第164話 毬萌とムカデ長老

 だ、誰かぁぁぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁ!!

 助けてぇええぇぇえぇぇぇえぇえぇぇぇ!!



 俺は、スマホを乱暴に掴み、迷わず鬼瓦くんへコール。

 彼ならランボーにだって勝るとも劣らない。

 そうとも、彼なら助けてくれる。

 この俺を、あの恐ろしい生物から!!


「ただいま、電話に出る事ができません。しばらく経ってから……」


 お、鬼瓦くぅぅぅぅんっ!!


 後日聞くと、この時、鬼瓦くんは勅使河原さんと映画を見ていたらしい。

 映画館ではスマホの電源をちゃんと切る男。

 鬼神きっちり。



 こうなると、俺がどうにかしなくてはならないのか!?

 敵は、もはや身動きできない。

 何故ならば、俺が咄嗟に煎餅の入っていた深めの皿でヤツを閉じ込めたから。

 ならば、さっさと対処しろ?

 できたら苦労しねぇよ!


 人間、誰だって苦手な生き物の一つくらいあるものだ。

 俺ぁ、虫はだいたい何でもイケる。

 ミミズだってオケラだってアメンボだって。

 ただし、こいつは話が別! こいつだけは無理なんだ!!


 は? ゴキブリくらいなんとかしろ?

 何言ってんの、ヘイ、ゴッド。

 ゴキブリなんか、俺、下手したら素手でヤッちゃうよ?

 あんなの、ちょっと足が速くて飛行能力のあるコオロギみたいなもんじゃん。


 じゃあ、何に怯え散らかっているのかって?


 ムカデだよ!!


 俺ぁ、ムカデだけはどうしてもダメなの!

 まず、あのフォルムが生理的に受け付けない。

 しかも、知ってる? あいつ、ものすごい速さでうごめいてくるんだよ!?

 極めつけに、毒まで持ってる。


 思い出すのは、小学生の頃。

 せっせと虫取りに精を出していたところ、ムカデに噛まれた。

 あいつの毒はマジでヤバい。

 冗談みたいに手が腫れて、その晩は熱まで出た。

 そんな凶虫イビルインセクトが、俺の部屋に出たんだよ!!

 誰か助けて、このままじゃ、お漏らししちゃう!!



「コウちゃーん! 来たよーっ!」

「——まっ!!」


「毬萌ぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉおおぉぉぉっ!!」


「みゃあっ!? ど、どしたの、コウちゃん!? い、いきなりは困るよぉー」

「良い所に来てくれた! お前は俺の女神だよ!!」

「こ、コウちゃーん! そんな、う、嬉しいけどぉー! わたし、汗かいてるし」

「頼む! ムカデをぶっ殺してくれ!!」


「みゃ……?」


 その時の毬萌さんの目は、とても冷たかった事を覚えています。

 理由は分かりません。

 俺が悪かったのでしょうか。

 理由は分かりません。


「ぶーっ。じゃあ、ムカデが怖くて抱きついて来たの!?」

「だって、マジで怖かったんだもん」

「そこに並べてあるものは何なのさっ?」

「いや、使えるものは全部出そうと思って」


 殺虫剤だろ。……ハエ用の。

 これ、効かねぇんだよな、あいつには。


 丸めた新聞紙だろ。

 こんなもんで叩いたくらいじゃ、あいつらは死なない。

 むしろ、スピードアップして恐怖が加速する。


 煎餅だろ。

 これを囮にしようと思ったけど、そもそもあいつ煎餅食わねぇ。


 ライトセーバーだろ。

 もうこうなったらフォースの覚醒を願うしかないかと思って。

 そして、あいつは多分フォースでも死なない。


「助けて、マリえもん!!」

「えーっ。どうしよっかなぁー」

「おい、なんでそんなイジワル言うんだ!?」

「だってさっ! さっき、その、勘違いさせられた、って言うかさっ!」


「お願い、毬萌! 毬萌様! 何でも言うこと聞くから!!」

 毬萌の目が、怪しく光る。

「えーっ? なんでも!? なんでも聞いてくれるの!?」


 普通に考えたら、面倒な事になるのは明白。

 記憶力もチートな毬萌にうかつな約束はよろしくない。

 しかし、ムカデの恐怖に耐えかねた俺は、もはや限界であった。

 ワンパンマンの二期でムカデ長老って敵が出て来た時は、毎週楽しみにしていたにも関わらず、視聴をやめようかと本気で悩んだほどである。


「にひひっ! 仕方ないなぁ! 助けたげるねっ!」

 何か企んでいる顔をしている毬萌だったが、そんな事はもはやどうでも良かった。

 この部屋からムカデを消し去ってくれると言うのなら、俺は悪にでもなる。


「コウちゃん、コールドスプレー持ってる?」

「おう? ああ、持ってるけど」

 基本的に常日頃から怪我とジャズっている俺は、薬箱の中に大概の医療用品を常備している。

 特に、コールドスプレーなんて、打撲が友達の俺が持っていないはずがない。


「ほれ。こんなもの、どうするんだ?」

「えっとねーっ! こうやって、お皿をどけてぇー」


 ひ、ひぃやぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!


「ま、ままままま、毬萌! 見えた、足が見えた! あかん、あかんて、毬萌はん!!」

「ちょっと、コウちゃん、抱きつかないでってば! 邪魔だよーっ」

 そして毬萌は、皿の中で牙を研いでいたムカデに向かって、コールドスプレーを噴射。


 10秒後。

 そこには、氷漬けになったムカデの姿が!


「す、すげぇ……! こいつ、死んだのか?」

「んーん。溶けたらまた元気に動き回るよ!」

「じゃあダメじゃん!」

「だからね、こうするんだよーっ!」


 毬萌、新聞紙を1枚手に取って、氷漬けのムカデをその中に。


「えっ、どうすんの、それ」

「ええーいっ!!」


 バリボリと言う音が聞こえた。

 それが、凍ったムカデを粉砕する音だと気付いて、俺は戦慄した。


「あとはね、生ごみの中にでも入れると良いよーっ。にへへ、この方法だと、殺虫剤みたいにお薬が入ってないから、お部屋が汚れずに済むんだよー」

「お、おう……。そうか、うん。ありがとう」


 俺があんなに怖がっていたムカデは、毬萌の手によって1分も経たずに消滅。


「にひひっ! なに食べよっかなぁーっ! 楽しみだなぁーっ!」



 毬萌が天才であると、改めて認識した俺。

 彼女とのパワーバランスがいつまで経っても変わらない理由もふんわり察知。


 でも、ムカデを退治してくれてありがとう。

 そのあとファミレスでパフェ3杯も奢らされたけど、安い出費だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る