海水浴編

第172話 海水浴前日と打ち合わせ

 パティスリー・リトルラビット。

 夏休みに入ってすぐお世話になった俺のバイト先である。

 が、今日は働きに来たわけではない。



「すみません、大勢で押しかけちまいまして」

 本日は、明日に控えた海水浴の打ち合わせ。

 参加メンバーは合宿の時と同じく7人。

 この大所帯が入れる家となると、冴木家か鬼瓦家しか選択肢がない。

 ファミレスや喫茶店でも良かったが、賑やかになると周りに迷惑がかかる。


 ならば、リトルラビットになら迷惑をかけても良いのか。

 当然の疑問である。

 が、俺たちを出迎えてくれたパパ瓦さんが言うのだ。

「なぁにぃ、気にしないでぇおくれぇよぅ! せがれの友達がこんなに来てくれるなんてぇ、嬉しいじゃあないのぉ! ぶるぅあぁぁあぁぁあぁっ!!」


 そしてママ瓦さんも言う。

「うちの人がただでさえうるさいから、いくらでも騒いでくださいな」

 最後に鬼瓦くんが締めくくる。

「そういうわけですので、遠慮は無用です。どうぞ、奥の休憩室を使いましょう」


 そして従業員用の休憩室に行くと、人数分のケーキが用意されている。

 鬼神にっこり。


「あ、わた、私、紅茶、淹れます、ね!」

「悪いなぁ、真奈さん。じゃあ、僕はカップを。ああ、場所は覚えてる?」

「う、うん。平気、だよ!」


 勅使河原さん、ついに鬼瓦家の給湯設備にまで明るくなったのか。

 それでも鬼瓦くんは彼女のことを「最高の親友」と呼ぶ。

 なんというもどかしさか。鬼神もっさり。


「花梨ちゃん、見てーっ。コウちゃんが、多分自分のこと棚に上げてるっ!」

「ホントですねー。あれは、人の事ばかりに気が付く時の顔です!」

「まったく、コウちゃんは、ホントにもうだよっ」

「一度お説教してあげた方が良いかもしれませんね!」

 なんか知らんが、俺が悪口を言われてる。言われたい放題している。

 いじめカッコ悪い。


「公平兄さまー。ケーキ食べても良いです?」

「おう。ああ、いや、鬼神お兄ちゃんに聞いてごらん?」

 いかんいかん。ひと様の家で勝手に音頭を取るところだった。

「鬼神兄さまー! 心菜、このブルーベリーのヤツ食べたいのです!」

「もちろん食べていいよ。おかわりもあるからね」


「良かったわね、心菜。じゃあ、いただきましょうか」

「はいなのですー。姉さま、イチゴのヤツじゃなくて良いのです?」

 イチゴのヤツは、俺の目の前にあるね。

「あー、氷野さん。良かったら、これ。交換しようか」

「ゔぁあっ」


 甘いケーキのために苦い顔をした氷野さんだが、最終的にトレードに応じた。

 勅使河原さんがお茶を用意してくれて、円卓会議の準備は完了。

 テーブルは長方形だが、気にしてはいけない。

 シュタインズ・ゲートで学んだ。


「まあ、今回は日帰りで遊びに行く訳なんで、荷物は少しで済むな」

 まず、先陣を切る俺の意気や良し。

 なんてシャープな発言。


「はあ? 海水浴なんだから、大荷物になるに決まってるでしょ!?」

「せんぱーい? 女子は色々と大変なんですよー?」

「にははっ! コウちゃん、ダメダメだーっ!」


 なんで俺いきなり集中砲火浴びてるん?


「そうですね。スキンケアに着替え、かるく羽織れる服。荷物は増えますね」

 鬼神嫁入り。

 信じていたのに、君まであっちの人間、いや鬼だったのか。

「わ、私は、できるだけ、荷物減らします、よ? 桐島、先輩!」

 おう。鬼瓦婦人、もとい、勅使河原さんの気遣いが逆に刺さるね。


「心菜は水着だけ持っていくのですー! 家で着て行ってもいいです?」

 うん。可愛い。

 天使だけはやっぱり天使。


「とりあえず、鮫ヶ浦さめがうら海水浴場で良いよな?」

 宇凪市近郊の、最もポピュラーな海水浴場である。

 電車で20分と、立地も悪くないのがステキ。


「なるべく早く行った方が良いわね。と言うか、場所取り役を決めましょう!」

 なるほど、氷野さんの言うことはいつも筋が通っている。

 遅れてノコノコやって来て、ビーチパラソルも立てられないのは御免だ。


「コウちゃんは決定として、あと何人いるかなぁー?」

「公平先輩一人だと、ビーチパラソル立てられませんよ?」

「それでしたら、僕が行きましょうか」

「で、でも、武三さん、お菓子の用意も、するんだよ、ね?」

 ん? 何か言えって?

 ははっ、バカだなぁ、ヘイ、ゴッド。

 こんなの、もはや様式美みたいなものじゃないか。予定調和だよ。


 そして、俺に帯同する者は、あみだくじで決められることとなった。

 年齢的な問題で心菜ちゃん。

 そして、軽食を作る関係で鬼瓦くんは除外される。


「あ、やりました! あたし当たりです!」

「うぅーっ。花梨ちゃん、くじ運良いよねぇー。ぐすんっ」

「とりあえず、エノキダケのお供を当たりって言ってんの、あんたたちだけよ」

 氷野さん、奇遇だなぁ。

 俺も今そう思ってたところ。



 それから、「女子だけで持ち物の分担決めるから、コウちゃんはあっち行ってて!」と言う理不尽な言い分で追い出された俺。

 なるほど、男に聞かれたくない準備もあるのだろう。わかる。

 でもね、鬼瓦くんが普通に残っているところにはいささか納得がいかない。


 通路でしょんぼりしていると、パパ瓦さん登場。

「桐島くぅぅん! 気を落とすんじゃあないよぅ! 聞かれたくないってことはだねぇ、それだけ異性として意識されてるって事さぁ! ほら、これ食べなぁよぅ!」

 なんと、こんなにワイルドなパパ瓦さんまで女子力が高い。

 大鬼神うっとり。クッキーしっとり。

 どうなってんだ、鬼瓦家は。



 何はさておき、会議も終了。

 いよいよ明日は海水浴!

 夏の思い出を作るならここと、ゴッドも手招きしているようである。

 ならば乗ろうじゃないか、その波とやらに。

 別に、俺が青春を謳歌してしまっても構わんのだろう?

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