第158話 花梨とランチ with心菜ちゃん

 スマホが震える。

 今日は太陽が朝から本気を出していて、非常に暑い。

 湿気とのコンビネーションもバツグンで、くそ蒸し暑い。

 こんな日は、涼しい部屋の中に引きこもって、一人スターウォーズごっこに興ずるが吉と出ていた。


 しかし、電話を無視するなんて事はできない。

 名前は花梨と表示されている。

「おう。もしもし、こちら桐島」

「せんぱーい! おはようございまーす! あれ、こんにちは、ですかね?」

「そう言えば、もう昼だな。そうめんでも茹でるか」

「あ! お昼まだだったんですね! 良かったぁー!」


「最近は昼飯っつって、そうめんばっか食ってるよ、俺ぁ」

「おそうめん、美味しいじゃないですかー」

「いや、まあ、高いヤツはな? うちのは特売品だから。もう飽きたよ」

「それなら良かったです! 先輩、お昼一緒に食べません?」

 繰り返すが、外はくそ暑い。

 あまり乗り気にはなれないお誘いである。


「でも、昼時だし、どこ行っても人が多いんじゃねぇか?」

 やんわりとご遠慮の構えを取る俺。

 「花梨が日焼けしてもいけねぇし」と、気遣いもさり気なくトッピング。


「平気です! うちに来てください!」

「えっ!? 花梨の家!?」

 あの豪邸に行くと、疲れるんだよなぁ。

 なんか、やたらとイベントが発生するんだもん。

 お前の仕業か? ヘイ、ゴッド。


「ちょうど頂き物の毛ガニがあるんですよー」



 毛ガニってそんなお裾分けみたいに貰うもんなの!?



 正直、心がグラついた。

 毛ガニって、美味しいんでしょう? 食べたことないけど。

 俺、ここ数年で食べたカニって、おっとっとのカニくらいだもん。


「あとですね、こっちも頂いたものなんですけど、ウニもありましてー」

「お、おう」

「せっかくだから、海鮮丼にしたらどうかって、シェフが!」


「すぐ行く。待ってて」

 決断した理由が必要か?

 言うまでもない事だとは思うが、まあ言葉にしておくか。

 そこに、海鮮丼があるから、だよ。



「ぐぁぁあぁっ。洒落にならんぞ、この暑さ」

 花梨の家までは5キロくらいある。

 自転車で出かけたのは無謀だったか。


「はわー! 兄さまー! 公平兄さまー!!」

 暑さによる幻聴かと思ったが、そこには何故か天使が!


「おう。心菜ちゃん、どうした。こんなに暑いのに」

「心菜は今日、ウサギ当番の日なのです! 生物係をやっているのです!」

「そうかぁ。偉いなぁ」

「むふー。当然のことなのです!」

 うん。可愛い。


 しかも、心菜ちゃん制服姿。

 お嬢様女子校の制服。これは良いものですね。

 持ち点が3倍増しになってしまいます。致し方なし。


 ここで俺は思い付いた。

「これから花梨の家に行くんだけど、心菜ちゃんも来るかい?」

「はわわー?」

「なんか、美味しいもの食べさせてくれるんだってさ」

「心菜も行って良いのです? お邪魔じゃないのです?」

 うん。相手をおもんばかる心菜ちゃん、尊いね。


「邪魔なもんか! 大歓迎さ!」

「じゃあ、行くですー!」

 地獄の行軍が、一転してお日様と一緒のお散歩へクラスチェンジ。

 心菜ちゃんとなら、熱された鉄板の上でもスキップしちゃう、俺。


 そして到着、冴木邸。

「はわー。お城みたいなのです!」

「そっか。心菜ちゃんは初めてか。すごいよなー」

 そして呼び鈴をポチリ。


「せんぱーい! いらっしゃい! あれ、心菜ちゃんも!」

「おう。来る途中に会ったんだ。許可取らないでごめんな?」

「いえいえー。大歓迎ですよー! 心菜ちゃん、暑かったでしょう? 中にどうぞー」

「わーい! お邪魔するのですー!!」


 中に入ると、空調設備はさすがの冴木家。

 ここが極楽浄土だと言われたら即信じるレベルの快適さ。

 今日は平日。お父さんの影に怯える必要もなし。


「貴様ぁ! 待っていたぞ! この暑い中、よくも倒れずに来れたものよ!」



 居るのかよ!!



「パパ! 出てこないでって言ったじゃん!」

「違うんだよ、花梨ちゃん。だって、パパも一緒にご飯食べたくてね?」

「心菜ちゃんが驚くでしょ!」

 花梨パパ、心菜ちゃんに気付く。


「はわわ、とつぜんのほうもん、申し訳ございません、なのです!」

「あらぁー! 良いの! 全然平気! 心菜ちゃんって言うの? いやぁ、礼儀正しいねぇ! ゆっくりしていくんだよ! ああ、そうだ、ジュース飲むかな?」

 花梨パパ、心菜ちゃんに陶酔。

 この点に関して、俺と価値観を共にする事に成功。


 そして、相変わらず巨大な台所へ通される。

 言っとくけど、俺はここが台所だとは認めてないから。

 ボーリングのレーンみたいなテーブルのある台所なんてあってたまるか。


「毛ガニとウニ、サーモンといくらの海鮮丼でございます」

 磯部シェフが、高そうな丼に入った食べる前からお口の中が宝石箱になるのが確定している、神々の与えし自然の恵みを持ってくる。


「くっくっく。どの品も、一級品よ! 貴様には、到底手に入れられまい! ……あ、心菜ちゃん、食べにくいかな? 誰ぞ、スプーンを持てぇい!!」

 花梨パパ、威厳半減。

 今度から、ここに来る時は心菜ちゃんを連れてこようと思う俺。


「ぐぅううぅぅっ! うめぇ……。なんつーもんが世の中にゃあるんだ……」

 なに、このウニ。

 今まで俺が食べてたのはウニじゃなかった。醤油かけたプリンだ、あれ。

 毛ガニってすごい。

 もう、見た目から美味しいって分かるヤツ。

 食べたらもっとすごいんだから、こいつはもうヤバい。


 語彙力を奪われる食事を堪能。

 しかし、それはこの後待ち構えている地獄の入り口なのであった。


 そして珍しく、その扉を開くのは俺じゃない。


「ごちそうさまなのです! 花梨姉さまのご飯、すごいのです!」

「えへへ。気に入ってもらえて嬉しいです」

「でも、こんなに美味しいと太っちゃいそうなのですー」


 ピシッと、空気が緊迫する。


 無言で自分の脇腹を触る花梨さん。



「……先輩。あたしダメです」

「お、おう」

 嫌な予感しかない。


「太ってます! 確実に! これじゃ、海に行けません!!」

「そ、そうか? 俺ぁ別に」

「ダイエットします! 今から、先輩も一緒に!!」

「えっ」



 あれ、お父さんどこ行った?

 パパ上ー。助けてー。

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