第166話 花梨と豪華客船

「はい、もしもし。こちら桐島」

「くっくっく。猛暑の中、さぞかし弱っているであろう、貴様!」


 あ、花梨パパだ。


 人間の適応能力ってすごい。

 もう着信画面に花梨って表示された時点で、「花梨と花梨パパ、五分五分だな」とか思うようになってるんだもん。


「いやぁ、ホントに暑いですね。参っちまいますよ」

「ふんっ。このワシを相手に物怖じせぬようになるとは! ……見事よ!」

「ええ。最近、結構な頻度でお声を聴いてますんで。慣れました」

「くくくっ。政財界の重鎮ですらワシを見ればおののき、声を聞けば震えると言うのに! どうやら、貴様の素養が目覚めつつあるようだなぁ!!」


 まあ、一般論で言えば、である。

 夏休みのド平日の真昼間から後輩の父親と電話してるのはおかしい。

 そしてなにより、それに慣れた俺が一番おかしい。

 分かってるんだ、分かってるんだけど。



 このおじさん、メロンくれるんだよ!



 俺ぁ本当にメロンが好きで好きで仕方がねぇんだ!

 これまでは、アンデスメロンだって滂沱ぼうだの涙を流して喜んでたのにさ。

 このおじさん、舌がとろけそうなメロンくれるんだよ!

 もうね、舌どころか、脳まで蕩けちゃいそう。

 そう言う訳で、花梨パパの声を聴くとよだれが出るまである俺だ。

 パブロフのエノキダケとののしられても構わない。


「して、貴様。今宵の予定はあるか。いや、あるなら、無理にとは言わんが、ああ、別に貴様のために予定を合わせたりしてるんじゃないからな!?」

「暇です!」

 メロンくれるんですか!?


「ちょっと! パパ、いい加減に電話貸して! あと邪魔だから!」

「えっ、ちょっ、花梨ちゃん! パパ、まだ話し足りな」


「せんぱーい! ごめんなさい、うちのパパが急に電話しちゃいまして!」

 うん。慣れてるから平気だよ。

 付け加えるなら、君のパパも急だけど花梨さんもだいたい急だよね。

 似たもの親子だよ。


「それで、夕方からなんですけど、お暇ですかー?」

「おう。メロン、いや、暇だぞ?」

 メロンくれるんでしょ?

 ダイエットはもう嫌だけど、あの地獄ですら、先のメロンが見えたら俺、頑張っちゃうかもしれない。


「えっとですね、実は今日、クルーズ船でパーティーがありまして」



 えっ? なに? トム・クルーズ?



「ごめん。ちょっと意味が分かんなかった。俺の頭が悪いのかな」

「あはは! もぉー、先輩ってば! 船上パーティーですよー!」

「あー。うん。知ってる、知ってる。屋形船ってヤツだ」

 なんだ、驚かせてからに。

 乗ったことはないけど、屋形船くらい俺だって知ってるよ。


「あ、そっちじゃないんですー。クイーンオーシャンって言う、ちょっと大きなお船に乗って、ご飯食べたりするんですけど」

 俺はスマホを耳に当てたまま、パソコンを立ち上げる。

 何やら船の名前に聞き覚えがある気がしたのだ。

 まあ、そんなはずはないけども、一応確認のために。

 グーグル先生、嘘だと言っておくれ。


「先輩には、あたしのエスコートをしてもらえないかなって! えへへ!」

「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

「ひゃあっ!? せ、先輩、どうしました!?」


 パソコンのモニターには、冗談みたいな豪華客船。

 これ、あれだ。この前テレビで特集してたヤツだ。

 日本にちょいと立ち寄るよって言ってた、外国のどえらいお船や!


「す、すまん。いや、ちょっと今回ばかりは、俺ぁ」

「あ、お洋服ですか? 大丈夫です! バッチリ用意してあります!」

「いや、花梨さん、俺ぁ船が」

「おっきな船ですし、停泊しているから酔ったりはしませんよ!」

「……あの、えっと」


「先輩の好きなメロンもありますよ!」



 今回ばかりはメロンと釣り合いが取れてねぇんだよ!!



「あ、あんたー! なんか、バカみたいに長い車が来たよ! 降りてきな!!」

 階下からは、母の悲鳴が聞こえる。


「あ、着きました? パパが、ワシが迎えに行くって張り切っちゃって」

 逃げ場がなくなった。


「じゃあ、先輩! とりあえず切りますね! また後でー」



 階段をダッシュで降りる俺。

 頼む、母さん。息子を守って!


「……あんた!」

「か、母さん!」


「立派にお勤め果たして来るんだよ!」

母さんばばあ、その両手のメロンはなんだ!?」

 先メロンだよ! もう母さんが落ちてる!


「くくくっ。貴様、お母様は大層な美人ではないか!」

「あら、いやですよ、もう! このダンディなお方は!」

 頬を染めるな、母さんクソばばあ



「では、行くとするか。貴様、乗るが良い」

 母親によって無理やり玄関から追い出された俺を、リムジンがお出迎え。

 よくこの細い道に入って来たな、この長い車。


 そして、花梨パパの剛腕に掴まれて、車内へ。

「くくくっ。カクテルだ。心配するな、アルコールは入っておらん。貴様の好きな、メロンをベースに作らせたぞ!」


 あ、美味しい。


花太郎はなたろう様、ご自宅に向かわれますか?」

「うむ。少し急ぎで頼む。この男の社交界デビューだ。良い服を見立ててやらねばならん! くくくっ、腕が鳴るわい!」


 そして冴木邸に到着。

 そりゃ着くよ。うちから5キロだもん。


「せんぱーい! いらっしゃいませー!」

「お、おう。……はへぇ」

「……ん? どうしたんですか?」

 花梨は、桃色のドレスを身にまとっていた。


「いやぁ、なんか、すげぇ綺麗だなって」

「え、あ、う、嬉しい、です! もぉー! 先輩、不意打ちはズルいですよぉー!」



 言いたいことは山ほどあるが、端的に纏めよう。

 不意打ちがズルいのは、花梨さん、君の方だぞ?

 あと、パパ上、名前は花太郎って言うんだ? 意外と可愛いね。

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