第165話 毬萌とフリーマーケット

「コウちゃーん! あついーっ!!」

「……俺だって暑いよ。ほれ、アクエリアス」

「うん。むーっ! ぬるいよぉー、コウちゃーん!」

「しゃあねぇだろ。このくそ暑い中置いといたんだぞ」


 俺たちは、駅前広場に座っている。

 辛うじて屋根はあるものの、外であるため控えめに言ってもくそ暑い。

 なにゆえ俺はこのような苦行に身を投じているのか。

 まずは、その説明からせねばなるまい。



「あんたー! 起きて来な! ちょいとー!!」

 時計を見ると、まだ朝の7時であった。


 当然のように無視をする俺。


「あんたのヨーグルトに歯磨き粉ぶち込むよ!!」


 俺の作ったヨーグルトに恨みでもあるのか、母さん。

 そんなことしたらお腹壊すじゃん! 見た目で分かんねぇとこがより悪質!!


 そして今日も母に負け、眠たい体を引きずって、台所へ。


「なんだよ、母さん」

「これから、フリーマーケットに行くわよ!!」


 何言ってんの?

 あと、ちょっと涼宮ハルヒっぽく言うのマジでヤメて。

 俺大好きなの、ハルヒシリーズ。

 これからあの名作を読む度に母さんばばあの声がリフレインするじゃん。


 呼び鈴が鳴る。

「ほら見な! あんたがグズグズしてるから、毬萌ちゃんたち来ちゃったよ!」


 玄関には、俺と同じように寝ぼけまなこの毬萌が。

「……おはよー、コウちゃん、好きー」


 この子、寝ぼけて何言ってんの?


「あらまあ、毬萌ったら! 夢の中でコウちゃんに嫁いじゃったのかしらね!」

「いやだわぁ、神野さん! うち、まだベビー用品しか買ってないのに!」

「まあ! うふふふふふっ!」

「ねぇ! がはははははっ!」


 そして、俺と毬萌は、うちの親父が運転する車に乗せられる。

 拉致だよ。もう、こんなの。


 到着したのは駅前広場。

 朝っぱらからもの凄い人の量である。

 看板には『第3回、大フリーマーケット開催!』と書かれていた。

 ここでようやく状況を理解。


「いらないものはこの中に入ってるから、しっかり売るんだよ!」

「百歩譲って店番するのは良いとしても、事前に言えよ、母さん」

「言ってなかったかね?」

「聞いてねぇよ!」

「あんたが使わなくなったものも、適当にぶち込んであるからね!」

「なんだよ、勝手に俺のおぉぉぉぉおい! これ、俺のライトセーバー!!」


「そんなオモチャ、もういらないだろ!?」

「いるよ! なんなら買ったばっかだよ! ヤメろよ、マジで! 俺の宝物だぞ!!」

「なんだい、そんな棒切れ。まあ、いいわ。昼にまた来るから、色々売っときな!」

 そして去って行く母。


「にへへー。コウちゃん、それはまだ早いよぉー」

 なんでこの子、この状況でまだ寝てられるん?



 さすがに暑さには毬萌も耐えられなかったらしく、程なくして覚醒。

 その後は文句を言ってばかりである。

 とりあえず、熱中症や日射病になられちゃかなわんので、麦わら帽子を渡して、様子を見ながら水分補給させる。


 客なんか来やしない。

 当たり前だ。本当にうちでいらないものだもん。

 うちの生活水準でいらないものって、それもう世間で何て言うか知ってる?


 ゴミだよ!!

 ゴミ並べて、「いらっしゃい」って言えってか!?


「あーっ! コウちゃん、見て! アイス売ってるーっ!」

「マジか! 買おう!」

 即断即決であった。


「トルコアイスとか、洒落たもん売ってるな。あー、うめぇ」

「ねーっ! にははっ、伸びるーっ!」

「おいおい、こぼすなよ! 染みになっちまう。ほれ、俺のタオル敷いとけ」

「はーい! あ、なんだか湿ってるっ!」

「おう、マジか。悪い、汗かいたからな。ほれ、別のと換えてやるから」

「んーん、これがいいっ! なんかね、コウちゃんの匂いがするーっ!」


「…………」

「…………」


「……お前、照れるなら言うなよ」

「だ、だってぇ……。思った事が出ちゃったんだもんっ」


 さて、そろそろ昼前である。

 現在、桐島家、神野家の合同店舗の収益、なんと!


 マイナス600円!

 アイス買ったからね!


 母が様子を見に来る頃合いか。

 そして、この惨状を見れば、物欲の権化ごんげたる母でも諦めるに違いない。

 誰も足すら止めないんだぜ?


「失礼」

 と言っていたら、初老の男性が俺に声を掛けて来た。

「あ、はい。何でしょう? 道案内っすか?」

「いや、少し見せてもらってもいいかね?」


 えっ。このゴミの山を!?


「はいっ! どぞーっ! ゆっくり見て行って下さいねっ!」

「おや、可愛らしいお嬢さん。ありがとう。二人は恋人かな?」


「違います」

「そうです! 夫婦です!」


 もう、最近こいつ、虚言に迷いがなくなってきてるんだけど。


「ふむふむ。やはり、これは!」

「あー。それ、漬物石っすね。普段、ぬか床の上に載ってます」

「これを頂けるかね? 言い値で買うよ」

「えっ!? 石ですよ!? 言い値って……。600円くらいっすかね?」

 さっきのアイス代が浮くぞ。


「とんでもない! これは、君! 古い魚の化石だよ!!」

「はっ?」

「非常に状態も良い! 分かった、二十万でどうだろう!?」

「みゃっ!?」


 これには天才も口を開けて固まる。


「いや、失礼。二十五万で譲ってくれ! 調べてもらえば分かるが、悪くない値段のはずだから! この通りだ!」


 聞けばこの初老の男性、大学教授だと言う。

 地質学を研究していて、偶然うちの漬物石を見つけて度肝を抜かれたとか。



 そして、交渉は成立。

 男性は、気前よく一万円札を25枚置いて、笑顔で去って行った。


「みゃー、すごい事もあるもんだねぇー。コウちゃん。……あれ?」

 初めて見る大金と、毬萌の管理にかまけて自分の暑さ対策をおざなりにしていた事が複合して、俺はその場に倒れ伏せた。

 なんだ、度肝を抜かれたのは俺も同じだったか。


「コウちゃん! コウちゃんってばぁー!!」



 気が付いたら冷房の効いた車内で、毬萌のひざ枕。

 望外の収益に、どうやら早仕舞いをしたらしい。

 母親連中がやたらと優しく、その日からしばらく晩飯のオカズが豪華になった。

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