第176話 毬萌と誘惑

「コウちゃん、隙ありぃーっ!!」

「おぶぁっ! おまっ、ヤメろよ!」

「公平先輩、こっちがお留守ですよ! えい!!」

「へぶぁっ! マジでお前ら! なんで俺ばっかり!?」



 毬萌と花梨に何故か海水を顔面に浴びせられる俺。

 二人の連携は息がピッタリで、反撃のタイミングがない見事なもの。

 でもね、こういうのって、普通は掛け合いっこするよね?

 なにゆえ君たちは俺に集中攻撃するのさ?

 ちょいと、ルールについて議論が必要かな。


「あのなぁ、何事も限度や加減ってもんがあんだぞ! お前らはそもそも」

「公平兄さまー! はわわ、えいっ! なのですー!!」

「うわぁ! なんて水さばきだ! こいつは避けられねぇな!!」

 うん。可愛い。


「……コウちゃん」

「せんぱーい……?」


 そのあと、毬萌と花梨から無言のハイドロポンプの雨を喰らった。

 あれだ、ベジータがよくやるヤツ。

 連続エネルギー弾みたいなの。二人も使えるんだなって。


「やれやれ。俺ぁちょっと休憩だ」

「なによ、貧弱ね。これからが面白いのに」

 氷野さん、その手に持った巨大な水鉄砲で何をする気だったの?


「仕方ないわね。標的変更! みんな、ついて来なさい!」

「はいなのですー!」

「あはは! あたしも行きます!」

 そして勅使河原さんとボディボードで浮かんでいる鬼瓦くんを急襲する乙女たち。


「ゔああぁあぁあぁぁぁあぁあぁっ!!」

 氷野さんの水鉄砲が鬼瓦くんの顔面にヒット。

 鬼神びっしょり。

 さらに心菜ちゃんと花梨の追撃を喰らい、悶絶の鬼瓦くん。

 しかし、近くにいる勅使河原さんには雫の一滴もかからない。

 鬼神フバーハ。


「やれやれ。しばらく荷物番でもしとくか」

 ビーチパラソルの根元へ戻ってきた俺。

 まあ、荷物って言っても、サンダルとか上着くらいしかないのだが、野郎のものだけなら良いが、乙女の持ち物の方が多い。

 つまり、どこぞの変態が盗らないとも言い切れない。


「コウちゃーんっ!」

「おう。どうした、毬萌。まさか疲れたとか言わねぇよな?」

 体力お化けのお前が。


「むーっ。ひどいっ! せっかくコウちゃん寂しいかなって来たげたのにっ!!」

「そうかよ。別に寂しかねぇけど、ありがとよ」

「にひひっ! コウちゃんはわたしが居ないとダメだなぁ」

「どの口が言うんだ。そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ」

 そして俺は、毬萌の背中に手を伸ばす。


「みゃっ!? こ、コウちゃん……!?」

「おい。そんな乙女みたいな目をすんじゃねぇ」

「だっ、だってぇー。コウちゃんがさっ、背中に手を回すからさっ!」

「そりゃ手を回すわ。こんなもん貼り付けてんだから」

 俺の手には、でっかいワカメ。

 どこで付けて来たんだか。さぞかし良い出汁が取れそうだ。


「むーっ、むむーっ! コウちゃん、ムードが台無しだよぉ!!」

「いや、背中にワカメ張り付けた女子に言われたかねぇよ!?」

「だって、まだ聞いてないんだもんっ!」

「何をだ? ああ、今日の気温? 30℃余裕で越えるってよ」

「ちーがーうーっ!! コウちゃんのバカぁ!!」

 よく分からんが、へそを曲げる毬萌。


「なんだよ。せっかく新しい水着買ったのに、しょげてんなよ」

「それだよぉー!! もうっ、なんでコウちゃんは、いつもそうなのっ!?」

「おう」

「新しい水着の感想! わたし、まだ聞いてないもんっ!!」

「えっ、言ったろ? ショッピングセンターで」

「コウちゃんの鈍感っ! あれは試着でしょ! 本番は今日なのーっ!!」

 そんなものなのか?

 だって、感想だって変わりゃしねぇのに。


「ほら、見てーっ! フリフリだよっ! フリフリーっ!!」

「おまっ! 分かった! 分かったから、あんま跳ねるな! 回転するな!!」

 色々とアレがアレだから!

 もう、この子はこんなとこに来てもスキだらけだよ。

 どこぞに覗き魔はいないだろうな?

 周囲を確認。……良し、男の影はなし。


「それに、ほらぁ! スカートの下とか、見てないでしょー!?」

「ひぃやぁぁぁっ!? バカ、お前! スカート捲るんじゃないよ!!」

「にははっ! コウちゃん顔が真っ赤ー! 照れてるーっ!!」

「お前はもう少し照れろ!」


 そりゃあ下も水着なのは分かるよ。

 そう言う構造してるくらい、見たら分かる。

 しかし、お前、いくらなんでも無防備すぎる。

 男ってのはな、たとえどんな形してても、スカート捲られると見ちゃうの!

 これは言い聞かせなければ。


「毬萌。そういうのは、マジで他に人がいるとこではするんじゃねぇ」

「えーっ? 大丈夫だよーっ! 見えない、見えない!!」

「俺が嫌なんだよ! おまっ、毬萌が、どこぞの男のいやらしい視線に晒されんのが! 気付かないだけで、意外と見られてんだぞ、お前! 可愛いんだから!」

「みゃっ!?」

 はしゃいでいた柴犬の顔が、ボフッと音を立てて朱に染まる。

 やっと自分の行いの危うさに気付いたか。


「こ、コウちゃん、わたしのこと、可愛いって思ってるんだ……っ?」



 違ったよ。なんか言葉尻捕らえて、照れてやがる!



「い、今のは、言葉の綾だ!」

「でも、可愛いって言ったよぉー?」

「ぐっ。言ったけども!」

「じゃあ、やっぱりわたしの事、可愛いって思ってくれてるんだっ!?」

 ダメだ、アホみたいなこと言ってるのに、反論の余地がない。

 一番面倒なパターンのヤツ!



「ああ、そうだよ! お前は可愛いよ! 自覚持てよ!!」

「…………っ!!」



 おい、黙るなよ! 俺が恥ずかしいから!!



「じゃあ、じゃあさ、コウちゃん?」

「なんだよ? ……なんか、近くねぇか?」

 気付けば俺に向かって前のめりな毬萌。


 そして、とんでもない事を口走るんだから、もう手に負えない。



「わたしと、キス、したくなっちゃったり、す、する?」



 夏の海に住まう魔物の仕業か。

 毬萌の潤んだ瞳が、俺を捉えていた。

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