっきから見てるぞー。力作が出来上がりそうだな」
「もぉー! なんで先輩、保護者目線なんですか!? 一緒にやりましょう!!」
「桐島先輩、ここは僕が見ておきますので」
「おう。そうか?」
「そうです! 見張りさせたら鬼瓦くんほど頼りになる人はいません!」
まあ、そこまで誘われたら断る理由もない訳であるゆえ、立ち上がるのもやぶさかではない。
「二人ともー! サボってた先輩を連れてきましたよー!」
「はわわ、公平兄さまー! お城が出来てきたのですー」
「せ、先輩、も、ご一緒に、いかが、ですか?」
仕方がない。本気を出すか。
別に、彼女たちを魅了してしまっても良いのだろう?
30分後。
「心菜ちゃん、やっぱ芸術の才能あるなぁ! すごい完成度だ!」
丁寧に建築された砂の城は、もはや一つの作品。
どうやったら砂だけでこんな立派な城が建つのか。
「むふー! こっちの窓があるところは、兄さまのお部屋なのです!」
うん。可愛い。
そして天使。
「勅使河原さんもすげぇな。逆に掘ったんだ! 発想の勝利だな!」
「い、いえ、そんな、お目汚し、です!」
周りを掘ることにより、安定感のあるオブジェが完成していた。
「こいつぁ、腕か? ……ああ、なるほど。彼の腕だな」
まごうことなき鬼の腕。
鬼神がっしり。
「それに比べて、花梨。俺らの合作は……」
「はい……。先輩と一緒なら、きっと最高のお城ができると思ったのに……」
「ま、まあ、これでも分かるヤツには分かるさ!」
「で、ですよね!? あたしたちのアートは、
鬼瓦くんがやって来た。
「皆さん、見事な作品ですね。おや、桐島先輩、それは、太陽の塔ですね!」
慌てて勅使河原さんがフォロー。
「た、武三さん! こ、これは、考える人、だよ!」
心菜ちゃんも見解を述べる。
「違うのです! プリンなのですー」
そして俺と花梨は叫ぶ。
「違うわい! こりゃあ、姫路城だよ!」
「石垣まで作ったんですよ!! もぉー!!」
「気にすんな、花梨。芸術ってのは、理解されないものなんだ」
「ですよね! ゴッホだって、生前は正当な評価がされなかったと聞きますし!」
「だよな! 俺たちゃ、現代のゴッホだ!」
「そうです! うちの絵があるので、今度一緒に見ましょう!!」
「おう! ……おう」
花梨の家、ゴッホの絵があんの!?
危うく流されそうになったけど、聞き漏らさなかったよ!?
もう俺、いつか冴木邸で名のある美術品壊すんじゃないかって、ずっとヒヤヒヤしてんの、花梨に伝わってないかな?
伝わってないよなぁ。
この前も、くそ高そうなペルシャ絨毯にグレープフルーツの汁ぶっこぼして笑ってたもんなぁ。花梨さん。
一応言っとくと、うちなら即、一家心中案件だよ?
親父がマッハで練炭買いに走るよ。
そもそもペルシャ絨毯どころか、この前ポテトチップス食った手をついカーペットで拭いたら、母さんが助走付けてドロップキックしてきたからね。
2900円のカーペットより、息子の背中に制裁加える方を選んだのよ。
「公平兄さまー」
心菜ちゃんが俺の腕に絡みつく。
うん。可愛い。
可愛いけど、ちょっとアレかな、良くないな。
心菜ちゃんは、自分の胸部の破壊力と言うものについて、一度学ぶ必要があるのではないだろうか。
押し付けられるアレは、スクール水着越しでも大層柔らかく、人の理性までスライムのように軟弱化させていくように思われる。
「こ、心菜ちゃん、あんまりくっちいちゃダメだよ?」
そうとも、勇気を持って言うのだ、俺。
こういう事は年長者が教えるべきなのだ。
さあ、言え、言うんだ、俺よ。
「はわー。公平兄さま、心菜がくっ付いたらお邪魔なのですー?」
悲しげな天使の横顔。
「ううん! 全然迷惑じゃないよ! むしろ嬉しい!!」
無理だったね!
天使に意見具申しようなんて、もうその行為自体が不届きだよ!
不届き者は罰せられるべきだよね!!
そして俺に忍び寄る、
フレキシブルかつダイナミックなフォームのバタフライ。
「ひぃっ」
水面から浮上したタイミングで目が合って、俺は命を諦めた。
「心菜! ダメよ、例え兄さまでも、そんなにくっ付いちゃ!!」
「はわー。仲良しなのにダメなのです?」
「そうよ! 仲良しでもくっ付けないこともあるの!」
「じゃあ、姉さまともくっ付けないです?」
「ゔあぁぁっ」
さすが氷野さんの妹。
ほんわかしているが、実に聡明。
「いやぁ、氷野さん、こいつぁ一本取られたなああっ! 痛い痛い痛い痛い」
「はわわー! 兄さまと姉さまも仲良しなのです!!」
心菜ちゃん、これは違う。
あえて名前を付けるなら、
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