第175話 花梨と浮き輪
「いいわね、みんな! まずは準備体操をしっかりとするのよ!」
氷野さんが先頭に立って、みんなでまずは海に入る用意。
さすが、夏休み中もラジオ体操でぶいぶい言わせているだけあって、その統率力、衰える気配なし。
「はい! 次は、ペア組んで柔軟体操よ! 適当に相手捕まえて!」
なるほど、柔軟体操か。
それは俺の想定外だったが、考えてみれば海で泳ぐときに一番怖いのは足をつる等のハプニングであり、入念な体操は軽視すべきではないと思われた。
ペア作れって言われても、俺の相棒は一人しかいない。
「おーい、鬼瓦く」
「た、たた、武三、さん! その、一緒に、体操!」
「ははっ! もちろん。一緒にしようね!」
ダメだ。邪魔できねぇ。
これを邪魔するようなら、俺の男としての格付けは済んでしまう。
せめて三流くらいは死守したい。
「え、ええと……」
しかし、そうなると俺は必然的に女子と組まなくてはいけなくなる訳で。
心菜ちゃん。
いや、バカ、バッカ野郎! それは一番ダメなヤツ!
倫理的にも、絵面的にも一番やばいヤツ!
氷野さんと楽し気に柔軟体操しているので、あの姉妹は対象外。
仕方がない。
毬萌か花梨で手を打つか。
「あれーっ? コウちゃん、パートナーいないのっ?」
ヤメて。
グループ作りに失敗した子に声かけるトーンはヤメて。
「仕方がないですねー。あたしたちと一緒にやりましょう?」
だから、ヤメて。
友達いない男子に優しくする女子みたいなトーンをヤメて。
「コウちゃーん! 背中押してーっ!」
「おう。…………Oh」
例え相手が毬萌でも、ここまで薄着の無防備な背中を押せと!?
はは、ゴッドも無茶が過ぎるぜ。
もちろん助けてくれるんでしょう? うん。お願い。
ん? 押せる訳ないじゃん? えっ、押すの? ホントに?
「い、いくぞー」
ええい、ままよ。
「みゃあっ! にははっ、コウちゃん、手つきがいやらしくてくすぐったーい!!」
おい! 言い方!!
くすぐったいのと手つきがいやらしいの関係ないだろ!?
あと、いやらしくねぇよ!!
だから嫌だって言ったじゃないか!
ちくしょう、責任者を出せよ!
おい、ゴッド、どこ行った!?
「むーっ。これじゃ柔軟になんないよーっ! 花梨ちゃんお願いっ!」
「はーい! いきますよー。ぐぐぐーっと!」
最初からそうすれば良かったんじゃないのかね。
そして俺は学習する男。
花梨の背中には一切触れなかった。
「せんぱーい? そうやって前に立たれると、胸を覗いてるみたいですよー?」
言いがかり! 背中がダメだと思ったから正面に回っただけなのに!!
そして俺の番が来た訳だが、嫌な予感しかしない。
「じゃあ、コウちゃんは二人で押そう、花梨ちゃん!」
俺には「コウちゃんは 二人で襲う 花梨ちゃん」と言う物騒な川柳に聞こえた。
何という
頭の中ブルーハワイか、俺。
「じゃあ、毬萌先輩、せーのでいきますね。せーの!!」
「みゃーっ!!」
「おー、いい感じ、いい感じちょうど良い痛い痛い! ちょ、ま、痛い!」
激痛が俺を襲う。
それもそのはず、二人して俺の背中に乗っかってるんだもの。
背中にやけに柔らかいものが当たるなぁと思ったよ!
ちょっと、二人さ、本当に襲うことないじゃない。
なに? 今回こそラッキースケベ?
では聞くが、ゴッド。
今まさに俺の背骨がへし折れそうな負荷がかかっている、これがラッキーと?
あと、てめぇ、さっき俺が神頼みした時、どこ行ってやがった!?
「それじゃあ、みんな! 楽しく海で遊ぶわよ!」
「……おう。言っとくが、くれぐれも一人だけで海に入らねぇようにぐふぁっ、ああ、失敬。離岸流ってのもあるし、特に女子はナンパされたりもあるから……」
「桐島公平。あんた、言ってることは正しいけど、なんで死にそうなの?」
「気にしねぇで、みんなに号令かけてあげて。俺、大きな声でないから」
「……なんか、大変ね。じゃあ、お昼まで自由に遊びましょう!!」
「マルちゃん、心菜ちゃん、行こーっ!」
「あはは! 毬萌姉さま、お水の掛け合いっこするのです!」
「ちょっと毬萌! 引っ張らないでったら! ぐへへっ、あらやだ、よだれが」
背中を軽く痛めた俺は、とりあえずビーチチェアーに着席。
隣には、体育座りの花梨。
「おう。どうした、花梨」
「あたしの相棒を膨らませようと思いまして!」
そして取り出したのは、ピカチュウの浮き輪だった。
「おっ、ピカチュウだ!」
「あー。やっぱり公平先輩が反応しました! パパと事前協議したかいがあります!」
何やってんの、パパ上。
「へぇー。可愛いな。割と大きいけど、ポンプは?」
「はい? ポンプって何ですか?」
俺の頭の中の回路がカチりと音を立てて、すぐに答えを導き出した。
この子、浮き輪膨らませた事ねぇな。
「せんぱーい。浮き輪が全然おっきくなりませんー。くすん」
しばらく見守っていたが、半分くらい膨らんだところで花梨がギブアップ。
よく頑張った方だろう。
「貸してみ?」
「どうするんですか?」
花梨から浮き輪を預かる。
「俺が吹くに決まってんだろ? ここまで膨れてりゃポンプ借りに行くのも手間だ」
「え、あ、せ、先輩!?」
「ふぁ?
「あの、えと、そのーですね、吹き込み口が一つなので、あ、あたしとか、かかか、間接的な……き、キスを……!!」
「んあ? あんだって?」
必死に浮き輪膨らませてたんだから、何も聞こえないのも仕方なくない?
「ほら、どうにか俺でも膨らせることができたぜ。はい、どうぞ」
「もぉー! 先輩は、もぉー!! ホントに、何なんですか、もぉー!!」
この子はなにゆえご立腹なのかしら。
「俺ぁ貴重品だけロッカーに預けてくっから、そしたら海に入ろうか」
「……はぁい。……先輩のそーゆうところ、ホントにズルいと思います」
背中に何やら恨めしそうな視線を感じつつも、俺はロッカーへ。
そしてビーチパラソルのある拠点へと往復。
花梨とともに海へと出動した。
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