第163話 恋する勅使河原さん

 ショッピングセンターってステキ。

 見ているだけでも楽しいし、お目当ての品を見つけると更に楽しい。

 もういっそ、セクシーだね。


 何より、今日は身軽な単独行動。

 毬萌と一緒なら、今通り過ぎたペットショップで確実に2時間は無駄な滞在をすること、間違いない。

 花梨と一緒なら、眼前にある女性用下着売り場に小悪魔顔で誘い込まれて、散々からかわれまくるだろう。


 そりゃあ、彼女たちと一緒に出掛けるのは楽しい。

 これまで積み重ねてきた思い出は宝物である。

 けれども、たまにゃあ俺だって一人で羽を伸ばしたい日もある。

 お目当てのラノベを3冊も買えたし、昼も過ぎて腹が減って来た。

 そろそろフードコートが空く時分だろう。

 お腹が空くタイミングでフードコートも空くなんて、セクシーだね。



「さてと、何を食うかねぇ」

 ハンバーガーからうどん、ビビンバにピザまで、種類は豊富。

 普段なら和食に手を出すのが俺のベターだが、たまには冒険も悪くない。


「すみません。石焼牛カルビのビビンバと、スープのセットをお願いします」

「かしこまりましたー。こちらの番号札をお持ちになって、少々お待ちください」

 ふふふ、冒険しちった。

 昼飯にビビンバ。これはもう、大冒険である。

 セットメニューのお値段、980円。こちらも割と冒険している。

 しかし、今の俺には金がある。


 そうとも、鬼瓦くんの家でバイトした今、俺は金銭的にも無敵!



「あれ、桐島先輩! 先輩じゃないですか!!」

 噂をすれば影が差した。

「おう! 鬼瓦くん! なんだ、君も一人で散策して……た……の……」

 鬼神のかげには、麦わら帽子に白いワンピースのゆるふわ女子が。


「こ、こんにちは、き、桐島、先輩!」


 間が悪い! なんてタイミングだ!!


 これ、完全にデートじゃん!

 鬼瓦くんはどう思ってるか知らんけど、勅使河原さんは絶対デート中じゃん!

 そして、そんな中俺を見つけたニブチン瓦くんが、やめときゃいいのに挨拶しに来たヤツじゃん!

 分かるよ、そのくらい!

 もう何ヶ月彼の先輩やってると思ってんの!?


「奇遇ですね! 先輩はお一人でお買い物ですか?」

「お、おう」

「僕たちもそうなんです! 真奈さんから誘ってくれて! はは、楽しいですよね!」

 うわぁぁぁ! しかも勅使河原さんから勇気出したパターンじゃんか!


「お待たせしましたー。ビビンバ、ご用意できました!」

「あ、はいはい。どうも。じゃあ、俺ぁこれで」

 そうだ、自然に別れよう。

 これだけ種類のあるフードコートなんだから、君らはデートっぽい何かを食べたら良いと思うんだ、俺。


「美味しそうですね! 真奈さん、僕たちもビビンバにしようか!」


 お、鬼瓦くぅぅぅぅぅん!!


「……は、はい。私は構わない、よ?」

 頼む、タケちゃん、勅使河原さんの沈黙を読み解いて!

 「マジかよ、このエノキダケ、チョー邪魔」って沈黙だよ、それ!!


「それじゃあ、別々のヤツを買って、シェアするのはどうかな?」

 そう言うところだけ気が利くんだな! デートじゃん、それ!!

 なんでそんなイケメンみたいな振る舞いできるのに、どうして君はエノキダケとジャズろうとしてんの!?


「お、俺ぁ、あっちで食ってるから。うん」

 こうなったら、俺から距離を取ろう。

 鬼瓦くんは悲しむかもしれんが、勅使河原さんが悲しむよりは良い。


「分かりました! 僕たちも後から行きますね!」

 来るんじゃねぇよ!! いや、慕ってくれてんのは嬉しいけども!!

 なんだよ、もう、自動追尾ホーミングの強化パーツでも付けてんの!?


 とりあえず、できるだけ人気のない席に座る俺。

 そして、こうなったらさっさと飯食って立ち去るしかないと決意。

 石焼ビビンバを大急ぎで口にかきこあっつ!


 こんな熱いもん早食いできるかよ!!


 ちくしょう、俺のちょっとした冒険が、どうしてこんな事に!

 俺ぁ可愛い後輩のデートの邪魔者になんてなりたくないのに!

 でもこのビビンバ、あっつい! 本格的な石焼だよ!


「いやー、先輩、お待たせしました!」

「お、おう。……あれ? 勅使河原さんは?」

「はい。彼女の方は時間が掛かっているみたいですね」


 彼女を置いて来てんじゃねぇよ!! バカ!!


 いや、繰り返すけども、嬉しいよ!?

 多分、俺を独りにしちゃあ失礼だ、とか思ってくれたんだろう!?

 でも、勅使河原さん置いてきちゃダメだ!

 それをやっちゃあ、おしまいだよ!!


「あ、真奈さんも来るみたいですよ」

「……そうね」

 勅使河原さんの心中察するに余りあるよ。

 さぞかし俺へのヘイトポイントが貯まってるんだろうなぁ。

 足取りも何だか頼りなさげだもの。


 そんな勅使河原さんの足元に、ヤンチャなキッズが出現。

「おい待てよー」

「やだよー! へへっ」


「ひゃあっ」


 勅使河原さんの持つプレートが宙に舞う。

 子供の手が、上手い具合に下から上へと突き上げる形で当たってしまったのだ。

「あ、危ねぇ!」


 とは言え、距離がある。

 俺の脚じゃ間に合わん。


 あれ、鬼瓦くんどこ行った?



「大丈夫かい? 真奈さん」

「た、たた、武三さん! て、手が! た、大変!」


 そこには、勅使河原さんを抱きかかえる鬼瓦くんの姿が。

 更に、反対の手では、石焼ビビンバを素手でキャッチ。

 言っておくが、マジで焼けた石であるからして、相当な高温である。


「ふう。真奈さんに怪我がなくて良かった。それに、ビビンバも無事だよ」

「だ、大丈夫、なの? て、手、火傷、とか!!」

「ははは。平気だよ。左手ひとつで真奈さんを守れるなら、安い取引さ!」


 これには勅使河原さんもうっとり。

 鬼神がっちり。石焼の丼のついでに、乙女のハートもがっちり。



 その後、食事を済ませた二人は、ティーカップを見に行くと去って行った。

 俺? ああ、ビビンバ早食いして、舌を火傷したけど?

 何も言ってくれるな、ヘイ、ゴッド。

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