第167話 花梨パパとよく分かる帝王学
「先輩はやっぱり落ち着いた色が似合います!」
「だよね、花梨ちゃん! でもでも、ちょっとトリコロールカラーのネクタイとかで遊び心を加えちゃうのはどうかな!?」
「あ! パパにしては名案! うん、イイ感じ!」
俺は蝋人形になったのだろうか。
いや、違う。
さっき、うっかりネクタイの値段を聞いてしまったのが原因だ。
でもね、多分嘘だと思うの。
だって、原付バイクより高かったんだもん。
「おい! 同じ柄の、金細工が入ったものを寄こせ!」
「ははっ。こちらに」
「公平先輩、あたしが締めてあげますね! えへへ! なんだか、新婚さんみたいですね! もぉー、恥ずかしいです!!」
そのまま意識が落ちるまで締め上げてくれないか。
俺はこれから、一体どこの魔境に連れ去られるのか。
その社交界とか言うの、会場は駅前のすたみな太郎じゃダメなの?
「それでは、参るぞ! 車の用意をせよ!!」
「今日はエスコート、お願いしますね、せーんばい!」
エスコートするから、代わりに俺の介護する人呼んでくれる?
もう倒れそう。
「それでは、来賓の方々を代表して、冴木花太郎様よりお言葉を
「くっくっく。では、行ってくる」
「パパ、頑張ってよ! 先輩も見てるんだからね!」
俺はさっきから鳥を見ているよ。
ああ、あれはカモメさんかなぁ。
「本日も暑い! しかし、それゆえに涼やかな風を感じられる喜びもある! どうか、諸君もこの時を全身で味わってくれ! 以上!」
すごいなあ、パパ上。
ざっと見積もっても500人はいる人の前で、堂々として。
そしてパパ上の帰還。
「花梨ちゃん! パパ、どうだった!? イケてたかな!? ちょっと噛みそうになったの、バレてないかな!?」
「まあまあって感じ。学校で演説する先輩の方が100倍カッコいいけど!」
「め、滅多な事言うんじゃないよ、花梨! 花梨さん!」
そして、司会者の「ご歓談を」と言うセリフを合図に、立食パーティーが始まった。
「公平先輩、なにか食べましょう!」
「ええ……。食欲ねぇなぁ……」
さすがの俺だって、こんな場違いな所で食いしん坊万歳なんて言えるか。
「じゃあ、飲み物を取りに行きましょう! ほら! 先輩、エスコートですよ!」
「お、おう。こうなりゃヤケだ! どうぞ、お姫様!」
「あはは! やりました! 苦しゅうないですよ、せーんぱい!」
花梨の手を引き、さぞや名のあるお飲み物を片手に、会場の端へ移動。
「花梨はこんな凄まじい場所によく来んのか?」
「いえいえ、滅多に来ないですよ! こういうの苦手ですしー」
「その割にゃ、慣れてると言うか。やっぱ、お嬢様なんだなぁ」
「もぉー。そうやって距離を取るの、ヤメてもらえますか!? あたし、学校で先輩と生徒会室に居る時の方が、何百倍も好きなんですから!」
ニッコリ笑って、一歩下がった花梨。
「ひゃっ!?」
ちょうどそこを歩いていた青年のグラスの中身が、花梨にかかってしまう。
年の頃は二十歳そこそこ。
身なりも整っていれば、顔立ちも整っている。
「おい! 酒がこぼれちまった! どうしてくれる!?」
ええ……。
こんなステレオタイプなお金持ちのご子息、いるんだ。
「す、すみません! あたし、不注意でした!」
「ちっ。貧相な連れだな!」
「……あの! 先輩のどこが貧相なんですか!?」
「おいおい、よせって花梨」
「ちっ。鬱陶しいヤツ!」
俺を見て、どこぞのご子息、舌打ち。
そして、あろうことか、グラスに残った酒を花梨に向けて放つもんだから、体が勝手に動いてしまった。
「こ、公平先輩!!」
顔面にお酒のシャワー。
くっせぇなぁ。
……それよりも、パパ上が見繕った服が汚れたんだけど!?
「はっ! 貧相な面が少しはマシになったじゃないか! どうした、声も出ないか!?」
「いえ。なんつーか……」
「なんだ? 言いたい事があるなら、ハッキリ言ってみろ!」
「はあ。そんじゃ、少し。こんな綺麗な女子に酒ぶっかけて興奮するとか、あんた、頭がおかしいんじゃねぇっすか? 少なくとも、相当歪んだ
俺みたいなモヤシがまさか噛みつくとは思わなかったらしく、ご子息が
その隙に乗じちゃうんだから、俺ってば食いしん坊。
「俺に酒かけて楽しむ分にゃ良いですけど、うちの大事な後輩に一滴でも汚ぇツバ飛ばしてみやがれ。タダじゃ済みませんよ?」
——俺が!
さあ、えらい事になったぞ、とりあえず海に身を投げるか。
覚悟を決めた俺の前に、デカい背中が現れた。
「ふんっ。今日は帝王学を教えてやるつもりだったが、その必要はないようだな!」
「パパ!」
花梨と一緒に、俺も心の中で叫ぶ。「パパ上!」
「おい貴様。
こんな怖いジャギ様、見たことないね。
「さ、冴木様!? いや、ち、ちち違うんです! そっちのガキが!」
「お前が酒をぶっかけた男は、ワシの将来の息子だが?」
「うひ、ひぃ!? す、すみま、せっ! ご、ごめんなさっ」
気の毒なくらいの怯え方である。
動物病院に連れてこられたチワワかな?
「お父さん、俺ぁ別に平気ですんで。……と言うか、服、汚しちまって」
俺の方こそ、本当にごめんなさい。
右手の指全部で足りますか?
「帰るぞ! 興が削がれたわ! おい、屋敷の磯部に大至急連絡しろ! ……空輸しておいたメロンを冷やしておけ、とな!」
その後、冴木家の超浴場で酒を洗い流して、デカいテーブルでめちゃくちゃ美味いメロンをご馳走になって、俺は帰宅した。
疲れた体をベッドに倒してスマホを見ると、メッセージが。
再生をポチる。
「先輩、すっごくカッコ良かったです! あの、だ、大好きですよ、せーんぱい!」
なんと言うダイレクトアタック。
酒を浴びただけで好感度が上がるとか、社交界って凄いなぁ。
おや。もう一件メッセージが。
「貴様ぁ! ……なんと言うか、ええい、惚れ直したぞ! 好きだぞ貴」
パパ上……。
どうやら、沈黙が長すぎてメッセージが途切れた模様。
最後まで入らなくて本当に良かった。
あと、今日もメロン、ありがとうございます!
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