第173話 花梨と場所取り

「せんぱーい! おはようございますー!!」

「おう。おはよう。花梨、早いなぁ」



 俺たちの最寄り駅、宇凪うなぎ駅の前で花梨と待ち合わせ。

 時刻は朝の9時。

 なに? 昨日の夜は寝られたのかって?

 ははあ、さては合宿の時の寝坊を蒸し返すつもりか。

 ふふ、舐めるなよ? 何のためのライトセーバーだと思っている?

 一人でチャンバラごっこ30分していたら、知らないうちに寝ていたよ。

 残念だったな、ヘイ、ゴッド。


「公平先輩こそ早いじゃないですかー。まだ約束の時間まで結構ありますよ?」

「ふふふ、女子を待たす訳にはいかんからな!」

 実は早寝し過ぎたせいでめっちゃ早く目が覚めた事は内緒。


「えへへ、なんだかデートの時を思い出しちゃいますね」

「おう。そういやぁ、あの時も俺が先だったか」

「はい! でも、現地集合だったので、今日みたいに駅から一緒だと、これはこれでデートっぽくてステキです!!」

「そんなもんなのか。いまいち違いが分からんが」

「もぉー! ふふっ、でも、そんなところが先輩っぽいので許します!」


 そして電車に乗り込む。

 荷物は最小限に抑えたので、身軽なものである。

 昨日の話し合いで、ビーチパラソルだったりレジャーシートだったりは、現地で調達することに決まった。

 俺だってビーチパラソル担いで電車に乗れると思うほど自己を過大評価はしていないので、異論はない。


 そして到着。鮫ヶ浦さめがうら駅。

 改札から5分も歩けば、もうそこは砂浜と言う親切な駅である。


「わぁー! 潮の香りがしますね!」

「そうだなぁ。この匂いがすると、海! って感じがするよなぁ」

「先輩は去年、海に来られたんですか?」

「うんにゃ。来てねぇなぁ。と言うか、小学生以来かもしれん」


 泳ぐだけなら、もっと近場にプールがあるし。

 去年も毬萌とプールには数回行ったが、海には行こうと言う発想すらなかった。



 だって、暑いじゃん。

 知ってる? 暑いところに放置しとくと、エノキダケってしおれるんだよ?



 とは言え、気心知れた仲間たちとの思い出作りとあれば、話は別だ。

 エノキダケだって重い腰を上げちゃう。

 今年の夏は今年だけ。

 合宿の時も言った気がするけども、今を大事にできない者に明るい未来なんてものはやって来ないのである。

 えっ? 大槻班長が似たようなこと言ってた?

 うん。とっくにご存じだよ。俺もカイジで覚えたセリフだから。


「さて、予想より人が少なくて助かったな」

「ですね! もっと混んでるかと思ってました!」

「多分アレだな。ほれ、隣の市にデカい屋内レジャープールできたろ? あっちに人が流れてんだよ」

「あー、なるほど! 確かに、プールの方が色々と楽ですもんね」


 そうとも。プールなら、海水でベタベタしないし。

 日光も浴びずに済むし。そもそも涼しいし。

 まあ、おかげ様でここいらの領海権は俺たちが頂くけどな。


「すみません。レンタルをお願いしたいんすけど」

「はいよ。お得なセットもあるけど、どうする?」

 海の家の日に焼けた気さくなお兄さんが応対してくれる。

「7人なんですけど、いい塩梅あんばいのセットってあります?」

「あるある! なんだ、お兄ちゃん、彼女と二人きりかと思ったよ」


「いや、彼女じゃないです」

「そうです! 許嫁いいなずけです!」


 えっ。花梨さん?


「もぉー。なんで驚いた顔してるんですかー? 少なくともあたしとパパはそう思ってますよ? えへへ」

 下手に返事をするとヤブヘビな予感が脳裏を走る。

 俺、だんまり。ヘビには走り去ってもらおう。


「じゃあ、セットでお願いします。お会計は?」

「帰りで良いよ。メンツ揃ってないなら、そっちんが良いっしょ?」

 お兄さん、サングラスの奥には慧眼けいがんが隠れていたか。


「そんじゃ、ビーチパラソル3つ、チェアーが4つ、マットの大が2つ、……まあ、こんな感じ? シャワーと更衣室は料金に含まれてるからね」

 至れり尽くせりである。

「まー、あと足りないものあったら言って? お兄ちゃんの顔覚えたからさ。サービスしちゃうよ」

 重ねてありがたい。サービス業の鏡のようなお兄さん。



「せんぱーい? 平気ですか?」

「お、おう。おひゅう……こ、これで、全部、運び終わった、ぞい」

 聞いて、ゴッド。

 今回、道具の全てを俺が運んだの。

 凄くない? 凄いよね? 花梨の手を借りなかったの!

 それで今、最後の力を振り絞って、パラソル一個立てたところ。


「よ、よっしゃ。俺ぁ、もうしばらくここから動かんぞ」

「あはは! お疲れ様です! 先輩、結構カッコ良かったですよ?」

「だろう? 実は俺もそうじゃないかと思ってた」

「ふふっ、自分で言っちゃうんですね」

「おう。……花梨、水着に着替えてきてもいいぞ?」

「あー。先輩、あたしの水着早く見たいんですねー?」

「違うよ。暑いんじゃないかと思って」


 すると、いたずら顔の花梨さん。


「じゃあ、カッコ良かった先輩に、ご褒美あげちゃいます!」

「おう。何くれるんだぁあぁ、ひゃあぁあぁぁぁっ!?」

 あろうことか、上着を抜き始める花梨。

 それはいかん。ご褒美の貰い過ぎである。

 オーバーキル! オーバーキルやで!!

 やめたってぇ! 君のパパ上に叱られちゃう!!


「想像通りの反応、ありがとうございます! せーんぱい!」

「ばっ! おまっ! ホント、ばっ!!」

「よく見て下さいよー」

「見れるかい!!」

「せんぱーい? 何を想像しているのか知らないですけど、あたし水着ですよ?」



 ……えっ?

 あ、本当だ。黒いパイナップルの水着だ。見覚えがある。



「えへへ! こっちの方が着替えの手間が省けると思ったので! よいしょっと」

「……あれ? また上、着ちゃうの?」

「はい。日焼けしちゃいますからね! ……もっと見たかったですか?」

「ばっ! そんなんじゃねーし! ばっ!!」



 それから一時間。

 花梨にしっかりとからかわれつつ、時間を潰した。

 やたらと彼女が楽しげだったので、まあ良しとする。


 そして、少しずつメンバーが集まり始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る