第181話 ヤキモチ焼きの勅使河原さん

「いやー! やっぱこういうとこで食う飯は美味いなぁ!」

 俺は、アツアツのたこ焼きを頬張りながら言う。



「……あんた、蹴った私が言うのもアレだけど、なんでそんなに回復が早いの? ちょっと、ていうか、かなり? ゾンビみたいで怖いんだけど」

「はははっ! 氷野さんが手加減してくれたんだろ?」

「……私、光の速さで蹴ったつもりだけど」

 そんな、黄猿みたいな攻撃をされていたとは。

 俺も、ついに筋トレの効果が出始めたのかしら。


「コウちゃん、コウちゃん、たこ焼きひとつちょうだーいっ!」

「おう。ほれ、熱いぞ」

「わぁーいっ! はふっ、おいひーっ!」

「あ、ズルいです毬萌先輩だけ! あたしにもください!!」

「おう。分かった、分かった。ほれ」


 ちなみに、毬萌も花梨もやたらと身を乗り出してくるものだから、胸元が非常にスキだらけで困る。

 ああ、大丈夫。対策済みだから。

 俺は彼女たちにたこ焼きを差し出すときは、目を閉じているよ。

 もう蹴られるのはご免だからさ。

 俺の学習能力を誉めても良いのよ、ヘイ、ゴッド。


「それにしても、皆さん、水着姿が華やかですね!」

「おう。そうだな! 鬼瓦くんの言う通り! 見事に色もばらけたな!」

 女子を誉めるときは大きな声で。

 鬼瓦くんが俺に教えてくれた処世術である。

 そして、彼に便乗しておけば大けがもしない。

 これは、俺がこの数か月で学んだことでもある。


「毬萌先輩は白が似合いますし、冴木さんは黒が似合っていますよ!」

「氷野さんも良いと思うぜ、そのボーダー! 心菜ちゃんは最高! 最高!!」

 鬼瓦くんは、女子のファッションを褒めると言う定石を打つ。

 俺はただ愚直にそれを追走。

 女子力の高い鬼瓦くんであるからして、この波に乗っていれば間違いはない。


「おや、真奈さん。お皿がからっぽだね。何か取ろうか?」

「……別に。良いです」



 その場に南極の風が吹いたのかと錯覚した。

 背筋に悪寒が走り、こんなに暑いのに汗が引く。

 この感覚には覚えがあった。



 怒りの勅使河原さんである!



「毬萌先輩、これどうやって食べるんですかー?」

「イカ焼きはねっ、こうやって、ガブっといくんだよーっ!!」

「わぁー! ワイルドですね! あ、先輩、先輩、ソースこぼれちゃいますよ!」

「みゃっ!? 危ない、危ないっ! コウちゃんに怒られるとこだったよぉー」


 うちの女子の危機察知能力の低さよ!

 イカ焼きに夢中になってやんの!


「ちょ、ちょっと! あんた、何とかしなさいよ! 桐島公平!!」

 ああ、まだ頼りになる人が残っていたよ。

 勅使河原さんと仲の良い氷野さん。

 どうも、彼女は勅使河原さんの怒りに心当たりがある様子。

 賢人の知恵を伺おう。


「なんで勅使河原さん、いきなり怒ってんの?」

「……はあ!? それ、本気で言ってるの!?」

「本気も何も、心の底から不思議に思ってるよ?」

「……私、毬萌と冴木花梨には同情するわ。桐島公平、あんたダメ男ね」

 氷野さんに男としての資格をはく奪された。


「おう。申し訳ない。乙女代表として、ちょいと助けて下さい。氷野さん」

「……ったく。気付きなさいよ! あんたたちが私たちの水着を散々褒めて回ったでしょ!?」

「そうだね。本当にみんなよく似合って痛い痛い痛い」

 俺の太ももをモキョりながら、氷野さんは真実の鍵を差し込んだ。


「なんで勅使河原真奈だけ褒めてあげないのよ!!」



 ああ、なるほど!!



 頭の上にLEDライトが点灯した瞬間であった。

 いや、俺はてっきり、鬼瓦くんが褒めるものだと思っていたので、そんな事、まず発想からしてなかった。

 だって、あの鬼瓦くんだぞ? 女子力お化けの。

 彼としたことが、何というミステイク。

 鬼神うっかり。


「あー! そういやぁ、勅使河原さんのそのマントみたいなの、可愛いよな!」

「……パレオです」

「おう」

「……パレオです」



「バカなんじゃないの! あんた!!」

「ごめんよ、氷野さん。俺には荷が重すぎた」


 勅使河原さんの発するかがやく息は、俺たちの心を冷やす。


「毬萌先輩! 見て下さい、マリモおにぎりってメニューがありますよ!」

「えーっ!? ホントだっ! これは頼まなきゃだねっ! すみませーんっ!」

 生徒会の女子はフバーハ使ってんのか、まったくダメージのない様子。

 お前らも女子力低いなぁ。


「ったく、私が言うわよ」

「よっ! 待ってました!」

「だ・ま・り・な・さ・い!! 蹴り飛ばすわよ!!」

 みんなー。黙ってー。

 蹴り飛ばされるから、黙ってー。


「ちょっと、鬼瓦武三! あんた、隣にいる乙女の事を褒めないとか、正気!? この場で一番奇麗なのに!!」


 まさかのダイレクトアタック。

 そこは間接フリーキックくらいにした方が良いのでは。


「ヤメてください。氷野先輩。……別に、私、気にしてませんから」


 氷野さん? 氷野さん!

 なんか、グッと気温が下がったけど!?


「そ、そうなの? うん。まあ、あんたが良いなら、私の出る幕じゃないわね」



 ひ、氷野さぁぁぁぁん!!



「さっきからお二人とも何を言っているのですか?」

 ばっか! 君の鈍さについてフォローしようとしてるんだよ!!


 ジト目の勅使河原さんと、つぶらな瞳の鬼の視線が交差する。

 そして鬼は端的に答える。



「真奈さんの水着が似合っているのは当たり前じゃないですか」

「……えっ、あっ」

 勅使河原さん、突然のハンドリングに耐えられず、急停車。


「いえ、真奈さんの事はもうずっと見ていましたので、今更口に出して褒めるなんて失礼かと。……おや? もしかして、真奈さん、褒めてほしかったのかな?」

「……あ、あぅ。え、えっと、わた、私は」



「真奈さん。世界で一番その水着を着こなしているよ。すごく奇麗だ」

「あ、あぅぅ……。は、はい。えと、うぅ……」




 鬼神ストライク。

 直球でストライク。そして勅使河原さん、バッターアウト。赤面。



「……氷野さん、焼きそば食べる?」

「……貰おうかしら。……はあ」


 南極の風は去り、むしろアツアツで火傷しそうな熱風が吹きすさぶ。

 俺と氷野さんには、消費したカロリーを補給する権利があると思われた。

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