第169話 心菜ちゃんと山ガール

 やって来たのは某総合スポーツショップ。

 全国展開しているチェーン店である。

 さすが、体力のある店は敷地面積からして違う。

 広いスポーツショップに来るとソワソワしちゃう。

 だって、俺、男の子だもん。



「わぁーっ! 見て、コウちゃん! 水着がいっぱいあるーっ!」

「もう水着は良いだろ!? こないだ買ったじゃん!」

「だって、水着売り場にコウちゃん連れてくと楽しいんだもんっ!」

「や・め・ろ! 水着なんて一着ありゃ充分だ! そう言えば、氷野さん」

 俺は「よく考えたら氷野さん海に誘ってなくね?」と気付く。


「なによ?」

「いや、今度みんなで海行こうって話になってんだけど、氷野さんは」

「どこ見てるのよ、いやらしい!!」

 どこも見てないよ? 強いて言えば、マネキン見てた。


「心菜も行くのです! キャンプの時に、兄さまと約束したのですー」

「……は? 桐島こーうーへーいー?」


 俺は命を諦めた。

 なんだか久しぶりだなぁ、命を諦めるのも。

 そして、「久しぶりに命を諦める」ってすごい日本語だぁ。

 なんて破天荒はてんこう


「マルちゃん、行けないかなぁー?」

「姉さま、行かないのです?」


 どうやら本日は俺の方が多勢らしい。

 天使と天才に背中を預けられる、この安定感たるや、もう半端ない。

 いっそセクシーだね。


「……行きましょう! 心菜を一人でなんか行かせられないし、この男が人目を盗んで毬萌にいやらしい事をしないように見張っとかなくちゃいけないわ!」

 氷野さんが根負けする珍しい展開。


「そんなら、氷野さんは水着も買った方が良いんじゃねぇの?」

 なんで俺すぐ失言してしまうん?


「はあ? なんでよ? 別に、去年の水着で充分でしょ?」

「えっ、いや、サイズとかが」

「は?」

「ん?」


「いや違うんだ別に氷野さんの胸が成長していないとかそういう意味で言った訳じゃなくてマジで純粋に疑問に思っただけで本当に悪気はなかったうぁあぁあぁっ!!」


 ねえ、ヘイ、ゴッド?

 ドラゴンボールでさ、人造人間編の最初の辺あるじゃん。

 そうそう、ヤムチャが20号を一般人と間違えて隙を見せたシーン。

 あのシーンと今の俺、似てない?

 うん。体の持ち上げられ方とか、そっくり。今から腹に穴が開くよ。


「ま、マルちゃん! 落ち着いてーっ! コウちゃんが賢者の石になっちゃうっ!」

 あー。なるほど。

 毬萌はそっちで来たか。氷野さんがスカーのパターンね。

 うん。それもアリ。


 どうにか水着売り場を生きて脱出した俺は、3人と登山用品コーナーへ。


「結構可愛いウェアがあるんだねーっ! 見て、コウちゃん! 似合うー?」

「おう。いいんじゃねぇの? 下になんか履くんだろ?」

「あ、当たり前でしょーっ! タイツも買うもんっ! コウちゃん、エッチ!」

「いや、普通に疑問に思っただけだぞ。ミニスカートで登山すんのかなって」

「しないよぅっ! ……で、でも、コウちゃんがしてほしいならっ!」

 覚悟を決めた顔をするのはよせ。

 なんで大事な幼馴染にそんな破廉恥はれんちな恰好させにゃならんのだ。


「兄さまー! 心菜、このスカートが良いのです!」

「おう。可愛いな。良いんじゃねぇひゃおぅ」

 首がモキョッとしたよ。

 こんなに首の可動域があるの、自然界では俺かフクロウくいらのものだよ。


「ダメよ、心菜! そんな、山歩きでスカートなんて! 絶対にダメ!!」

「ええー? ダメなのですー?」

「あ、マルちゃん、これ、スカートに見えるけど、違うみたいだよっ! えっとね、ラップショーツって言うんだって」

「え、そうなの? ……へぇ、スカートみたいなショートパンツなのね!」


「心菜ちゃんと氷野さん、お揃いにしたら良いんじゃねぇの?」

 首をモキョられてすぐに回復。

 この回復力こそ、俺の真骨頂。


「たまにはいい案を出すわね! 桐島公平! 心菜、お揃いにしましょう!」

「わぁーいなのですー」

「わたしは、最初に見たスカートにするねっ!」


「あとは、速乾性のインナーとか、タイツとかだな。重ね着が基本らしいぞ」

「ふぅん。分かったわ。もう良いわよ、桐島公平」

「そだねーっ。あとは女の子だけの方が良いから、コウちゃん」


「あっちに行きなさい」

「向こうで待ってて良いよーっ」


 ここに来て、ふと思う。

 果たして俺はスポーツショップに来る意味があったのか、と。

 なんか悔しいから、俺もTシャツでも買うか。

 金ならあるんだ!


「兄さまー! 見て下さいですー!」

「おう。どうした、心菜ちゃはぁぁあぁあぁぁん!!」

 そこには、山ガールになった天使がいた。

 これはいけない。何と言う破壊力。

 こんな山ガール見た後だと、他の山ガールなんて山賊にしか見えんぞ。


「きーりーしーまーこーうーへーいー!!」


 あ、山賊だ。



 3人とも、立派な山ガールになった模様。

 足元には登山靴。

 ピンクが基調の毬萌に、黄色い天使の心菜ちゃん。

 青い山賊……クールビューティー氷野さん。

 帽子もしっかりと装備。問題はなさそうだ。


 俺はTシャツを買った。

 元々、リュックサックは登山用の物が家にある。

 そうとも、親父が買って一度使って放置してあるものを、俺が貰った。

 同様に、登山靴も帽子も持っている。そっちは親父が一度も使わずにくれた。


 3人が会計を済ませている間に、俺は携帯食や行動食、予備の靴紐や良さげな水筒などを購入。

 結構な量を買ったのに、意外と良心的なお値段にほっこり。

 さすがは全国チェーン店。



 店の外で女子たちと合流。

 そして最終確認。


「さて、準備はこんなもんだな! 明日は天気も良さそうだ」

 とは言え、山の天気であるからして、準備はしていくつもりだが。


「片道2時間の登山とは言え、油断は大敵! しっかり準備しような!」


「この男、準備とか予防とか、その辺の手回しだけは異常よね。もう病気よ」

「にははっ! コウちゃん、お出掛けするときは頼りになるんだよーっ」

「兄さまがいれば安心なのですー」



 運動以外なら任せとけ!

 可憐な女子のためならば、俺は危機管理の修羅しゅらとなろう。

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