第153話 いざ、夏休み!

「おう! これで終わりだ!!」

「やたーっ! コウちゃん、お疲れさまーっ!」

「そんじゃ、ちょいと俺ぁ職員室行ってくる」

「はーい! 公平先輩、行ってらっしゃい!」

「お気を付けて、桐島先輩!」



 この書類を職員室に持って行って、生活指導の浅村先生に印鑑を貰えば、一学期の生徒会活動の全日程が終了。

 つまり、楽しく嬉しい夏休み!

 お疲れサマー、なんつったりしちゃうくらい、心が弾むのも致し方なし!


「失礼します。生徒会です」

「……ふむ。入りたまえ」


 職員室にはお一人しか先生がいなかった。

 まあ、書類を置いて、その旨を言付ければ問題なかろう。

 しかし、その一人いる先生に問題があった。


「桐島くんか。先ほどの交通安全教室、見ていたよ?」

「あ、はい。教頭先生」

 そう。何度でも言うが、彼こそが教頭先生。

 新聞部にやれハゲだの、やれデブだの揶揄されて、学園長ともそりが合わず、そのねちっこい戦法は花祭の男版デヴィ夫人の名を欲しいままにしているお方である。


 下手なことを言わず、適当に相槌を打って退散しよう。

「さっきのは何だね。あんな危ない事をして。啓発のつもりかね?」

「いや、はあ、すみません。ちょっと配慮が足りなかったですかね」

「ちょっと? あれが、ちょっとかね?」

「まあ、なんと言うか、生徒に危険を周知させるために知恵を絞った結果でして」


「知恵を絞ってあれかね? 君たちの知恵は、レモンか何かなのかね?」


 ちくしょう、ねちっこいなぁ。


「あ、はい。すみません」

 熱くなってはダメだ。

 とにかく平身低頭へいしんていとう。教頭の気が済むまで言わせとけば良い。

 無意味に反論するなんて、スマートじゃない。


「そもそも、今年度の生徒会は少々あれだね。物足りなさと言うか、稚拙で、頼りないものを感じてしまうね」

「はあ。一応みんなで頑張っちゃいるんですが」

「ボクはね、頑張れとは言っていないよ。正しくあれと言っているんだよ」

「うっす。申し訳ありません」


「会長の神野さんは良いよ。成績優秀で、人を惹きつける力もある。が、それだけに、周りのメンツがねぇ。君の言う、頑張りが見えないんだよ」

「俺の力不足です。努力します」


「君は当然として、一年生もどうだかねぇ。レクリエーションを企画した、冴木さん? ちょっとお粗末だったよねぇ。騒げば良いってもんじゃないでしょ」

「……はあ」

「鬼瓦くんに至っては、論外だね。どうして伝統ある生徒会に、あんな色物を入れるのかね? その点、去年の生徒会は素晴らしかったのだがねぇ」

「……へえ」


 教頭が、昨年の天海政権を高く評価していたと言う話は聞いている。

 まあ、価値観なんて人それぞれであるからして、勝手に評価してくれれば良い。

 ……ただ、ちょっと待てよ、俺。


 俺の大切な後輩に対する、いわれもない不当な評価。

 そいつを黙って聞くほど、俺ぁお利口さんになったのか?

 スマートに生きるのは大切だが、大切なものを非難されて、大人になった気分に浸って、そいつで俺ぁ満足か!?



「お言葉ですがね! うちの後輩はよくやってますよ!」

「な、なんだね、いきなり大声を出して!」


「どうも教頭先生は目と耳がお悪いようなので! でかい声で失礼しますが、うちの後輩ほど優秀な生徒はいませんね! そいつを判断できないなんて——」


「先生は、人を正しく評価できないんじゃねぇですか!? 俺の事はどう言ってもらっても構わないですけど、曇った目ん玉で生徒会あいつらを批判するのはヤメて頂きたい!!」



 あっ。やっちまった。


 入学以来、色々とやらかして来たが、これは流石にまずい。

 学園長の次に権力を持っている教頭に生徒会がたてついた事実が残る。

 それは非常によろしくない。しかし、前言を撤回するつもりもない。

 ならば、手は一つ。


 しばしの沈黙。

「……すみません。どんな理由があろうとも、たった今、先生に向かっての暴言を吐いたのは俺です。処分は俺が受けますんで。生徒会はご容赦を」


「と、当然のことだよ! ボクに向かってその態度! 君には相応の処分を」



「いやぁ、その必要はないんじゃないかなぁ」

 ほんのりと聞き覚えのある声。

 そりゃあそうだ。うちで一番偉い人だもの。


「が、学園長!? お聞きになっていたのですか!? し、しかし、それでしたら、桐島くんに何らかの処分を与えるべきとお分かりになるはず!」

 学園長は、黙って首を振る。


「先にけしかけたのは君じゃなかったかい? 実はね、私ぁずーっと見ていたんだよ。ふふ、家政婦のミタゾノ、あれが好きでねぇー」

「なっ……! ですが、教師に対して、あるまじき暴言を!」

「教頭先生。私ぁ思うんですがね、は別物ですよ?」


「仲間を想っての言葉が乱暴な物言いにならない方が、私ぁ不自然だと思いますがねぇ。……ここで桐島くんを罰すると、教頭先生にも何かしなくちゃいけなくなってしまうなぁ」

「……くっ。ぼ、ボクは、失礼しますよ!」

 教頭が、憤怒の形相で出て行ってしまった。



「その、すみませんでした。俺ぁ、教頭先生の言う通り、失礼な事を」

 学園長は頷く。

「そうだねぇ。怒りに身を任せるのは良くないことだよ。だから、君には罰を与えようと思うのだが、良いかね?」


 勝手にキレた俺が悪いのだから、拒否権など存在しない。

 良くて停学。悪くて生徒会からの除籍もあるか。

 決意を込めて「はい」と答える俺に目を細める学園長。


「結構。では、この夏休みをしっかり楽しみたまえ」


「……はっ?」


「よく遊び、よく学び、よき友と絆を深める。これが、君への罰だよ」

 返す言葉を探しているうちに、学園長は立ち去ってしまう。


 まったく、俺ぁまだまだ子供のようだ。

 身に染みたよ。



「コウちゃんっ! 遅かったね!」

「そうですよ、心配してたんですよ、公平先輩!」

「……先輩? 何かありましたか?」


 俺はニカッと気色の悪い笑みを浮かべて、答える。


「いや、何もねぇよ! さあ、夏休みだぞ、お前ら!!」



 最初から最後まで波乱含みの一学期がこうして終わる。

 ——いざ、夏休み!

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