第159話 花梨とダイエット with心菜ちゃん
「先輩、こっちです! 早く、急いでください!」
「いやぁっ! 俺ぁ、別に、今の花梨で充分ステキぃぃ」
何と言うパワー。
俺は完全に引きずられている。
「あははは! 公平兄さま、面白いのですー!」
そ、そうだ、せめて心菜ちゃんだけでも逃がさねば。
「こ、心菜ちゃん! 今から多分運動させられるから、逃げて!」
「はわー。心菜、運動するの好きですー」
嗚呼、天使。
天使が殉ずると言うのに、俺だけ逃げ出して良い訳がない。
「ここがトレーニングルームです!」
ねえ、普通の家にトレーニングルームってないよね?
カプセルコーポレーションなのかな、ここ。
もしかして、重力室とかもある?
テレビで何となく見たことあるような運動器具から、拷問にでも使うのかしらと戦慄するような禍々しい器具まで、ズラリと並んでいる。
「更衣室にトレーニングウェアがあるので、着替えて下さい! 心菜ちゃんは、あたしと一緒に来てくださいねー」
更衣室には、またしても30着くらいの色とりどりのウェアが並ぶ。
経済を回すって言うのは、こういうことなのねと、少し納得。
「ふんっ。己の貧弱な体を鍛えようと言う、その姿勢は認めてやらんでもないわ!」
「……お父さん。居たんですね」
「くくくっ。貴様にお義父さんと呼ばれるのも、慣れてきたわ! もっと大きな声で呼ばんかぁ! 腹から声を出せぇ!」
いえ、その字では呼んでないっす、お父さん。
トレーニングルームに戻ると、お召し替えの済んだ二人が既にスタンバイ。
「兄さまー! 似合ってるですー?」
控えめに言って、天使。
「公平せんぱーい! あたしも見て下さい! どうですか?」
なにゆえそんなボディラインを強調したウェアを選ぶのか。
言葉選びを間違えたら大惨事なヤツじゃないか。
「おう。出るところが出てるし、良いと思うぜ!」
はい。間違えたー。
一応弁解させてくれる? あ、そう? ありがとう、ヘイ、ゴッド。
俺はね、「出てる所と引っ込んでる所のメリハリがついてて、太ってなんかない」って言いたかったの。
でもね、彼女の耳には「出るところ」が「デブってる部分」って聞こえたみたい。
乙女心って難しいや。
「先輩! あたし、今日、痩せるので! それまで帰らないでくださいね!?」
人って1日で痩せるものなのかい?
「先輩も、付き合って下さいね!」
「いや、俺ぁ運動は」
「……ね?」
「……Oh」
「心菜ちゃん、縄跳び上手だねー! おじさんにも教えてくれる? ホントー!?」
「あははは! おじさんも上手なのですー」
お父さん。お義父さん。
あんた、なんで心菜ちゃんと一緒に遊んでるんだ。
娘がよくない燃え方してんだから、こっち来て一緒に水かけようよ。
「公平先輩! まずは、ランニングマシンで15分です!」
東京フレンドパークで見たことあるヤツだぁ、と思っていたら、地獄だった。
なんだこれ。なんで勝手に地面が進むの?
5回くらいローラーに巻き込まれて死にそうになったよ。
「そうだ! 大至急手配しろ! なに!? 分かった、もうその航空会社とは縁を切れ。新しく、迅速な会社を買収しろ。金に糸目は付けるな」
「はわわ、お電話の時は静かにしなくちゃなのです」
「んーん、良いんだよ、心菜ちゃん! 心菜ちゃんの好きなパインのジュース、すぐ用意するからねー。待っててねー」
お父さん。お義父さん。
何してるんですか。あんた、今、多分私欲100%で会社一つ潰したな?
「次は無酸素運動ですよ! はい、先輩、このマシンで頑張りましょう!」
なにこれ、強制的に腕と足が開くんだけど。
と言うか、千切れそうなんだけど。
「ふうっ! イイ感じに汗が出てきましたね!」
「うゔぉあっ」
汗をかいた花梨さんはセクシーなはずなのに、視界がぼやけてよく分からない。
ちなみに俺はちょっと前から汗なんて出なくなったよ。
「先輩、次はこのエアロバイクです! 一緒に運動すると楽しいですね!」
「う、うふふ、そうだね、うふふふ」
俺の愛車の5倍は重たいペダルを漕ぎながら俺は思う。
この前に進まないペダルを踏むことで、何かを得られるのだろうか。
少し前から、なんだか笑いが込み上げて来て仕方がない。
その後も、花梨さんの理論に基づくトレーニングは続いた。
途中、何度か青い彼岸花の咲いた川辺が見えた。綺麗だったなぁ。
そして体重計測。
「わー! 先輩、先輩! 聞いて下さい! 400グラムも痩せましたよ!!」
嬉しそうな花梨さん。
400グラム痩せて、見た目が変わるのかしらと思ったが、黙る。
何も喋りたくないし、喋る体力も残っていない。
俺? 2キロ痩せたよ。
「お疲れ様、花梨ちゃん! 貴様ぁ、よくぞ耐え抜いたな! ふんっ、少しはマシな顔をするようになりおって! ……見上げたものよ!」
「公平兄さま、花梨姉さま! おじさんのくれたジュース、美味しいのですー」
「あー! 心菜ちゃん、ズルいですよ! あたしも飲みます! あと、誰かお菓子持って来て下さい!」
「えっ? 花梨さん? お菓子食うの?」
「そうですよ? お腹空きましたし! 食事制限は体に悪いのでノーです!」
「ええ……」
不意に、花梨パパと目が合った。
無言でうなずき合う。かつてない程、彼と心が通じ合った気がした。
「花梨姉さま、今日はありがとうなのです!」
「いえいえー! また来てくださいね! じゃあ、お願いしまーす」
心菜ちゃんが冗談みたいに長いリムジンに乗って、先に帰って行った。
「どうですか、先輩? あたし、痩せちゃいましたか!?」
腕に絡みつく花梨。ヤメて、その腕、もげそう。
俺は静かに首をカクンと縦に振り、一言。
「すっげぇ綺麗になったよ。うん。もう、マジで」
「も、もぉー! せんぱーい! 嬉しいですー!」
そして俺も愛車に跨り、家路につく。
「待たんか、貴様ぁ!」
花梨パパが、俺の自転車のカゴに何かを入れた。
「ふんっ。どうにか空輸が間に合ったわい! 夕張直送だ! 持って行けぃ!」
「お、お義父さん……!」
カゴの中には立派なメロン!
俺、ちょっとずつこの人の事が好きになっていっている気がするよ。
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